没落少女、婚約破棄される

 少ない、どころかゼロである。父であるカロリア伯爵ですら、公の場では失職を恐れて娘を庇えない。何しろ王が目をかけてくれているはずなのに王城の外の閑職に回されているのだ。明らかに何処かで王の意思とは違う力が働いており、それはあることないことを吹き込んで王の意思を変えているかもしれない。つまり、何かあれば今の職すらも失うのは一瞬かもしれないということだ。しかし、そんなことをジャスリードに言っても仕方ないし、グレイスは見栄を張って小さな嘘をついた。

 そして当然ながらジャスリードは、そんなものは看破していた。


(少ない? 1人でもいれば俺を担ぎ出す必要もなかっただろうに)


 人生の一大事の勝負に余所者を担ぎ出そうというのだ、どう考えても味方がいる者の行動ではない。しかし、見栄を張るのも大事な戦士の資質だ。だからこそ、ジャスリードは「それ」だけを伝える。


「そうか。少なくとも俺は今は味方だ。100の味方がいると数えても嘘ではないだろう」


 実際、ジャスリード1人でゴブリンの100程度は蹴散らす自信がある。だからこそジャスリードはそう伝えて。振り返ったグレイスは微笑んだ。


「ええ、ありがとうジャスリード。その言葉だけでも嬉しいですわ」

「言葉だけではない」

「ふふっ」


 なんだか元気が出てきたグレイスの足取りは、自然と軽くなる。長く付き合ってきた人たちよりも今日会ったばかりのジャスリードのほうが頼りになるというのは、なんとも不思議なものだ。王城の大広間に行けば、すでに伝令が来ていたのか警護の兵士が頷きあう。


「カロリア伯爵家御令嬢、グレイス・カロリア様、ならびにジャスリード様のご入場です!」


 そうして扉が開かれて。入った先の大広間で、一気に興味と嫌悪と……哀れみなど、様々な感情を含んだ瞳が向けられてくる。まあ、集まったのは貴族や、その貴族の中から推薦、あるいは立候補した勇者候補、その勇者候補に付き従う「仲間候補」たちがいる。荒事専門の冒険者や傭兵を雇った者もいるようだが、そうだとしても見た目を重視したのかキラキラしい場所で。そこに古臭くサイズがあっていない男物の服を纏ったグレイスと、蛮族スタイルのジャスリードは非常に目立つ。


「ねえ、御覧になって? あの服……」

「そこまで堕ちたのね、カロリア家も……」

「なんだあの蛮族は」

「困ったものだ。確かに今のカロリア家ではまともな人材は望めまいが……」


 言いたい放題だ。そんな中でもグレイスは気丈に胸を張り……そこに1人の男が歩いてくる。年の頃はグレイスと同じくらいだろうか、このキラキラしい貴族たちの中でもより一層美形だ。金色のサラサラとした髪は男性としては少し長めで、青い切れ長の目はグレイスへの敵意すら感じるほどに強い何らかの感情を宿している。薄い唇も強く引き締められ、紫と白を基調とした、金糸をあしらった服はこの国の王族であることを示すものだ。

 そう……彼こそはこの国の王太子アルダン・ルヴル・ラナシュであった。彼の隣には水色の長い髪を2つに分けて結んだ、何処となく庇護欲を漂わせる雰囲気の女がいる。白いドレスは柔らかな印象を引き立て、胸元に光る青いネックレスはアルダンの目の色だ。恐らくはアルダンが贈ったのだろう……そんなことを1度もされたことがないグレイスは思わずぎゅっと拳を握ってしまう。


「フン、醜い嫉妬か……やはり貴様はロクな女ではないな」

「アルダン様。幼き頃より当家に1度も立ち寄ることのなかった貴方がそれを仰いますか」

「黙れ。カロリア家ほどの悪党も中々いない。付け入る隙を俺が与えるとでも思ったか」

「カロリア家の何処が……!」

「証拠も証言も唸るほどにある。父上も呆れていたぞ」

「なっ……!


 すでに王にまでカロリア家を貶めようとする者の手が伸びていた。その事実にグレイスは絶句するが……それを観念したとでもとったのだろうか。アルダンはフンと吐き捨てる。


「グレイス・カロリア。貴様との婚約は破棄する。すでにカロリア家にも捜査の手が入っている頃だ」

「捜査!? 一体何を……!」

「カロリア家の犯した罪の全てに関する捜査だ。リーナを狙ったのは間違いだったな。あれで俺も決意を固めた」

「まさか貴族学院でのことを仰ってますの!? それは」

「五月蠅い。今日は勇者候補だなんだという戯言をほざいて入ってきたようだが……貴様は失格だ。カロリア伯爵家は間違いなく取り潰しになる。ただの罪人の貴様には勇者になる権利などない」

「アルダン様! 貴方は……!」

「暗殺者など送り込んだ罪は重いぞ、カロリア伯爵令嬢。放逐程度で済むと……」

「おかしなことを言う男だ」


 ジャスリードのそんな声が、大広間に響く。グレイスはまだ何か言いたそうだったが、言葉が明らかに届いていない。「権力で潰されている」状況だと察したからこそ、ジャスリードはここで口を挟んだ。


「暗殺者? そんなものをこいつが送り込めるはずがないだろう」

「蛮族、貴様に何が分かる」

「分かるさ。茶を買えずに水を飲み、錆びた剣と安い短剣のどっちがマシか本気で悩んでいるボロ家の住人だぞ。何処に人を雇う金があるというんだ」

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