蛮族、王城に行く
ラナシュ王国の王城は、ジャスリードにしてみれば非常に大きい……見たこともないようなものだった。確かに王都に入ったときに見えてはいたが、こうして目の前にすると物凄く大きい。
「ふふ、立派でしょう? ラナシュ王国の誇りですのよ」
「城の周りに大きな壁、か。登るのに苦労はないが待ち伏せに合うのは面倒だな。いっそ正面から破壊するのが効果的である気がするな」
「それ城の中で言うんじゃありませんわよ」
グレイスはジト目でジャスリードにそうツッコミを入れて。ふと、念のため……といった様子で聞いてくる。有り得ない。有り得ないとは思うが……万が一と思ってだ。
「……ところで城の壁を壊すって。出来ますの?」
「可能だ」
「木の壁じゃないんですのよ?」
「石の壁だろう? ベルギアの戦士であれば可能だ」
「ベルギアの戦士怖い……いやいや、きっとベルギア流の冗談ですわ」
自分を納得させると、グレイスは気を引き締めて城門へ向けて歩いていく。当然城の兵士がその行く手を塞ぐが、今日のグレイスには立場だけではなく正当な理由もある。道を塞がれるいわれはない。
「カロリア伯爵の娘、グレイス・カロリアですわ。今日は勇者選定におけるカロリア家の一員としての義務を果たしにまいりましたわ!」
「ああ……そうですか。今回はそういう。後ろの蛮族がそうですか?」
「何処で拾ってきたか知りませんが、困りますよ。あんなの入れちゃあ」
ジャスリードを明らかに侮辱するその言葉に、ジャスリードはしかし無表情。侮辱されたことは明らかだが、此処はグレイスの戦場。ついてこいと言われたのだから、まずはグレイスに先手を譲らなければならない。ジャスリードが出るのはそれからだ。
そんなジャスリードの心は……まあまず間違いなく通じてはいないが、グレイスは一歩前に進み兵士を睨みつける。
「彼は勇者選定という王命に従い私が連れてきた方ですのよ。貴方たちはいつ、選定に参加する資格を得られたのかしら?」
「し、しかし! 常識として……!」
「常識として蛮族を全て排除せよと、そう陛下が仰ったと言うつもりかしら」
「う、うう……! いえ、それは……!」
そうだと言えば王の言葉を偽った罪になるし、違うと言えば別の責任問題になる。何も言えずに黙り込む兵士たちをグレイスが押すと、兵士たちはそのまま両側に避けていく。もう何も言わずに通したほうがいい。そう感じたのだろう。そうして道が開くと、グレイスはジャスリードへと振り返り微笑む。
「さ、行きますわよジャスリード」
「ああ、見事なものだった」
自分には出来ないことだ。ジャスリードはそう認め頷くと、グレイスと共に城門を潜って。
「チッ、没落令嬢が偉そうに……」
「おい」
「ヒッ!」
「いいんですのよ」
殺気を込めて睨みつけたジャスリードに兵士が脅えたのを見て、グレイスがジャスリードの腕を引っ張る。ここで騒ぎを起こされても、グレイスが困るのだ。
「慣れてますわ。あんなのを殴ったところで何も変わらなくてよ」
「……」
ジャスリードは何かを言おうとして、やめる。グレイスがそれでいいと言うのであれば、今はいい。少なくとも、今は。
「殴ればスッキリするでしょうけど、それでは解決しませんの。王都はそういう場所なんですのよ」
「お前が言葉で戦うのはそのせいか」
「そうですわよ。貴族は言葉で戦う。まあ、言葉より権力の方が強いですけども」
「くだらん」
「それが国というものですわ」
どおりで窮屈そうなはずだ、とジャスリードは思う。結局のところ、それでは何も変えられないし得られないということだ。グレイスの苦境の理由も、ジャスリードはようやく実感として感じ取り始めていた。しかし、まあ。ひとまずそれはいい。
「それで? この後どうするんだ」
「簡単ですわ。ほら」
そこには何やら羊皮紙を確認している文官が数人いて、グレイスを見ると「げっ」という表情になる。どうやらグレイスの言った通り酷い噂が流れているようだが……1人の文官が近づいてくる。
「ごきげんよう、カロリア伯爵令嬢。もしや、勇者選定の……?」
「ええ。このグレイス・カロリア。仲間候補であるベルギア氏族の戦士ジャスリードを伴い、勇者候補として参りましたわ!」
「えっ……ぷふっ。し、失礼」
文官はひとしきり笑うと、グレイスの格好を上から下まで見回す。
「なるほど、それでその恰好……しかしカロリア伯爵令嬢が、その。勇者……ですか?」
「ええ。何か問題でも?」
「いえいえ、ございませんとも。ではカロリア伯爵令嬢を勇者候補に、そしてジャスリードを仲間候補として登録いたします。すでに選定前のパーティーが王城の大広間で始まっておりますので、お急ぎください」
「ええ。それでは失礼しますわ」
そうして歩き出すグレイスの足取りに迷いはないが……ジャスリードはその背中に呼びかける。
「グレイス」
「なんですの」
「この城は殴りたい奴ばかりだな」
「そう言ってくださる方も、今の私には少ないんですのよ」
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