蛮族、令嬢をその気にさせる

「いいぞ」

「やはり駄目……え、よろしいんですの?」

「いいぞ」

「え。いえ、しかし……理由を聞いても?」

「なんだめんどくさい奴だな」

「いや、いいとは言いましたけど態度が雑過ぎじゃありませんこと?」


 ジト目になるグレイスにジャスリードはめんどくさいな、という目を向けながらも「当然だろう」と言う。


「態度が雑なのが?」

「それもだが。お前の護衛のほうだ」


 そう、それはジャスリードにとって……というよりもベルギアの氏族にとっては当然のことなのだが。それについてグレイスに理解を求めるため、ジャスリードはそれを口に出して説明する。

 グレイスは家と家族のため自らの苦境を打破せんとしており、そのための助力を求めている。人に頼りきりになるというのであればそれはよろしくないが、グレイスは自ら解決のための道筋を探り、その上で足りない部分の補強を望んでいる。つまり、自分のことは自分で解決しようとしたうえで仲間を頼っている。それは好ましいことなのだと、ジャスリードは伝えようとして。


「お前を好ましく思うからだ。それは俺が助力するに値する」

「まあ……!」


 物凄く言葉選びを間違えた。いや、間違ってはいないが色々と略しすぎている。ジャスリードの悪いところが全部出ている発言だ。


「そう言われても困りますわ! 私はその気持ちには応えられませんもの」

「何を言っている。俺が旅に出てから会った人間ではお前が一番立派だぞ。自信を持て」

「いえ待ってくださいます? 何故自信の話が?」

「お前の心意気の話だからだろう」

「は?」

「は?」


 何かおかしいと思ったグレイスによる、しっかりとした聞き取りが行われて。誤解の解けたグレイスは少々不機嫌になりながらも軽く水を口にする。茶ではない、水だ……茶葉すら節約したい財政状況なのだ。


「とにかく! これから王城に向かいますわよ! よろしくて!?」

「あ、ああ」

「馬車もないから徒歩ですけど、我が家も貴族です。貴方を勇者に推薦しますので、それで」

「いや待て。勇者は青い血なのだろう?」

「それはそうですけれども、所詮口実なのですから」

「ダメだ。本気でやれ」


 ジャスリードは言いながら立ち上がる。そうだ、本気でやろうとしているのならば、全部本気でやるべきだ。意味のない虚実は全体を腐らせるというのがベルギアの戦士の教えだ。


「お前だ、グレイス。お前が勇者をやれ。俺はその仲間とやらになってやろう。それですべて解決だ」

「はあ!? わ、私武器など握ったことはなくてよ!?」

「ならば握れ。ベルギアでは命の危機あらば生まれたばかりの赤子とて武器を握るぞ」

「それは貴方のところだけでしてよ!」

「人は生存本能を生まれながらにして持つ。ましてやお前、真実の愛とやらを掲げる王子と戦うのだろう? ならば相応の格を奪い取れ」

「格……」

「勇者は国の代表と聞いた。お前がそれを勝ち取れば、これ以上ないくらいの武器となる」


 言われてグレイスは納得してしまう。確かに……確かに、その通りではある。カロリア伯爵家の娘として動くよりも、勇者としてであれば今までとは比べ物にならない力を得られる。問題はグレイスにはそんな力はないということだが……蛮族戦士であるジャスリードが仲間なのであれば話は別だ。

 元々「勇者」は飾りだ……むしろ仲間の力こそが重要視される。そして元々そういうのを期待して呼ばれたジャスリードであれば、それは。


「そう、ですわね。確かにそれなら……!」

「やるんだな」

「ええ! 私は勇者になりますわ! 待ってくださいまし、何処かに売らずにとってあった剣が……!」


 パタパタと壁の剣を外し「錆びてますわー!」と叫ぶグレイスを見てジャスリードは溜息をつく。剣の錆は戦士の錆とはよくいったものだが、それで言えばグレイスは錆だらけだ。しかし……その勇気は素晴らしい。ならばジャスリードはそれをサポートしてやるべきだろう。


(男も女も、覚悟こそが戦士たる根幹だ。心配するな。俺が立派な戦士にしてやろう)

「な、何か寒気が!? いったい何ですの!?」


 嫌な予感がしたグレイスが周囲を見回すが、とにかく錆びていない短剣を見つけたようで腰に刺そうとして。


「いえ、勇者としていくのであればこの服はいけませんわね? ちょっとお父様の服を見てまいりますわ!」

「ああ」


 そうして着替えてきたグレイスは、やはり多少サイズが合わなかったのか少し不格好ではあるが、しっかりと貴族らしい、しかし動きやすそうなジャケットとズボン姿で。そこに差した短剣は、慣れていないながらも令嬢剣士としての一応の装いとなっていた。


「よし、問題は無さそうだな」

「ええ。なんだか気持ちも上向いてきましたわ……行きますわよ、ジャスリード!」

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