蛮族、護衛を頼まれる
「改めて、助けていただきありがとうございます。感謝いたしますわ」
「当然のことをしただけだ」
迎え入れられた家は……ジャスリードの想像とは異なり、物凄く小さな……あばら家と呼んで良いような類のものだった。
ボロ布で隙間風を抑えるような、そんなジャスリードの家の方が数段立派であるような、そんな代物だ。
「……屋敷」
「うっ……し、仕方ありませんのよ。我が家は没落貴族ですもの。栄華を極めたカロリア伯爵家も今は昔……ですわ」
言いながら、グレイスは短い髪を弄ってみせる。
「お父様も今は宮廷での閑職で僅かな給金を貰うだけの日々。貴族としての税金を払えば僅かなお金しか残りませんの」
「税金、か」
「貴族の義務、というやつですわ。はあー……いっそ爵位など手放せればとは思いますけど、そうなれば今度は職すら……」
どうにも窮屈そうな生き方だ、とジャスリードはそんな感想を抱いた。
青い血とかいうのも、他の部族の使う呪術のように代償を支払うものであるらしい。
しかし……グレイスの着ている服は、少しばかり値が張りそうだ。
「その割には、その服は高そうだが」
「これですか? そうでもありませんわよ。型落ちの古い服……まあ、それでもそれなりの値はしますが……」
一張羅ですわ、と言うグレイスにジャスリードは「よく分からん」と呟く。
「その一張羅を着ているということは、何処かに戦いに赴くつもりだったか?」
「……そういうことですわ」
「そうか。それは素晴らしい事だ」
「聞いてくれませんの?」
「何をだ?」
「何処に行くかをですわ」
言われて、ジャスリードは訝しげな表情になってしまう。戦いに赴くつもりかと聞いたらそうだと答えた。ならばこの話はこれで終わりではないのか?
それとも何か都会にはジャスリードの知らない作法があるというのか。いや、もしやこれは。
「そうか、厳しい戦いなのだな。それで俺にお前の最後を語り継いでほしいと。そういうことなのだな」
「ち、違いますわよ!」
「む、そうか。戦いに赴くなら当然勝つつもりで行くはずだ。お前の雄姿をベルギアの戦士の間でも語ってほしい……と、こうだな!」
「違いますわよこのバカ! なんで血生臭い話限定なんですの!?」
「戦いだろう?」
「女の戦いですのよ」
「ではやはり血生臭いじゃないか」
そもそも戦いに男も女も関係あるものか。そんな顔をするジャスリードにグレイスは疲れた表情になる。なんでこんな奴を連れてきてしまったのか。いや、恩人だったからだったか。
「えーとですね……恋愛の話ですのよ」
「ふむ」
だからグレイスは、1から説明することにする。仕方ない。こういうのは貴族特有の話なのだ。言わずとも分かってくれというのは最初から無理があった。
「そもそもの話は、私が子どもの頃からのことに遡りますの」
そもそもカロリア伯爵家は、建国時よりの忠臣であり王家からの信頼も厚い家であった。領地を得るのではなく、代々王都を守る不落の城壁こそがカロリア家の象徴である……とされた。言ってみれば、領地も私兵も持たない。我が忠誠心は王家に……と、そんな感じである。
「それでも王都への出入り時にかかる税金の一部を領地収入代わりに頂けておりましたし『城壁伯』という称号も頂いておりましたのよ」
それが変わったのは、先代の王の頃だった。宰相などの側近に惑わされた王はカロリア伯爵家から『城壁伯』に付随する利権を取り上げ、名ばかりの閑職に左遷した。ただの宮中貴族の隅っこになってしまったカロリア伯爵家は自然と没落していき、その影響力も消えていった。
けれど、その名前だけは今でも歴史あるものであり、歴史とはすなわち青き血においては権威の証であった。
代替わりした今代の王は側近に好き放題された先代の王の頃の治世を嫌い、再びカロリア伯爵家を引き上げようとした。その一環として結ばれたのがグレイスと、王太子アルダンの婚約であった。
「これによって、我が家も自然と蘇っていくはず、だったのですけれども」
入ってくるはずの支援金が入ってこず、話を上げても何処かで握り潰される。信用できる筋から詐欺商人が送り込まれ、「信用できたはずの筋」は知らん顔をする。王への謁見は徹底的に邪魔され、グレイスはギャンブルに金を注ぎ込む放蕩令嬢とかいう噂が立ち王太子は幼いころからカロリア家に近づきもしない。
「それだけではなく……どうにも真実の愛とやらに目覚めたんだそうでして」
「偽物の愛があるのか」
「あるそうですわ。今では王都では有名な演劇にまで」
このまま放置しては、婚約が解消されるのも決して絵空事ではなくなる。しかし、そこに勇者選定会の話が入ってきた。
今回の勇者選定会。それは同時に王族や貴族が顔を合わせる大規模なパーティーでもある。
グレイスはそこに乗り込み、直接王に今の苦境を伝えるつもりなのだ。
「とはいえ、また邪魔が入るのは確実。そこでジャスリード様、私を護衛してくださいませんか?」
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