蛮族、令嬢と出会う

「もう決まった? どういうことだ」

「申し訳ありません。急遽、別の候補者が見つかりまして。お詫びといってはなんですが、前金として差し上げた物品はそのままベルギア氏族の方々のもの……と商会主より承っております」

「そう、か」


 であれば、ジャスリードとしては言うべきことはない。「勇者」とやらの実態もジャスリードや長が考えていたようなものではないようだし、物品を返さなくてよいというのであれば、氏族としての損もない。


「これは僅かばかりではありますが、お渡しするようにと。ここまでの手間賃でございます」

「む、そうか。心遣いに感謝する」


 幾らかの金の入った袋を手渡され、ジャスリードは商会を後にする。商会員の言葉からは何かしらの嘘も感じ取れたが、それはジャスリードがとやかく言う事ではない。向こうは誠意を形で示してみせたのだ。


「契約は終わった。ならば氏族へ帰還するべきだな」


 長への報告は簡単だ。契約は破棄されましたの一言で済む。問題は、この手間賃として渡された金をどうするかだ。見たところ、結構な額があるが……ここまでジャスリードは1ゴルドたりとて使ってはいない。水浴びも就寝も食事の調達も、何処でだって出来るからだ。


「……そういえば、菓子類はゴブリンに食われたんだったな」


 菓子に砂糖、香辛料。そうした品々はなかなか自給自足できない品だ。特に菓子の類は好む者も多く、商隊の全滅とゴブリンによる略奪は少なくない落胆を氏族内に与えた。ならば、この金でそうしたものを幾らか仕入れていくのはジャスリードがやるべき務めだった。


「菓子を仕入れるか。何処に行けば手に入るんだ?」


 先ほどのゼルノ商会にはそれらしきものはなかった。となると、どこか別の店で仕入れる必要があるということだ。ウロウロし始めたジャスリードだったが……どの店も、ジャスリードが近づくと嫌そうな顔をする。


「……仕入れは諦めるべきか?」


 まさか自分の恰好が、ならず者扱いされているのだとは思いもよらず、ジャスリードは呟きながら道を歩き……やがて、店どころか人気もあまりない場所へと辿り着いてしまう。


「戻るか……ん?」


 聞こえてきたのは、僅かな悲鳴。それと同時に、ジャスリードは迷わずその聞こえてきて方向へと走る。唾棄すべき事態の匂いがする。それを感じたのだ。

 そして、そのジャスリードの想像通りに……1人の少女が、路地裏へと引きずり込まれようとしていた。口元を塞がれ、腕を抑えられ引きずられる少女に、男が下劣な笑みを浮かべる。


「へっ、馬鹿な女だ」

「もがっ、もがー!」

「こんな所に誰も来やしねえよ! おい、縄持ってこ……」


 仲間にそう言いかけて、男は凄まじい速度で跳ぶように向かってくる「何か」を見て。


「げはあっ⁉」


 顔面に拳を叩きこまれ、地面に倒れ伏す。

 そして、少女は見た。自分を暴漢から引き戻し抱える、力強い手を。その持ち主を。


「お、おい……⁉ てめえ、いきなり何しやがる!」

「それは此方の台詞だ。見て分からんような事情でもあるなら、今のうちに言え」

「はあ⁉」

「言えんようなら……ベルギアの戦士の誇りにかけて、貴様らを殴り倒す」


 その宣言に、あまりにも力強い宣言に暴漢たちは思わず後ずさる。だが、今さら後になど引けない。殴り倒されピクピクとしている仲間と同じようになどなりたくはない。男たちは視線だけを見合わせ、腰の後ろに手をまわして。


「こいつら、最低の強姦魔ですわ! 私を騙して乱暴しようと……!」

「てめっ……」


 叫ぶ少女の言葉に、暴漢の1人がナイフを取り落とす。カラン、という音が路地裏に響いて。そのナイフを、ジャスリードの視線が追い……手の中の少女を、投げ捨てた荷物袋の上に座らせる。


「どうやら俺が見たままのようだ」

「あ、あ……いや待てよ。その……」

「なんだ」

「し、死ねええええ!」


 もう1人の男がナイフを振りかざしながら突進し……しかし、自分の目の前にたやすく潜り込んだジャスリードに「ひっ」と短く悲鳴をあげる。


「げふっ」


 短い悲鳴と共に男は殴り飛ばされ……ナイフを落とした男は、その間に身を翻し逃げている。だが、逃げられるはずもない。


「仲間を見捨てるか」

「ひいいいいいい⁉ ぎゃっ」


 響いた打撃音。それで戦闘とも呼べないような争いは終わり……ジャスリードは、荷物に座り自分を見上げている少女の元へと歩いていく。

 桃色の短い髪の少女は、赤い瞳をキラキラと輝かせながらジャスリードを見ていて、氏族の小さい子供のような目だ……などと少しばかり失礼な事を考える。しかし、事実そんな感じの眼の輝きであった。

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