蛮族過ぎる。だから当初の目的を喪失する2

「勇者、ですか……」

「俺では不足か?」

「いえ、そういうわけではなく……気を悪くしないでほしいのですが、勇者は青い血筋から選ばれるのではないかと思われます」

「青い血? 生物の血は赤だろう」

「あ、いえ。そういう意味ではなく……あー……貴族や王族から選ばれるということです」


 貴族、王族。それについてはジャスリードも知っている。説明されるまでもないが、何故そこから選ぶのかについては分からない。


「貴族や王族は、優れた戦士や魔導士だということか?」

「そういうこともあるでしょうが……そうではなく、勇者とはいわば看板ですから。平民からというのは難しいでしょう。平民が彼ら以上に人気になることは、為政者側としては避けたい事態です」


 だからこそ、強い者を集めて「勇者」の周りを固める。表向きには勇者も含め広く募集するが、実際にはそんなものだ。そして一定以上の力を持つ推薦者は、その辺りをよく分かっている。だからこそ、「勇者予定」の者に恩を売れそうな人材を集めるのだ。しかし、そんな理屈はジャスリードに理解できるはずもない。


「ならば勇者ではなく看板と名付ければいいだろう」

「それは、その。政治的力学というものでして」

「分からん」

「そういうものなのです」

「そうか」


 この田舎者め、と思っていてもノエリムとしてはジャスリードに下手に出ざるを得ない。何しろベルギアの戦士、ひいてはベルギア氏族は強靭な力を持ちながらも秘境にこもっている蛮族の中でも奇跡的にゼルノ商会が接触できた者たちなのだ。本店がベルギア氏族との良好な関係を築き、今回自分たちの看板を背負わせると決めた以上、ノエリム如きがジャスリードの機嫌を損ねるわけにはいかない。それもまた商人的な力学というものだった。


「ですので、勇者予定の方々には敬意をもって接してください。面倒ごとになりますので……」

「敬意を、か」


 正直ジャスリードとしては、渋い顔をせざるをえない。ベルギアの戦士にとって敬意を払うべきは実力とそれによって成し得た功績であり、青い血などという胡乱なものに払いたくはない。ないが……もしかすると、その青い血とやらはジャスリードの予想もできない力を約束するものかもしれない。


「分かった。やってみよう」

「そうですか。それと、その恰好は……」

「俺たちの戦士としての正装だ」

「そ、そうですか……」


 ノエリムからしてみれば田舎者通り越して野蛮人そのものだが、ああも堂々と言われると価値観の違いというものを痛感する。

 くそっ、私は知らないからな……とノエリムは心の中で悪態をつく。そもそも蛮族などという人族擬きを連れてくるなど、本店は何を考えているのか。そんな差別意識にまみれた事を考えているノエリムの悪意をジャスリードはなんとなく感じとっていたが……それで何かをする気はない。


「早速だが王都に向けて出発しようと思う。地図だと此処から7日ほどの距離のようだが、合っているか?」

「はい、合っています。それと……これをお持ちください」

「これは?」


 ノエリムが差し出してきたのは、銀色に輝くメダルのようなもの。馬車をイメージしたと思われる絵の彫られたそれをジャスリードは受け取り、珍しそうに眺めまわす。


「ゼルノ商会のメダルです。ある程度の得意先に渡すものでもあります。王都の本店に着いたら、これを見せれば話が早いはずです」

「感謝する」

「いえいえ。旅の無事を祈っております」


 頭を下げてジャスリードが部屋を出ていくのを見送ると……ノエリムはベルを鳴らし、店員の男の1人を呼び出す。


「お呼びでしょうか?」

「ああ。まずは少し待て」


 窓からジャスリードが遠く離れていくのを見送ると、窓を閉めノエリムは大きく溜息をつく。


「……ダメだあれは。無駄かもしれないが、本店に知らせを送る必要がある」

「そうなのですか?」

「まったく、此処で接触できてよかった。ベルギアの連中め、どうせ男を送るならもっと不細工を送ってくればよいものを」

「しかし……強い者、という指定なのですよね?」

「強けりゃいいってものじゃない。アレは戦いしか頭にないタイプだ」

「はあ、しかし……『勇者』の添え物など、それでよろしいのでは」

「必要なのは『勇者を目立たせる』添え物だ。アレを『勇者』が気に入ると思うか?」

「あー……いえ……」

「だろう? 『勇者』の機嫌を損ねても何も良い事はない」


 言ってみれば「勇者」とはその国家における巡回部隊のようなものだ。その国の王の認定という御旗を掲げ、国民の不満を逸らし王権への帰属意識を高める意味もあるのだ。強さは確かに必要だが……他にもいろいろと必要だ。強ければいいというのであれば、傭兵団でも雇ったほうが早い。

 ……とまあ、これはあくまでラナシュ王国としての考え方であり、他の国には他の国の考え方があるのだが……そんな事は、ラナシュ王国の指導者たちの知ったことではない。そして同時に、ジャスリードとしても……当然のように、知ったことではない。そうして様々な思惑が絡み合う中、ジャスリードは王都に到着し……ゼルノ商会本店で、門前払いをくらっていた。

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