蛮族過ぎる。だから当初の目的を喪失する

 数日後。ジャスリードは無事にクレミルの街へと到着していた。人種もバラバラな人々が街門を潜り、ジャスリードも特に止められることなく街の中へと入っていき感嘆の声をあげた。


「おお……絵のままじゃないか」


 石で組み上げられた家と、色とりどりの屋根。それは絵で見た風景と似ていて、ジャスリードは異文化というものを感動と共に感じ取っていた。


「本当に石なんだな……どうやって組んでいるんだ?」


 石壁をペタペタと触り、首を傾げる。全く理解不能だが、木の家よりも頑丈そうに見える。この技術を持って帰ることができれば、永久にもつ建物ができるのではないだろうか……と、そんな事すら考えてしまう。


「プッ、なんだアレ。田舎者かよ」

「見れば分かるだろ。どっか秘境から出てきた感満載だろ」

「……」


 ジャスリードを見て笑うのは、何やら戦いのものというよりは手入れをサボったことによる汚れのついた装備を纏う2人の男たち。1人は剣士、もう1人は……槍を背負っているのが分かる。

 まあ、ほうっておこうと。ジャスリードはそう考え石壁に興味を戻す。この技術はどうすれば持ち帰れるだろうか。そんな事を考えていると……背後に、男たちが近づいてくる気配がする。


「おい、田舎者。家が珍しいなんざ、何処から来たんだ?」

「此処は文明人の居場所だぜ? 言っとくが、物々交換の風習とかねえからな」


 その言葉に近くに居た何人かが吹き出すが、ジャスリードは気にしない。安い挑発だ。いちいち乗ってやる必要もない。無視して石壁を調べ……どうやら、ただ積んでいるわけではないようだと察する。ならばその秘密は何かと考えた時……ジャスリードの頭を掴んだ男が、壁へと叩きつける。


「無視してんじゃねえぞコラ! それとも共通語は話せませんてかあ⁉」

「こっちは親切で言ってやってるってのによお!」


 いかにもチンピラじみた言葉に周囲の人間たちは関わり合いになりたくないとでもいうかのように遠巻きにしたり、一部の人間はオロオロしたり……あるいは興味津々といった目を向けてくる。そして、ジャスリアードは……ゆっくりと、振り返る。


「親切、親切か。なら俺も親切を返そう」


 言うなり、自分の頭を壁に叩きつけた男をぶん殴り、路地の反対側まで吹き飛ばす。


「げ、ぶおっ……」

「ロ、ロジィ⁉ てめっ……!」

「ベルギアの戦士は、戦いに手を抜かない。この程度の争いで殺しはしないが……相応の覚悟はしておけ」

「ぐ、う、うう……こ、この野郎!」


 拳を固め殴り掛かってくる男を、真正面から最低限の動きで回避し殴り飛ばす。汚い悲鳴をあげて転がった男が立ち上がってこないのを見て、ジャスリードは小さく溜息をつく。


「その程度ではゴブリン1体にも勝てるか怪しいな。もっと訓練することを勧める」


 その言葉に安心したのだろう、誰かの拍手に周囲ものり、大きな拍手が巻き起こる。

 そうして……興味深げに見ていた中から、1人の男が進み出てくる。


「いやあ、見事なものでした。先ほどベルギア……と聞こえましたが、もしやベルギア氏族では?」

「知っているのか?」

「ええ、申し遅れました。私はゼルノ商会のクレミル担当、ノエリムです」

「そうか。俺はベルギアの戦士、ジャスリード。そちらの頼みを引き受けるため、王都へ向かう旅の途中だ」

「おお、では遣いは無事そちらに着いたのですな!」

「いや、おそらく全滅だろう。ゴブリンに襲われ荷物は奪われていた。ゴブリンを滅ぼした後の手紙から今回の事を知った」

「そ、そうでしたか……」


 ノエリムは周囲が何事かを囁きはじめているのを見て、ジャスリードに小声で「これ以上はうちの店で……」と囁く。小規模とはいえ商隊が全滅させられたなどというのは、あまり良い話ではない。頷くジャスリードを連れて店の応接室まで行くと……そこで、ノエリムは大きなため息をつく。


「そうですか……ゴブリンに……」

「ああ、それなりに大きな群れだったようだ」

「頭の痛い話です。まったく、モンスター災害は昔からのものですが、ここ最近は特にひどい。護衛費用もかさむばかりです」

「……確かに最近モンスターが増えているのは事実だ。おかげで相手に事欠かない」


 平和は素晴らしいモノだ。だが同時に平穏は魂を腐らせる。いざという時に立ち向かう力は、闘争の中でこそ手に入るものだというのが蛮族の神たる蛮神グラウグラスの教えでもある。


「は、はは……なんとも頼りになる話です」

「ああ。勇者とやらを決めるのだろう? どんな英雄豪傑が集うか分からないが……ベルギアの戦士の名にかけて、恥じぬ戦いをすると約束しよう」


 そうジャスリードは宣言するが……ノエリムは、何とも言えない表情になってしまう。

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