勇者候補はプライドが高い。だから死ぬ
森を出て、馬車で7日かかる距離を歩けば街道へと出る。世間的には辺境とでもいうべきこの場所ではあるが、ある程度であっても整備された街道が存在するのは開拓精神というべきなのかどうか。しかし、結構な間放置されているのか……お世辞にも、道の状態は良いとは言えない。言えないが……ジャスリードにとっては、たいした問題ではない。最低限の荷物の入った袋を背負い、ベルギア刀を腰に吊るし歩く。それだけで事足りる。元より森の中を駆けまわる身だ。道など、あってもなくても構わないのだ。
「この道を……このまま進んで、5日でクレミルの街に到着して……むう、地図は難しいな」
太陽や星で方角を測ることはできるから、迷うことはないが……地図の見方は習いたてだ。「恐らく合っているだろう」としか言いようがなかった。
ジャスリードは地図から顔を上げると、進む先を見つめる。人族の街など見るのは初めてだが、どのようなものなのだろうか。
以前商人が持ち込んできた絵画では石で作ったという家が描かれていたが……そんなものが本当にあるのだろうか? どのように石を組めばどうなるのか、全く想像もつかない。それを実際に見られるとなると、少しばかりワクワクしてきてしまう。
「よし、進むか……ん?」
地面の僅かな揺れを感じ、ジャスリードは背後へと振り向く。遠く、後ろに……こちらへ向かって進んできている馬車が見える。さほど急いでいるようにも見えないが、あれもクレミルの街へと向かうのだろうか、と。ジャスリードはそんな事を思う。
「馬車、か。アレに並走すれば迷うことはないだろうが……」
当然のように乗るという発想はない。自分の肉体を信じるベルギアの戦士にとって、乗り物という文化自体がよく分からないものだからだ。
「……待ってみるか」
道の脇によけて、馬車を待つ。馬車には武装した人間を乗せ並走する馬と、御者席にも御者だけではなく武装した人間が乗っているのが分かる。護衛だ。その彼等はやがてジャスリードの近く……までやってくることはなく、馬の内の一騎が前に出てきてジャスリードを睨みつける。
「お前はなんだ? そんな所で何してやがる」
「俺か? 俺はベルギアの戦士ジャスリードだ。その馬車がクレミルの街に行くつもりならば並走しようかと思っている」
「他所をあたれ。お前を守ってやる義理はねえ」
「自分の面倒くらい自分でみれる。なんなら手も貸そう」
ジャスリードのその提案に、男は唾を吐くことで答える。
「要らねえよ、どこぞの田舎者に守ってもらうほど落ちぶれちゃいねえ。何より行きずりの奴を信用してるようじゃ護衛は務まらん。その汚え剣の射程外まで離れな、盗賊と認識されたくないならな」
「そうか。確かに俺の提案も突然過ぎた。その侮辱も仕方のない事と受け止めよう」
言いながら、ジャスリードは道の「先」へと行き……そこで振り返る。
「だが、戦士の剣への侮辱。2度目は許さない。お前も戦いに身を置く者であるなら、それを理解すると信じよう」
言い残し、ジャスリードは走る。それこそ馬車の追いつけないような速度で、馬ですら追いつけないような速度でだ。それを男はポカンと口をあけて見送り……やがてやってきた馬車に乗っていた護衛がそんな男を訝しげな表情で見る。
「どうやら何処かへ行ったようだが……どうした、その顔は」
「あ、いや。すげえ速さだから驚いてよ」
「確かに速いが……強化魔法でもかけていたんじゃないか?」
「あ、ああ。そうか。そうだよな」
「それより、この護衛の失敗は許されんぞ。しっかり気を引き締めなおすべきだ」
「分かってるよ。それで? 護衛対象サマはどうしてるんだ」
「寝ている」
「いい気なもんだ」
肩をすくめる男に馬車の男も小さな溜息で返し……しかし「口を慎め」と諭す。
「大切な勇者候補殿だ。敬意を払え」
「ヘイヘイ」
そうして……ジャスリードは全く気にしなかったが、やけに煌びやかな馬車が道を進む。ゆっくりと、少しずつ……そして、高い馬車特有のなめらかな動きで走り出す。
「待て! 前方に何か……あれは、転移門⁉」
馬車の前に現れた円状の黒い塊のようなものから、赤い血のような服を纏った何者かがぞぶり、と音をたてて現れる。銀の髪をオールバックにまとめ、まるで青年貴族のようなその姿は……しかし、安心とは程遠いオーラを纏っている。
「勇者、勇者か。人間も中々に面白い概念を思いつくものだ」
「だ、誰だ貴様!」
「私か? 教えても意味はないが……まあ、冥界への土産としたまえ」
その言葉に反応し馬を走らせ大剣を振るう男が、馬ごと燃え上がる。
「魔導士だ! 弓を……ぐあっ!」
「私はディバス。そうだな……君達流に言うのであれば魔将、といったところか。やがては王となるつもりだがね」
「魔将……だと」
「そうとも。周りは放っておけというのだが、是非遊んでみたくてね。さあ、勇者とやらの力……ぜひとも見せてくれたまえ」
魔将ディバスと名乗る男は、嘲りに満ちた笑顔を馬車へと向けて。
そして、その頃には……ジャスリードの姿は、すでに馬車からは見えない場所まで到達していた。だからこそ、ジャスリードは気付かなかった。いや、正確には気付いていた。背後から響いた何かの激しい音と、それによる振動を。だが、それをジャスリードが助けに行くこともなければ気にすることもない。
「あの馬車、襲撃されたか。だが……彼等は俺の助力は要らないと言った。此処で引き返すは、彼等の誇りを傷つけるだろう」
その結果死んだとしても、それは戦士の誉れだ。そう信じているからこそ、ジャスリードは一瞬止まっただけで、すぐにそのまま走り去る。その結果、何者かに襲われた顔も名前も知らない「勇者候補」とその護衛が全滅したという事実も……ジャスリードにとっては、どうでもいいことであった。
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