#5
テレビ画面を見ているような空間の中で瀬川は小さな快と両親が歩いているのを見る。
しかしこの瞬間は両親が殺される日であると理解した。
そのため必死に止めようとするが見えない壁に阻まれてしまう。
「クソッ、クソッ!快っ、逃げろ!」
必死に見えない壁を叩いて乗り越えようとする。
しかし壁は破れない、むしろそこにあるのは映像だけで実物はないようにすら思える。
それでも親友のために叫ぶ他なかった。
「お願いだ気付いてくれっ、また同じ想いすんのかよ⁈」
何度も見えない壁を叩く。
拳を叩きつける力が強くなっていった。
声も大きくなり想いも肥大化していく。
「両親の言葉っ!聞きたかったんだろっ⁈」
最後に力強くそう叫ぶと遂に返事が返ってきた。
『分かってんだよそんな事っ……!!!』
なんと画面の向こうの子供の姿をした快が瀬川を見ないまま彼に向って叫んだ。
「お、お前聞こえて……」
今まで掛けた声は全て聞こえていたという事なのだろうか。
だとすれば想いを伝えるチャンスだ。
しかし当の本人はそれを拒絶している。
『もうダメなんだよっ、俺は何も出来ない……!』
映像の中の両親は録画を一時停止したかのように止まっている。
『誰にも何も与えられない、むしろ奪っちまうんだよ……!そんなヤツがヒーローだなんてっ』
瀬川も見えない壁に手を当てながら快の声を聞いている。
『俺なんか、居ない方が良いんだ……っ!』
そこで瀬川はある事に気付く。
今彼に立ちはだかっている見えない壁は快の拒絶の心そのものだ。
快は今、全てを拒絶してしまっている。
「っ……」
この空間は快の心そのもの。
親友の痛みが直接自身の心に伝わってくる。
消えたくなるのも納得の苦しみだ。
「なぁ、快……」
だからこそ自分を納得させるように快に言葉をかけてやる事が出来る。
慎重に言葉を選び壁の向こうで拒絶する快へ想いを伝えた。
「人ってさ、与えられたらその分を与える事が出来ると思うんだ」
静かに優しい声で伝える。
『何だよ。俺は与えられてない、愛されてないって言いたいのか……?』
それでも快はまだ拒絶する。
しかし何か瀬川の様子が変わった事だけは感じていた。
「違うよ、お前は愛されてる。自分でも分かってるだろ……?」
『くっ……』
修学旅行の時の言葉を思い出す、更には瀬川の父親が突きつけた快の原罪の意味も。
「記憶の映像見たけどよ、両親はお前に歩み寄ってるように感じた」
『っ……!』
「修学旅行の時に言ってた事、やっぱり本当だと思うんだ」
瀬川も修学旅行の露天風呂での会話を話題に出す。
「お前の方が拒絶してたんじゃないのか……?」
少し言い過ぎたかと一瞬心配になったがここには心から話しに来た、後悔はしていない。
『俺はっ……!』
現に快は酷く動揺している。
「他人が怖かったのか?そんな気持ちがずっと……」
『違うっ、いや……くぅ』
必死に瀬川の言葉に反論しようとするが何も浮かばず声が小さくなっていく快。
「お前は与えられなかったんじゃない、受け取らなかったんだ。それで誰にも与えられなくてお前は……」
孤独になってしまったのも全ては自分から他人を拒絶したから。
それなのに愛が欲しいと傲慢になってしまっていたのだ。
『じゃあ全部自業自得だな、その結果が今だろ?もう誰も愛してくれなくなっちまったな!』
少し自暴自棄になっているように感じられる。
先ほどから一度も瀬川の顔は見ていない。
しかし瀬川はずっと快を見つめている。
「それは違うぞ、お前は今も拒絶してる」
『……っ』
「俺も与方さんもずっとお前に歩み寄ってた、でも理想と違う事を言われてまた拒絶したんだ」
それは愛里に戦って欲しくないと言われた事や瀬川に変身しないで欲しいと言われた事。
「確かに俺たちもお前の気持ちを考えられてなかった、ヒーローになりたくて辛いのに辞めろとか言ってさ……」
しかし瀬川には決定的に思う事がある。
「でも修学旅行の時さ、確かに愛を感じられたんじゃないのか?あの時の経験は嘘か?」
瀬川は純希に言われて気付いた事を快に問う。
「俺も色々辛かったけどさ。お前と一緒にいた時間は……うん、幸せだったよ」
快の記憶にも瀬川や愛里との思い出が蘇る。
「お前はどうだった?」
『あぁっ……』
あの時は瀬川と愛里、そしてConnect ONEの人達と快は確かに歩み寄れた。
「何度でも歩み寄ってやる、お前がこっち向いてくれるまで!」
瀬川の拳に何か輝くものが宿る。
その蒼白に輝く右拳を見えない壁に叩きつけた。
遂に亀裂が入る。
「俺はっ、俺たちは!お前を愛しているっ!」
そして遂に見えない壁が壊れた。
それと同時に快も瀬川の方に振りかえる。
周囲の景色は両親が死ぬ直前の道から快にとっての思い出の場所、"カナンの丘"に変わっていた。
「あ、瀬川……」
「やっと触れたぞ、お前の心に」
見えない壁が壊れた瞬間、快は現在の高校生の姿に戻り瀬川に肩を触れられていた。
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快は瀬川に触れられながら聞いた。
「何で、ここまで……」
見えない壁を破壊できた理由を問う。
すると瀬川は輝く右拳の中を見せる。
「これだよ」
そこに握られていたのはなんとグレイスフィアだった。
何故瀬川がそれを持っているのだろうか。
「これって多分その人そのものなんだ、俺の心ってやつだよ」
そして快にそのグレイスフィアを手渡す。
優しく手に触れその右手に握らせた。
「俺から与える愛だ、これで他の人にも与えられるな」
快はその言葉と共に瀬川の心を強く握る。
「どうだ?今どんな気持ち?」
優しく問う瀬川に快は答えた。
「胸の奥が温かい、これって……」
「あぁ、愛されてる。幸せを感じられたんだな」
新生が言っていた苦しまないと得られないという幸せ。
「それさえあれば良くねぇか?」
「うん……」
そして快はその胸の温かさを確かに抱きしめる。
「最初からここにあったんだ……」
愛を受け取り幸せを感じられるかは自分次第なのだ。
快はそれをつよく実感した。
「どんな人でもさ、愛さえ与えられれば幸せになれるんだよ」
そう言う瀬川だがまだ快には心配な事があった。
「でも本当にこんな俺を愛してくれるの……?」
瀬川は胸を張りながら答えた。
「あぁ、俺たちが愛してやる!与方さんもお前の事待ってるって言ってたし純希も会いたいってよ!」
それでも快には不安があった。
「それでも俺には罪がある……」
こんなに沢山の人を苦しめて来た。
そして今回の事で両親の愛を受け取らず悲しませてしまった事も発覚。
愛される資格があるのかと思ってしまう。
「何言ってんだ、罪のない人なんて居ないんだぜ?」
しかし瀬川はまた学んだ事を快に提示する。
「大事なのはそれを認めて贖えるかどうかだ、親父から原罪の話は聞いたろ?」
「あぁ……」
「その話も強ち間違いじゃないと思えた、根本的な罪を贖えば良いって話!」
「俺の根本……」
快は考える。
根本的な自分の原罪とは何かを。
「人はやり直せる、自分から変わった事を示すんだ!そうすりゃみんな分かってくれる!」
「あぁ、俺も変わらなきゃ……!」
そして快は顔を上げて瀬川に誠意を示す。
そして贖うべき原罪の意味を理解した。
「もう分かってんだろ?お前の原罪」
「あぁ、やっと受け入れられた」
快は後ろを振り返る。
その視線の先にはカナンの丘の大きな樹。
その下に二つの人影が見えた。
「ありがとう、お前は最高の親友だよ」
そう言って二つの影、両親に向かって快は歩み寄るのだった。
「父さん、母さん」
カナンの丘の樹の下で快は現在の姿のまま両親と再会し歩み寄る機会を得たのだ。
これは紛れもない奇跡であろう。
つづく
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