#4

新生がテレビ画面に快のこれまでの人生を映し出す。

それを見た瀬川は絶句してしまった。

快から過去の話は聞いていたが想像以上であったから。


『何でもっと普通に出来ないの!』


まだ幼稚園児ほどの快に泣き叫ぶように怒鳴る母親。

こうなった訳の映像も見せられる。


『うぅぅっ!』


そこでは快が幼稚園で他の園児と喧嘩になってしまっている様子が映っていた。

そして快は遂に手を出してしまう。


『快がたたいたー!』


先生たちが止めに来ても怒りで暴れる快。

どうしようもない状態だった。


「快……っ」


そこから快の母親は幼稚園の先生や他の園児の親に責められていた。


『ちゃんと怒ってるんですか?』


『親がしっかりしないとダメなんですよ!』


そのような事を言われ散々な思いをしながら快の母親は多くの人に頭を下げていた。


『すみません、すみません……っ!』


そして子供が寝静まった後に父親と話し合っていた。


『どうしよう、美宇と全然違う……』


姉の美宇と快があまりに違ったためどうすれば良いのかわからなかった。

これまでの子育ての経験値が約に立たない。


『発達障害の子ってどうすれば良いの……?』


母親は父親と一緒に発達障害に関する本をたくさん読んでいた。

その中で書いてあった接し方などを実践してみる。


『ねぇ快、こーゆーのどう?』


母親はシール帳を作り快に歩み寄った。


『お利口さんでいるとシールが溜まってくよ~』


そのようにいい事をするとシールが溜まっていくシステムを作った。

しかし快は興味を示さない。


『ダメか……』


でも本にはこうも書いてある。

“愛情を持って接する事”と。


『ちゃんと愛情を伝えないと……!』


そこから母親は快に愛情を伝えようと様々な事を頑張った。

プレゼントをあげたり好きなヒーローのショーに連れて行ってあげたり。

そして怒る時も愛情を持って。


『あんたのためを想ってるから怒るの!』


しかし快には通じず更に泣き叫ぶだけ。

とても愛情が伝わっているとは思えなかった。


『何でなの……?』


いくら歩み寄っても拒絶されるだけ。

一緒に遊ぼうにも怒ろうにも快はずっと拒絶してしまっていた。

とうとう母親にも限界が来る。


『何も実感が得られない……』


酷く疲れた母親のもとへ一通の電話が。

快がまた幼稚園で喧嘩したらしい。


『すみませんっ、本当にすみません……!』


他の園児に嚙みついて怪我をさせてしまったらしい。

その子の親からこっ酷く叱られる。

その帰り道。


『ねぇ、何でなの……?』


母親は既に限界だった。


『何でもっと普通に出来ないの!』


その言葉は散々な思いをした母親から発せられたものだった。

しかしその言葉を聞いた快は何が何だか分かっておらずただ恐怖を感じその場から逃げた。

そして警察に見つけてもらうまで帰れなかったという。


「見たかい?これが彼の原罪さ」


新生が瀬川を見て言う。

その瀬川は絶句してしまい何も言えなかった。


「彼は気付いているとは思うけどね、どうしても贖えていないんだよ」


歯ぎしりをする瀬川。

しかしどうしても快に伝えたい事があった。


「新生さん、快の所には行けないんですか?」


「行けるには行ける。でも君が抜け出せなくなるよ、彼の罪の念からね」


そう言うとまた扉が現れる。

瀬川は迷いなくドアノブに手をかけた。


「本当に良いのかい、後悔するよ?」


最後の忠告をする新生。

しかし瀬川の覚悟は決まっていた。


「後悔はとっくにしてます……っ!」


快に愛を伝えられなかった事、今映像で見た母親と同じ感情を抱きながら瀬川は扉を開けて中へ入った。


「(もう一度、俺にチャンスをくれ……!)」


かつて純希に攻撃されて助けた時のように、瀬川はもう一度歩み寄ると決めたのだ。


___________________________________________


扉を開けて中に入る瀬川。

その瞬間に足元の底が抜け真っ暗な空間に落ちていった。


「うわぁっ……⁈」


すると写真が舞うように映像が落下する瀬川の周囲を囲む。

それは快と両親が喧嘩をして互いに傷付いていく様子だった。


「ぐっ……」


突然地面にぶつかる。

周囲を見渡すとそこはかつての快の家だった。

姉は部活で帰って来ず、快と両親の三人で夕食を食べていた。


『美宇が部活でいないからちょっと話しよう』


瀬川の存在には気付いていない、どうやら見えていないようだ。


『なに……?』


快は小学生に成長している。

しかし表情は余計に暗くなり誰にも心を開いていないようだった。


『また先生から電話あったけど今日も喧嘩したってね』


『だって……』


『だって、何?』


快は喧嘩の原因を伝える。


『俺がヒーローになれないって……』


その言葉を聞いた両親は呆れたような顔を浮かべた。


『またそれ?』


察するに何度も同じ話題で喧嘩したのだろう。


『アイツら何も俺の事わかってない、イメージだけで決めつけてんだ!』


しかし母親は冷静に快に伝える。


『あのね快、ヒーローになりたいならそのままじゃダメでしょ?』


『え……?』


正直に思っている事を伝える。


『快、もっと人の事を考えなさい。自分だけ求めて他人には何もしてあげないなんて図々しいでしょ?』


真剣に快と向き合うつもりで伝える。


『良い事したら良い事、嫌な事したら嫌な事が返ってくるんだよ』


瀬川が自分で気づいた事を母親が快に伝える。

しかし快は納得がいかないようで。


『それは分かってるけど、違うんだよ……!』


『何が違うの』


『っ……!!』


そして快は勢いよく夕食の席から飛び出した。

母親はそれを見て悲しくなる。


『私が間違ってるのかなぁ……』


それを慰める父親。


『快にはまだ難しかっただけだよ……!』


それでも辛い二人を見て瀬川は自室に逃げた快を追いかけた。


___________________________________________


快は自室に籠もり小さいお古のテレビで憧れるヒーローのビデオを見ていた。

その様子を瀬川はジッと見つめている。


『いいなぁ……』


ふと快が呟いた。

見ていたのはヒーローが人々を救って称賛されるシーン。

誰からも愛されるヒーローの姿を見つめる快の眼差しは憧れ以上に羨望だった。


「快っ、聞こえないのは分かってる。でも聞いてくれ……!」


すると瀬川は独りで語りだす。


「お前は凄いヤツだよ、こんな経験しても必死に生き抜こうと頑張れてさ」


自分の人生を振り返る。


「俺なら無理だった、絶対早い段階で壊れてたと思う」


快はこんな苦しい思いをしても足掻いて幸せを掴もうとしていた。

その事を実感して思い出す。


「まだその、出来る事なら掴みたいだろ……?」


そう伝えてみるが子供の姿の快は何も反応を見せない。

ずっとヒーロー番組に羨望の眼差しを向けている。


「こんな前からその目してたんだな……」


未だに快はその表情を浮かべる事がある。

こんな小さな時から快は孤独を感じていた、だからこそ救いたいと思えるのだ。


「なぁ応えてくれよ、お前今はどうしたいんだ……?」


それでも快は答えない。

逆にこの空間が答えるかのように景色が変わって行く。


「え……?」


変わりゆく景色の中、快の親の声が聞こえる。


『どうしても快に話したい事があるんだ』


そのまま景色は夜の道へ。

快と両親が手を繋いで歩いている。


「まさか……」


これはあの日ではないか。

目の前で両親が殺された時。


「やめろ、やめろ!」


止められないのは分かっている、しかしどうしても動かずには居られなかった。


「ぐっ、うぅっ!」


目の前には見えない壁がある。

まるでその景色が画面であるかのよう。


『快、あのね……』


語り始める母親。

快から聞いた、この発言の後に犯人が突っ込んで来て両親が殺されるのだ。

両親が何を言いたかったのかずっと気になっていると言っていた、聞かせてやりたい。

しかし瀬川はここから動けなかった。






つづく

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