#4
咲希に憑依したルシフェル。
得た彼女の脳から記憶や意思などを読み解いて行った。
「はは〜ん成程な、誕生日会と……また歩み寄ろうとしやがって」
そのまま思考を巡らせる。
どうすれば夢を叶えられるのか。
「ま、期待があれば失望もデカい。このチャンスは存分に活かさせてもらうぜぇ」
咲希の口角を不敵に上がらせルシフェルは作戦を考えるのだった。
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今日は十二月十五日。
彼らの誕生日の十日前だ。
そして快と愛里の合同誕生日会の当日である。
快はこの日のために新調したコーヒー豆を手にして香りを確かめていた。
「おぉ、めっちゃ良い香り」
スマホのスピーカーをオンにしながら誰かと通話している。
その相手は二人の関係を心配する瀬川であった。
『与方さんってコーヒー好きなの?』
「前に学祭で喜んでくれたよ」
愛里のコーヒーへの気持ちを改めて考えながら快は準備を進める。
彼女の喜ぶ姿を思い浮かべ仲直りする未来を楽しみにしていた。
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一方で愛里も自宅のキッチンで何やら作業をしている。
エプロンを身に着けている姿を見た母親は彼女に聞いた。
「珍しいね、これクッキー?」
「うん、快くんが誕生日祝ってくれるって言うから……」
両親は以前快には会っているため彼と愛里の関係は知っていた。
しかし今ギクシャクしている事までは知らない。
「彼とは上手く行ってるの?」
「正直今はちょっと……」
「あらそうなの?」
初めて親に快との事を伝える。
「だから歩み寄らないと。彼コーヒー好きだし合うもので作れるならクッキーかなって……」
そう言ってオーブンに生地を入れて焼き始める。
頬やエプロンには飛び散った生地が少し付いていた。
「愛里はコーヒー好きだっけ?」
「あんま得意じゃない。でも彼のは美味しかった」
実は愛里は別にコーヒーが好きな訳ではない。
ただ快のものだけは飲めたのだ。
「だから応えなきゃ。凄く大切にしなきゃいけない気がするの」
そして母の顔を見て自分の意志を示す。
「伝えなきゃ。私たちはお互いに都合の良いだけの関係じゃダメなんだって、今からでもまだ遅くないよ」
正直愛里もまだ答えは導き出せていない。
しかし今のままではいけない事は分かる。
なので共にその答えを、都合の良いだけじゃない深い関係の答えを探そうと思ったのだ。
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「行って来ます」
焼き上がったクッキーを可愛らしい袋に詰めて玄関に行く愛里。
事情を知った母親が見送るために着いて来ている。
「彼、愛里のために色々頑張ってくれた。絶対大丈夫だからね」
以前苦しくなった時も快は一生懸命愛里のために動いてくれた。
それを今一度思い出し快への信頼を得ようとする。
「うん、そうだよね……!」
そして愛里は家を出て快のアパートへ向かう。
その道中でもずっと自分に言い聞かせていた。
「(快くんも本当は私のためを想ってくれてる、今は焦ってて都合良い存在としか考えられないだけ……!)」
今の快の気持ちは焦りから来ているものだと必死に言い聞かせ明るい気持ちを作り出そうとした。
止めどない不安を抑えるために無理やりそう思う事にしたのだ。
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そして快の方も準備が整っていた。
コーヒーを淹れるためのお湯を沸かしそれに合うための料理も頑張って作った。
後は愛里が来るのを待つだけ、そして想いを伝えて仲直りするのだ。
今度こそ真のヒーローになるために愛里との関係にしっかり歩み寄らないといけない。
「よし、後は待つだけ……!」
すると玄関のチャイムがなる。
ピンポーンと確実に自室に向けて呼び出しが来た。
「あれ、思ったより早い……?」
少し慌てて玄関に向かう快。
玄関の鏡で一応見なりを確認してから扉を開ける。
「おっす、早かったね……え?」
扉を開けた先に居た人物の顔を見て驚く。
その人物とは。
「愛里じゃなくて残念?」
なんとクラスメイトであり愛里とは親友同士の咲希であった。
何故この日のこの時間に彼女がここへ来るのか理解できない。
「何で、ってか家知ってたっけ……?」
快の引っ越し先に関する話は彼女にはしていない。
というか最近は話すらしていないと言うのに。
「何でも良いでしょ、それよりまだ愛里は来てないんだよね?」
部屋の中を覗き込むような素振りを見せ愛里の有無を確認する。
「うん、だから今来たのかと思ったよ……」
「よし。ちょっと愛里が来る前に話ときたい事あってね」
快は少し不振に思っていると言うのに淡々と話しを進める咲希に更に違和感を覚えた。
そのまま快の感情は置いてけぼりで咲希は言った。
「単刀直入に言うよ?愛里と別れて」
突然の申し出に衝撃を受ける快。
「え……?何でいきなりそんな事……」
「愛里ね、今苦しんでんの。アンタのせいで」
頭が追い付かず咲希の言葉を完全に理解できない。
ただでさえ愛里との仲を取り戻すので必死だというのにいきなり外部からそれを全否定するような事を言われてしまい脳がパンクしてしまいそうだった。
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快の暮らすアパートの一室。
その部屋の玄関で快は突如現れた咲希に詰め寄られていた。
「何で君に決められなきゃいけないんだ、今必死で歩み寄ろうとしてるのに……!」
「あーそれ。愛里からも聞いてるけどアンタら最近“歩み寄る”って煩いの、そればっか必死になって苦しそうだよ」
ようやく見つけた答え。
その言葉まで全否定するような事を言われてしまう。
「お互いのためじゃないでしょ?自分が愛されるため、その見返りを求めるから苦しくなる」
「何が言いたいんだ……?」
「見返りを求め合う関係性は破綻するよ、もっと苦しくなる前にアタシは愛里を解放してあげたい」
快の頭は更に混乱した。
ようやく一歩進んだ事を否定されたのだ。
「何で……愛里は俺の夢を応援してくれた、それで救われたんだ……」
「……」
「彼女と一緒に居れば愛の意味が分かると思ったのに……っ!」
まるで独り言のように呟く。
その言葉を聞いていた咲希は呆れるような顔をしていた。
そして彼女も呟く。
「自分のためじゃん」
その言葉は今の快に深く刺さってしまった。
「言ってたよ、ヒーローになろうと危険を冒してほしくないって。応えなくていいの?」
「で、でもヒーローになる事がずっと俺を支えて来たから……っ」
「はぁ、もったいな」
「え……?」
勿体ないという咲希の発言の意味が分からず聞き返してしまう。
「愛里はアンタを愛し始めてる。だから死んで欲しくないの、英美みたいにね」
ここで英美の話題が出てきた。
「つまり今の愛里の中でアンタは英美と同等かそれ以上の存在なの」
そう言われる事で更に混乱は強まる。
快は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「……はぁ。期待が大きい分失望も大きいかもね、もう破綻は時間の問題かな?」
快を見下すかのように言う咲希。
その瞳はどこか勝ち誇ったような色を浮かべていた。
「そ、そんな事はない……っ!」
慌てて顔を上げる快。
必死に弁明する。
「愛里はヒーローを求めてたっ、英美さんの代わりに俺が愛里を助けたんだっ!!」
これまでの彼女との出来事を思い出していく。
「それで越えれたなら尚更俺から離れる訳がないっ!俺は愛里のヒーローなんだからっ!!」
その快の必死の訴えを聞いていた咲希はもっと快を煽る。
「やっぱ自分に都合のいいようにしか考えられないんだね、愛里もヒーローになるための道具にしか思ってない」
「違うっ!」
「何が違うの?図星だからそんなに焦ってる」
「ぐぅぅ……っ」
何も言い返せない快。
これでは認めてしまっているようではないか。
「でも愛里にヒーローが必要なのは確かだよ、でもアンタはそうはなれない。ヒーローの意味を分かってるようで分かってない」
自分のアイデンティティ全てを否定されたような言葉に快は力んで立ち上がる。
「じゃあ君には分かるのか⁈ヒーローの意味!!」
「少なくとも愛里が求めるものはアンタより分かってるよ、自分の都合じゃなく愛里の事を想ってるからね」
そして決定的な挑発をした。
「アタシの方が愛里のヒーローに相応しいよ」
すると快は激昂してしまう。
咲希の煽りに遂に感情が爆発してしまったのだ。
「ふざけるな!いきなり横から入ってきて何言ってんだよ!」
咲希の胸倉を思い切り掴み感情をぶつける。
「愛里は初めて俺を肯定してくれたっ、ようやく自分の意味が見出せそうなんだ!邪魔するな!!」
苦しそうにしながら咲希は快の手を掴み更に煽る。
「やっぱ自分しか考えてないね、こんなヤツよりアタシの方が絶対いいよっ!」
まだ懲りずにそんな事を言い続ける咲希に快は遂に言ってしまう。
「愛里は俺のモノだっ!!!」
今までで一番と言えるほどの大声で言う快。
するとアパートの階段近くで何やら紙袋が地面に落ちるような音がした。
「え……っ?」
そちらの方を見るとそこにはある人物が震えながら立っていた。
「何、やってるの……?」
そこに居たのは件の愛里だった。
咲希の胸倉を掴む快の手を見つめている。
地面に落ちた袋、愛里が持って来たであろう可愛らしい袋からは手作りのクッキーが零れ落ちていた。
「あ、愛里……?」
最悪の状況だった。
そこで咲希は待っていたかのように快から離れ愛里に泣きついた。
「愛里助けて!アイツやばいよ……っ!」
そんな咲希の様子を見た愛里は受け入れがたいような表情をしながら咲希の手を引いてその場から離れようとする。
「え……ま、待ってよ……」
快は絶望しながらその後ろ姿を追いかけた。
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傷ついた振りをした咲希の手を引き快から目を背け去っていく愛里。
背後から快がふら付いた足で追いかけて来る。
「ねぇっ、待ってよ……!」
しつこく追いかけて来る快に愛里は無言で立ち止まる。
「はぁ、はぁ……愛里、俺っ」
何か言いかける快の言葉を遮って愛里は話す。
その声は震えていた。
「やっぱり私の事、都合いい存在だと思ってるんだ……」
どうやら咲希とのやり取りを聞いてしまったらしい。
快はまた咲希の時と同様に必死に弁明した。
「違うよっ、ただ君のヒーローになりたくて……肯定されたの初めてだったから嬉しかったんだっ」
しかし愛里には何も響かない。
「それってやっぱり都合いいって事じゃん……」
そう言われた快の頭は何とか自分が優位に立とうと働いてしまう。
結果酷いことを彼女に言ってしまうのだ。
「そ、そっちだって自分の都合を押し付けて来るじゃないかっ!!」
夢で見た、その中で言ってしまった事をぶつける。
「ヒーローの夢を応援してるって言うから頑張れば今度はヒーロー辞めろって、訳わかんないよっ!!」
その言葉を受けた愛里は目が完全に乾いてしまい涙を流す事すら出来なかった。
ただ心は雨が土砂降りだったのだ。
「ごめんなさいっ、私もう無理……っ」
そう言って咲希の手を引き快からまた離れようとする愛里。
すかさず快はまた追いかけようとした。
「待って……」
しかし今度は愛里も快を拒絶する。
「来ないでっ!」
その力強い言葉に思わず足がすくんでしまう快。
これ以上先に進む事は出来なかった。
「っ……」
その場に立ち尽くして去っていく愛里に背中を見つめる事しか出来ない快。
彼女が見えなくなった後もしばらく動けなかった。
つづく
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