#5
学園祭当日。
遂にこの日がやって来た。
快も愛里も緊張しながら登校した。
『終了後はグラウンドのキャンプファイヤーで踊ろう!』
そのようなアナウンスが流れる中、着々と一般オープンのための準備が進められて行く。
快たちのクラスの喫茶店はもうすぐ準備が完了する所だ。
「あ……」
結局コーヒーは淹れずにウェイター役を務める事となった快は愛里と目が合う。
少し気まずさを感じたが彼女は笑顔を見せた。
「お互い頑張ろうね!」
ガッツポーズをしてくれた彼女を見て少しは元気を取り戻す快。
彼女がまだ自分を認めてくれているという事が確認でき何とか自我を保てた。
「うん……!」
しっかり返事をし学園祭は幕を開けた。
・
・
・
「いらっしゃいませー」
バイトでは厨房担当のため初めての接客だった。
戸惑いながらも何とか業務をこなして行く。
「ホット二つ!」
受けた注文を委員長に伝えて出来たコーヒーを席に持って行く。
しかしその度に思うのはやはりコーヒーが淹れたかったという事。
「お待たせしました」
やりたかったのはこんな事ではない。
確かに必要な業務だと理解してはいるがコーヒーを淹れられれば心の負担もかなり違っただろう。
「うーん……」
すると委員長が悩んだような声を出す。
「思ったより客来ないな……」
教室の窓から外を確認するとかなりの人が来場しているのだがその割にはこのクラスに来る客は少ない。
「結構人いるのにね……」
コーヒー担当がそのような会話をしているのが快の耳に入る。
確かにかなり暇なので快も近付いてその会話に聞き耳を立てた。
「やっぱコーヒーが美味しくないのかなー?」
「効率優先したからね……」
そう言って微妙な顔をしながら自分で淹れたコーヒーを飲む委員長たち。
すると快の方に視線を向けた。
「創、これならお前のやり方でよかったかもな」
少し笑いながら冗談めかしく言う委員長。
じっくり美味しく淹れた快のやり方で良かったと彼は言う。
「……っ」
今更すぎるその発言に快は悔しさを覚える。
委員長に悪気は無いのだろうが底知れぬ怒りが沸き起こって来た。
すると愛里が会話に入って来る。
「まだ始まったばっかだから大丈夫だよ、ね?」
空のおぼんを持ちながら快の顔を覗き込んで来る仕草にドキッとしてしまう。
やはり彼女は自分を見てくれてる。
そう安心した時だった。
「お〜っす、冷やかしに来たぜ」
このタイミングで純希がやって来たのだ。
周囲の女子たちは"愛里といい感じだった男"とヒソヒソ話している。
「おっす純希くん、来てくれたんだ!」
今の今まで快の近くに居てくれた愛里がすぐさま純希の方へ向かってしまう。
快は若干の寂しさを覚えた、自分が付き合っているというのに。
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女子たちが二人の様子を見て楽しそうにしている。
「まだ仲いいんだー!」
「それどういう意味ー⁈」
快といる時の愛里は優しい表情をしている。
しかし純希といる今の愛里は快といる時はあまり見せない楽しそうな表情をしていた。
「(俺には見せてくれない顔だ……)」
そう感じてしまい一気に表情が曇る。
その間に純希は席に案内され愛里が注文を受けていた。
「ご注文どうしますかー?」
「いいね愛里ちゃんのウェイター!」
「もう良いからっ、注文は?」
「じゃあ普通にコーヒー頼むよ」
そのような仲良さげなやり取りをする二人。
確かに女子生徒たちの言う通り自分より遥かにお似合いに見えた。
確かにその女子生徒たちは二人の様子を見て楽しんでいる。
「通ってる喫茶店あるからさー、コーヒー楽しみだわ」
そう言った純希の所へ快が委員長の淹れたコーヒーを運んで行く。
「お待たせしました……」
「おいおい元気ないぞ?大丈夫かー?」
快の顔を覗き込み純希が言う。
「大丈夫だよ……」
そう言って話を逸らすためにコーヒーを渡した。
「お、これ快の淹れたやつか?」
すると笑顔になった純希が嬉しそうにそう言うため快は違うと言う。
「俺はコーヒー担当じゃないから……」
「え、結局やんなかったのか?」
純希はあれから快がコーヒーを淹れるものだと思ったらしい。
委員長たちも厨房からその話に入る。
「創のやり方だとちょっと時間かかっちゃったからなぁ」
それを聞いた純希は少し残念そうに委員長の淹れたコーヒーを飲む。
しかし反応は一切なかった。
あえてネガティブな事を言わないようにしたのだろう。
「じゃあ今度サシでコーヒー淹れてくれよ」
「え……」
純希とサシで会う事など考えたくは無かった。
思うように反応が出来ず黙り込んでしまう。
「何だよ冗談だって、元気ないなー!」
元気が無いという快の発言にクラスのとある女子が反応した。
快と愛里が付き合っているのを知っている女子だ。
「あ、もしかして彼女取られちゃうかもって嫉妬してるんだー?」
「っ!!」
すると純希は驚いたような反応を見せる。
「え、彼女?」
キョロキョロと赤くなる快と愛里の顔を交互に見る。
そして察したようだ。
「マジ?付き合ったの……?」
なんと純希は二人が付き合っていた事実を知らなかったようだ。
「なるほどねぇ、だからあんなに必死に相談してくれたのかぁ……」
納得の行くような反応を見せるが何処か寂しげな様子が伺えた。
「え、愛里と創って付き合ってたの?」
「純希くんが狙ってるの知ってて奪ったって事……?」
すると二人の恋事情をまだ知らなかったクラスの女子たちがヒソヒソと話を始めた。
それら全ては地獄耳の快には聞こえてしまっていた。
「創サイテーじゃん」
そして何処からか小さくそのような声が聞こえた。
すると快は耐えられなくなる。
「はぁ、はぁ……っ」
パニック発作がここで起こってしまった。
力が抜けて思わず膝から崩れ落ちてしまう。
「ちょ、大丈夫……⁈」
同じように血の気の引いた表情をしていた愛里も焦り快に駆け寄る。
そして純希も快の顔を覗き込んだ。
「おい大丈夫か……?」
そして快が見上げると目の前には純希の顔が。
その表情からは快への心配と少しの残念さが伺えた。
しかし今の快にはその残念さが全面的に見えてしまっている。
「……ごめんなさいっ」
全身が大きく震える。
今にも泣き出してしまいそうだったが……
涙はやはり出なかった。
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そして学園祭は終盤へ。
愛里はその後もウェイターを続けて休憩時間になると純希らと共に他のクラスの店やステージ発表などを楽しんだ。
……楽しんだとは言えない。
あれからずっと保健室へ行ったままの快が心配なのだ。
「(快くん大丈夫かな……)」
その様子を純希は気づいており気にかけていた。
心から楽しめていない事を。
そして一般公開の時間が終了となった。
「じゃあね愛里ちゃん、快によろしく」
純希はここで帰ることとなる。
快の事を問われ愛里は少し自信なさげに答えた。
「私、本当に上手くやれるのかな……?」
すると純希は愛里の肩を叩いて全力で励ます。
「じゃあさ、アイツのコーヒー飲んでやれよ!」
「え?」
「それで全部癒せるとは思わないけど美味いって言ったらきっと喜ぶぜ!」
この後、暗くなってからはキャンプファイヤーが控えている。
その時間に愛里は快と過ごす事を決めるのだった。
「うん、教室で待ってみる……!」
「よし、グッドラック!」
そう言って純希は大きく手を振りながら帰っていく。
角を曲がるまで見送った後、愛里は決意を固めて教室へと向かったのだった。
・
・
・
辺りはすっかり暗くなりグラウンドではキャンプファイヤーがスタートした。
メラメラと燃え上がる炎の周囲で男女が楽しそうにしている。
「俺これ終わったら告白しようと思う……!」
「お、マジか!」
そのような会話が至る所から聞こえた。
快は何とか落ち着きを取り戻し保健室から出ると教室へ戻ろうとした。
その間に窓から見えるキャンプファイヤーの光景に快は羨望の眼差しを向ける。
「はぁ、与方さん……」
思い浮かべるのは恋人同士であるはずの愛里の顔。
しかし純希の顔もセットで浮かんでくる。
「(結局俺じゃダメなんだな……)」
残念がりながら教室の扉を開いた。
すると不思議な事にコーヒーのいい香りが鼻孔をついたのだ。
「え……?」
教室は暗がりで中はよく見えなかったが誰かが今まさにコーヒーを淹れている。
よく見るとそれは愛里だった。
「コーヒー淹れるのって意外と難しいんだね……」
そう言って愛里は完成したコーヒーを二人分マグカップに移して席に持っていった。
「コーヒーお待たせしました快くん!」
前に出た愛里に月明りとキャンプファイヤーの光が差し込む。
その表情は自分だけに見せてくれる優しい笑顔だった。
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皆が外でキャンプファイヤーを楽しんでいる中、快と愛里は教室で愛里の淹れたコーヒーを飲んでいた。
「うっ、苦ぁ……」
愛里は初めて自分の淹れたコーヒーを飲んで顔を歪めた。
「委員長たちのはこんなに苦くなかったんだけどなぁ」
「アイツらも最初は苦いって言ってたよ……」
快は何とか会話を繋げるがそこまでの気力はあまりなかった。
「じゃあ練習あるのみだね!」
「うん……」
緊張してしまいここから上手く話を広げられない。
すると愛里がある提案をする。
「ねぇ、快くんの淹れたコーヒー飲みたいな……?」
上目遣いでお願いをしてくる愛里。
快は歩み寄るために了承した。
「いいよ……」
そして快は委員長たちに却下されたやり方でコーヒーを淹れるのだった。
「コーヒーは温度が大事なんだ、熱すぎても冷ましすぎてもダメなんだよ」
ポットを火にかけながら解説をしていく。
お湯が沸いたら一度別の容器に移して適温にした。
「ここまでやってから豆を挽くんだ、出来るだけ空気に触れる時間を短くするためにね」
「凄い、本格的……!」
初めて見る快の自信に満ちた姿に感心してしまう愛里。
その横顔に見惚れて思わず顔が赤くなってしまっていた。
「よし、ここまでやってようやくお湯を注ぐんだ。まずは少し蒸らして……」
先に豆を少し蒸らしてからお湯を注いでいく。
「こうやって真ん中からゆっくり平仮名の“の”を描くように……」
粉と化した豆がふっくらと膨らんでいく。
それと同時にこれまでで一番のいい香りも広がっていった。
「ゆっくり丁寧に、四回くらいに分けてお湯を注いで……全部落ちきる前に豆を離す!残った苦みまで抽出しちゃうからね」
こうしてコーヒーが完成した。
色からして既に今までのものとは明らかに違う。
「めっちゃ美味しそう、いい香りもする……」
そのままカップに移し愛里に提供する。
ゆっくりと愛里はコーヒーを啜った。
ドキドキしながら快は感想を待っている。
「……っ」
一口目を飲み終えた後、愛里はしばらく黙っていた。
そして口を開くとその声が震えているのが分かった。
「凄い、美味しいよ快くん……」
今にも泣きそうな声で言うため快は戸惑った。
「深い味がする、これって快くんの心なんだね」
「心……?」
「やっと分かった、歩み寄ってくれたんだね快くん……!」
今までで一番美味しいコーヒーを飲みながら愛里は今までで一番優しい笑顔を見せた。
快も少し安堵したような表情を見せる。
しかし純希や他のクラスメイトへの罪悪感は拭えないままその表情には安堵の中に複雑な気持ちが映っていた。
ブー!ブー!
当人たちは気づかなかったが愛里のスマホにはいくつもメッセージが届いていた。
その相手は元親友である咲希だった。
『アンタの行為は偽善でしかない』
『結局は自分の罪のためでしょ?』
『近づいた気持ちが憐みだって知ったら創はどう思うだろうね?』
そのようなメッセージの羅列。
愛里は後に気付いた時も無視をするのであった。
___________________________________________
数日後、純希はいつものようにバイト先に出勤した。
シフト表によると今日は快と二人だ。
あの後どうなったか聞こうとワクワクしていた。
「お、おはよう」
しかしそこにいたのは快ではなく先輩だった。
「あれ、快じゃないんすか?」
すると先輩は答える。
「俺も急に呼ばれたからビックリしたんだけどさ、アイツ辞めたってよ!」
「え……?」
「話によると純希に酷い事したからって……」
「そんな……」
その日はずっと仕事が手につかなかった。
失意の表情で帰り道を歩きながら純希は振り返る。
「(俺、別に酷い事されたなんて思ってねぇよ……)」
思い返すと快はずっと純希の方を羨望の眼差しで見つめていた。
「酷い事したのは俺の方だ……!!」
小学校時代の事だけではない、この間だって知らなかったとはいえ恋人を奪うような行為をしてしまった。
それで快は羨ましそうにこちらを見ていたのだろう。
「(羨ましがってたのはお前だけじゃないぞ、俺もだ……!)」
教室に入った時、純希は見てしまった。
愛里が快に対して純希には見せない優しい笑顔を見せていた所を。
純希には友達に見せるような楽しそうな顔しか見せてくれなかったというのに。
「ごめんな……」
純希の小さな呟きが虚空へと消えていった。
つづく
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