資料10ー第7話
「わたくしの不注意でしたわ。面目ありません」
アレックスに包帯を巻かれながらイレーネは説明を始めた。
「ティアーナ様が先頭を進むことになっていたのに、わたくし間違って彼女の前を行ってしまいましたの。そしたら、彼がわたくしを攻撃してきて……。ティアーナ様は〝魔術〟で対抗されました。彼女は傷を負ったわたくしに向かって『ここは任せて仲間を呼んできてくれ』とおっしゃったのです。わたくしは少しでも彼女の力になろうとしましたが、攻撃できる装備を持ってきておりませんでしたので、悔しくも、こうして逃げてきました」
リビングにはこの屋敷にいる全員が集まっていた。レスターも痛みをおして話を聞きに来た。
「わかった。彼女を援護しに行こう」
ソファから立ち上がるレスターだったが、表情を歪め、腹部に手を当てる。
「大丈夫? 昨晩の傷が治ってないんじゃない?」
「……そりゃあな。でも行かなきゃならないだろう。俺だけでは戦力として不足だ。誰か同伴してくれる人は……」
「わたくし、ティアーナ様の最後の位置を覚えていますわ」
「なら、ワシもお供いたしましょう。応急処置ならできるはずです」
「二人ともありがとう」
レスターはイレーネとアレックスに礼を言うと、オレたちのことを見た。
「お前らはどうする?」
オレはイ・ソヒを見た。彼女もオレのことを見つめている。まるで「どうする?」と聞いているみたいに。
「ねえ、せっかくならみんなで行かない?」
そう提案したのはシャオユウだった。
「ほら、みんなで行けばエリックもびっくりするんじゃない」
レスターは顎に手を当てた。
「たしかに、全員で行けば探している間に屋敷を襲われるリスクはなくなる。四人とも、一緒に来てくれるか?」
断る理由はなかった。それに、みんなでエリックの元へ向かうことにちょっとした楽しみもあった。もしかしたら彼は慌てふためいて子供向けアニメの意地悪ネコみたいにドジを踏むかもしれない。
「お、俺氏は、別に、いいですよ」
「なら、ボクもいく」
オレの言葉にいち早くイ・ソヒが答えた。双子が賛同したのは言うまでもなかった。
***
裏庭の奥にある雑木林を進んでいく。枝葉が日光を遮ってくれるため、中は涼しかった。
歩き始めて十分後、木々の隙間からティアーナの後ろ姿が見えた。幹にもたれているため、全身を見ることはできないが、彼女であることは間違いない。
「いやっ!」
ティアーナを見てシャオユウが甲高い悲鳴をあげた。イ・ソヒも異常に気づいたのか、オレの袖を引っ張る。
「どうしたんだ?」
「彼女の、手……」
シャオユウが指したティアーナの手はダラリと垂れ下がり、指先から血が垂れていた。
「みんな固まれ。さっき説明した通り、互いに背中を預け、全方位を警戒するんだ」
出発前の説明通りフォーメーションを組んだ。イ・ソヒはオレの袖を掴んだままだ。
「よし、このまま前進する。遅れるなよ」
レスターはアサルトライフルを構えて一歩ずつティアーナの元へ進んで行った。
彼女の体にはいくつもの貫通痕があり、多量の血が流れていた。誰がどう見ても、彼女が死亡したことは明らかだった。
————ザッザッザッザッ
草木をかき分ける音がする。
————ザッザッザッザッ
軽やかに、速く疾く!
「サヤカ、あぶない!」
ハルカの声が響いたあと、オレたちの間に一陣の風が通り過ぎた。
風が通り過ぎさった方を見ると、一人の男が立っていた。
男? 果たして彼を〝人間〟と呼んでいいのだろうか。
全身から伸びた無数の触手で身体を覆い、腕から生えた六つのドリル状の触手は回転している。
まるで子供向けヒーロー番組に出てくる怪人のようだ。
「ぐっ…………」
男の前にはハルカがいた。彼は木にもたれたまま動かない。
男は間髪入れずに
————ハルカに正拳突きをした。
六つのドリルが、ハルカの腹部を貫く。
「ハルカァ!」
サヤカの悲痛な叫びが葉のそよぎとともに響いた。
オレの額に一筋の汗が流れる。
オレは鬼退治に行くものだと思っていた。正義は必ず勝つ。みんながいれば怖くない。
でも間違いだと気づいた。
これは戦争だ。
生き残るために使えるものを全て使って殺し合う。
惨劇なんだ。
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