資料10ー第6話

「人外の一人はエリックで間違いない」


 アレックスに傷口を縫合されながらレスターは言った。部屋には壊れた家具や弾痕が散りばめられており、戦場ゲームで見るような光景が広がっていた。


「間違いないの?」

「あぁ。はっきり見たから間違えない。それに、この場にいないのもその証拠だ」


 部屋にはエリックを除く全員が集まっていた。イ・ソヒも意識を取り戻してここにいる。


「しかし、もうひとつ懸念点がございます」


 ティアーナはオレのことを見た。


「イアン殿を襲った人外です。イアン殿とレスター殿は同時に襲われました。人外は二人いると考えていいでしょう。そして、そのうち一人はこの中にいる」


 彼女は周囲を見回した。視線を向けられた全員が目を動かしたり、表情を曇らせたり、何かしらの反応を示した。


「まあ、いまの段階で絞り込むことは難しいだろう。少なくとも、俺とイアン、それにイ・ソヒは違う……あ、あと二人を助けたティアーナも違うな。だから、容疑者として考えられるのはシャオユウ、アレックス、サヤカ、ハルカ、そしてイレーネの五人だ」


 彼の頭の回転は夕食時よりも鋭くなっている気がした。戦闘を通じて一種のゾーンに入っているのだろうか。彼の推理に異論を挟む余地は一ミリもなかった。


 そんなレスターが鋭い視線をアレックスに向ける。


「おい、薬間違っていないか? 抗不整脈剤だろ、それ」


 アレックスは注射器で薬瓶から薬品を抽出しようとしていた。薬瓶のラベルを見た老医は目を大きくすると、


「これは大変失礼いたしました。ご指摘いただき、ありがとうございます」

「気をつけてくれ。専門医はあんたしかいないんだから」


 アレックスは深く頭を下げた。




     ***




「オレと一緒に来てくれないか?」


 朝食後、ハルカからそんな提案を受けた。レスターは怪我を療養するため自室で休んでいる。必然的にオレは単独行動をしていた。


「ど、どうして?」


 ハルカは隣にいるサヤカのことを見た。そして再びこちらを向くと


「いいから、来て欲しいんです」と言った。


 なんじゃそりゃ。


「で、でも、お、俺氏は彼女を見守らないといけないから……」


 オレの隣ではスクランブルエッグを平らげ、お皿に残ったソースをスプーンで掬うイ・ソヒがいた。彼女のペアはシャオユウだが、彼女はいま朝食の片付けと昼食の仕込みで忙しいというのでオレに預けられていた。イ・ソヒはオレを見ると、再びお皿に目を向けた。


「ボクは、イアンと一緒なら、いい……」


 彼女がいいと言うのなら断る理由はなかった。オレは屋敷内であればどこでもいいと伝えた。外はがいるから……。


「おや、皆さんお揃いで。どちらに?」


 階段でティアーナと遭遇した。彼女はジーパンに長袖シャツを着ている。昨日の妖艶な服装とは大違いだ。


「あ、えっと、ふ、双子が見せたいものがあると言うので……」

「そうですか。此方らはこれからエリック殿を追撃しに行きます」


 ティアーナの後ろからイレーネとアレックスが見えた。二人ともパンツズボンを履いており、動きやすい服装をしている。


「……くれぐれも、お気をつけて」

「えぇ。其方こそご武運を」


 武運を祈るのはオレたちではないかと思いながら、戦地に赴く三人を見送った。




     ***




 サヤカが〝占い師〟だとカミングアウトしたのは、彼女の部屋に入ってからだった。


「サヤカは、他の人の生体情報を食べると人外かどうかわかるのです」


 彼女が何を言ったのか、理解するまで数分かかった。


「それを、どうしてお、俺氏たちに……」

「最初はイアンだけに話すつもりだった。あなたは昨晩〝占い〟で白だとわかったから。イ・ソヒはついてきたいと言ってきたから……」


 オレはしばらく考え込むと、顔を上げた。


「わ、わかった。それで、お、俺氏はどうすればいい?」

「本当に信じてくれるのか?」


「ま、まあ……」


 十人の中でオレは最も白いため、誰が人外かを見極める義務があった。トマス・プランテーションは絶海の孤島だ。〝占い〟という非科学的な手法でも検討する価値はある。


「ありがとう」


 ハルカは礼を言うと、作戦を語り始めた。




     ***




 一時間後、オレたちは再びサヤカの部屋に集まった。カーペットの上に円を描くように座り、中央にはティッシュペーパーの上に乗った三束の髪の毛があった。右からシャオユウ、アレックス、そしてイレーネだ。


「それじゃあ……」


 サヤカの言葉に三人は頷く。イ・ソヒよりも幼い少女は、シャオユウの髪の毛をとった。ふと、髪の毛をもつサヤカの手が震えていることに気づく。本当に怖がっている? まさか彼女は本当に……。


 目を瞑りながら髪の毛を口に入れる。一噛み、二噛み……。


「うん。シャオユウは人間だよ」


 一同はため息をついた。心臓がバクバクしている自分がいた。


 次に彼女はアレックスの髪の毛を手に取った。白髪の混じった縮毛。先ほどよりもインターバルは少なめに口へ運ぶ。


 一噛み、二噛み、三噛みして彼女は首を傾げた。


「どうだ?」

「う、う〜ん、人間のはず、なんだけど……」


「はずなんだけど?」

「なんか、おかしい感じがするのです」


 オレたち三人は互いに顔を見合わせた。


「じ、じゃあ、アレックスが人外ってこと?」

「ううん。人間なんだけど、普通の人間とは違う味がして……」


 曖昧な返事だが、ひとまずアレックスが人間であることに間違いないようだ。


「次で最後だな」


 ハルカの言葉にサヤカは頷くと、イレーネの髪の毛を取った。ブラウンのロングヘアをしばし見つめ、口へ運ぼうとした——そのとき。


「だれか! だれかおりませぬか!」


 外からアレックスの声が聞こえた。オレたちは玄関へ行く。


 玄関には、傷だらけのイレーネと彼女を肩から担ぐアレックスがいた。



——————

読んでいただき、ありがとうございます。

もし、よろしければ星やフォローをお願いします。

さらに、お褒めの言葉をいただけると泣いて喜びます。

引き続き、拙作をよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る