資料9ー第2話
ワシの笑みを見た彼女が片方だけの目を大きく見開く。
逃げようとしたときには————
ワシはパーカーの裾を掴み、トイレの中へ引き摺り込んだ。
声を出そうとしたのでマスクの上から手を押し付ける。腕を背中の方に捻り、動きを鈍らせる。
「……っ!」
声にならない声がマスク越しから漏れる。まるで釣ったばかりの魚のように動き出そうとしたため、さらに腕を捻った。これ以上やると関節が外れると思ったが、どうせ殺すんだ、構やしない。容赦なく力を加える。
「んんん〜〜〜〜!」
少女の叫びにワシの全身に流れる血液が興奮を覚えた。あぁ、素晴らしい。やはりこうでなくては。
殺す前に骨の一本や二本折ってみようかと思ったとき、
彼女の指がワシの手の甲に触れた。
彼女の手から金色の炎が上がり、ワシは思わず飛び退いた。まさか超能力者⁉︎ どこかの山村では超能力者を創り出すための人体実験を行なっていると聞いたが、まさか実在したのか。
……いや、どうも様子がおかしい。
炎が出せるなら操ることもできるはずだ。少なくとも、自分に害が及ばないように制御できるはずだ。なのに、彼女の手から出た金色の炎はみるみる少女の体を包んでいく。床や壁に延焼する様子はない。この炎は彼女だけを燃やそうとしている。
どういうことだ?
この少女は、いったい……。
そうだ。
彼女を殺した証拠を手に入れなければ!
ワシは彼女の眼帯をもぎ取った。少女は抵抗することなく、眼帯は簡単に取れた。
眼帯で隠していた左眼は碧く光っていた。エメラルドとサファイアを足して二で割ったような美しい色だった。
「きみは……いったい……」
聞いても無駄だとわかった。金色の炎は彼女の口を覆い、いよいよ体全体を包み込んだ。
一分も経たないうちに少女の痕跡は燃やし尽くされた。
ワシの手にある眼帯を除いて。
***
眼帯を見せ、状況を説明すると、エリックはしばらく固まった。
「本当に触れただけで燃えたのか?」
「はい。嘘など断じてついておりません」
エリックは思い詰めたように口を手で覆った。
「〈神の御使〉だ」
言葉の意味をワシも、そしてイレーネもわからなかった。
「我々の硬質角が一切通じず、ある条件下で我々を蹂躙することができる存在だ。都市伝説、ないしは架空の存在だと思っていたが、よもや実在していたとは。しかもそれを序盤で排除することができたとは。……クックックッ」
彼の指の隙間から笑みが見えた。
「いいぞ、アレックス。よくやった! 貴様を我らの信奉者として正式に任命しようではないか! 存分に我らのために働き、そして散るがよい」
最後の言葉が気になった。なるほど。あくまでワシを殺すつもりか。まあ、それも悪くないだろう。ワシはこの心に宿る〝至高の果実〟を喰らいたいだけなのだから。命を捧げるくらいお安い御用だ。
「ハハァ」
ワシは深々と頭を下げた。
***
少女の行方不明は夕食どきに判明した。ワシらは彼女を捜索したが、もちろん見つけることはできない。彼女の体は炎に包まれて消えてしまったのだから。
「もしかすると、彼女は何者かに殺害され、遺体はすでに海に遺棄されてしまったのではないでしょうか」
捜索会議で発言するエリックは先ほどの傲慢な態度とは真逆だった。人間は誰しも表と裏を持つが、彼ほど明確な二面性を持つ
だが、ワシは彼にそこまで興味がなかった。ワシは彼の隣にいるイレーネに視線を移す。紺色のドレスを着こなした彼女は手を膝の上に置き、少し俯いていた。
そう、ワシが興味があるのは……。
***
「おい、アレックス」
シャワーから上がると、エリックに呼び止められた。彼はワシを自室に入れると、椅子に座って顎をしゃくりながらワシのことを見上げた。
「今夜、我とイレーネは人間側を数名、襲撃する予定だ」
「左様でございますか。ワシはどのようなお手伝いを」
「いや、必要ない。今宵は我とイレーネだけで行う」
頭にはてなマークが浮かんだ。
「では、ワシは何をすれば」
「何もしなくてよい。旅の疲れもあるだろうから自室で休め。貴様は内通者として、明日から奴らを混乱させてもらう。覚悟しておけ」
思うところがあったが、笑みを浮かべて頭を下げる。
「ありがたきお言葉。では、そのようにさせていただきます。……ただ」
ワシは頭を上げて彼の顔を見た。
「間違ってもワシの部屋に入ることのないよう、お気をつけくださいませ」
エリックの目つきが鋭くなる。
「フン。貴様に〝命令〟できないことだけが玉に瑕だな。もうよい、行け」
ワシはもう一度頭を下げると、部屋をあとにした。
***
翌朝、ワシはトマス・プランテーションの海岸にいた。
おまけ
————
アレックス「ついに念願のビーチデビューじゃ!」
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