資料7ー第2話

 それから三時間後、彼は死体で発見された。

 すぐさま事件当時のアリバイが確認された。


「当方とイレーネは部屋の整理が終わったあと屋敷周辺を探索していました。なあ、イレーネ」


 彼の目は笑っていなかった。それにどれだけの人が気づいているだろうか。私は「ええ」と微笑むことしかできなかった。


 会議が終了し、冷めきったチャーハンを口に運んでいるとエリックが〝話し〟かけてきた。私たちだけに通じる特殊な〝テレパシー〟を使って。


『なに勝手なことをしてるんだ』

『なにって、なんですの?』


『とぼけるな。アレックスだよ。お前だろ、殺したの』

『あぁ……。仕方なかったんですもの。わたくし達のことを犯人だと言い当ててきたんですから』


 テレパシー越しにため息が聞こえる。


『どうやら貴様はまだわかっていないらしいな、どちらが上でどちらが下か。あとでたっぷり調教してやろう』


 彼の舌なめずりが聞こえてきそうな物言いだった。先ほどの私だったらきっと鳥肌が立っていただろう。


 でも、今はどこか落ち着いている自分がいた。




     ***




 シャワーを浴びながらこの後の予定を何度も反芻する。

 すでに準備は整った。布石も打った。あとは時が来るのを待つだけだ。


 シャワーを止め、バスタオルで体の隅々まで拭ていると、まるで彼のために〝身支度〟をしているようで心が濁った。私は彼にとって極上のディナーなのだろう。ディナーが自ら垢を洗い落としてくれるなんて、なんとも滑稽な話だ。


 最後に濡れた髪の毛の水分を拭おうとしたとき、ガチャリとバスルームの扉が開いた。よもや彼が入ってきたのではないと思ったが違った。


 軍人のレスターだった。彼は素知らぬ顔で入ってきて、私を見るなり全身を硬直させた。


 彼が動くよりも早く私は悲鳴をあげた。これは異性がバスルームに入ってきたときに誰もが発する生理的な悲鳴だ。


 けど、この悲鳴が思わぬ悲劇を呼び寄せることになる。




     ***




 シャワーを終えた私は無理やり彼の部屋に連れ込まれた。


 投げ捨てられるようにカーペットに叩きつけられると、彼は二本の指を私の口に突っ込んだ。咽頭反射で吐き出そうとするが、彼は許さない。


「《正直に答えろ。あの男に裸を見られたのか?》」


 見られていない、と言おうとしたが指が邪魔でうまく発音できない。仕方なしに首を横に振る。


「《嘘をつくな! 貴様はあの男に裸を見られたのだろう! 我に見せるよりも早く!》」


 指が奥へ進む。今にも嘔吐してしまいそうだ。


 頬を涙が伝う。私は全力で首を横に振ろうとした。しかし彼のもう片方の手が首を掴んでいて、うまく動かすことができない。


 指がさらに奥へ進む。軟口蓋を通過し、咽頭まで入るところで猛烈な吐き気を覚えた。あと少しで吐きそうなところで彼は指を軟口蓋まで戻す。


「《見られたのか? どうなんだ!》」


 もはや抵抗する気力はなく、私は微かに首を縦に振った。彼は口から指を剥がした。解放された私は起き上がることもできず、喉の異物感を排除しようと咳き込んだ。


 下半身に力が入らなくなり、その場に倒れ込んだ。


「《先ほどの言動といい、貴様はなにか勘違いしてるようだな。勝手に殺しを行い、我の許可も得ずに裸体を他の輩に曝け出した。特に後者は一生償っても赦されぬ恥と知れ》」

「も、申し訳……ございませんでした」


 口元についた涎を拭う。あぁ、クソッ——クソッ!


「《では後ろ手になり、ケツを向けろ》」

「えっ……」


「罰を与えるのだ。当たり前だろう。貴様は罪を犯した。そのことを体にしっかり刻みつけるのだ。《どうした。早くケツを向けろ》」


 〜〜〜〜〜〜‼︎


「怒」という文字では画数が足らないほど灼熱とした感情が腹の底から湧き上がってくる。けれども体は〝命令〟に逆らうことはできない。


 手を後ろに組み、ベッドの上で四つん這いに立つ。普段の私なら一生しないであろう屈辱的な体勢が彼の一言で完成してしまった。


「むぐっ」


 ハンカチを口の中に突っ込まれる。彼は私の頬を掴んで言った。


「《今から我が良しというまで声を出すな。決してな》」


 パァンという音とともに臀部に強烈な痛みが走った!


「〜〜〜〜っ!」


 悲鳴を上げようとしたが、声にならず吐息だけが漏れる。


 再び臀部に痛み——


 悲鳴で逃すことのできない痛みを噛み締めながら、私は拳を握り締めた。


 絶対に、絶対にコイツを…………




 ——こんばんは、あなたのお名前は?




 視線を上げるとマリー・ブラントが立っていた。

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