資料7「令嬢」
資料7ー第1話
私の前にマリー・ブラントがいる。長髪のブロンドヘアーを縦にカールして。
彼女はインタビュアーだ。私に質問してくる。
——あなたのお名前は?
「イレーネ・エンリケ・フェリシアよ」
——イレーネ、素敵な名前ね。名前以外にあるかしら、あなたの素敵なところ。
「ピセムで最大の財閥、フェリシア財閥の株を三割所有してるわ。そこで得た利益を使って不動産業もやってるの。リゾートを建設したりカジノを建設したり。私が携わった施設は一日に数億の利益を出すのよ」
——素晴らしいわ。まさに成功した人生を歩まれているのね。どうやってここまで成功したのかしら? 成功の秘訣は?
「そうね。運が良かった、なんて言えば簡単だけど、大切なことはチャンスを逃さないことよ」
——チャンスを逃さない?
「そう。成功と失敗は表裏一体。成功するか失敗するかはチャンスに触れてみないとわからない。もちろん、失敗を恐れる人はいるでしょう。でも失敗を恐れてチャンスに手を出さないと成功することはできない。目の前のチャンスに全力を賭けて挑戦する。臆さずに挑んだ者だけが成功できるのよ。もちろん、見極める選球眼も必要だけどね」
マリー・ブラントは私に様々な質問をしてくれる。私は悠々自適に答える。どうやって成功したか、どうしたら成功するか。成功を語る時ほど満悦な時はない。
——では、最後の質問よ。
マリー・ブラントは手元のメモに目配せしてから再び顔をあげた。
——人を殺したときの感触はどうだった?
「えっ……」
私は彼女の目を見た。まっすぐなその瞳はまっすぐ過ぎて怖いくらいだった。
——だから人を殺したときよ、イレーネ。さっき殺したでしょう? ズタズタに。
私はなにも言わずに背を向けた。後ろからマリー・ブラントが追撃してくる。
——どんな感触だった? どんな気分だった?
——あなたは変わることができたかしら?
***
ウゲェェェェェェェ‼︎
トイレの扉を閉めると堰を切ったように吐き気が込み上げてきた。急いで蓋を開けて嘔吐する。トマス・プランテーションに来る前に食べてきたミネストローネの残骸がボトボトと便器に注がれる。
ウゲェェェェェェェ‼︎
最悪だ、最悪だ!
まさか仲間の中に〝王の血〟を引く者がいるなんて。しかも王とは縁遠い性格の持ち主だなんて。あれが次期支配者? 笑わせるな、泣かせるな——ふざけるな、ふざけるな! ふざけルゥゥゥ
ウ、ゲェェェェェェェ‼︎
胃の中の固形物はすべて吐き出され、唾か胃液か、酸っぱい液体が吐き出される。その吐瀉物に先ほどの主従の誓いをのせる。
わたくしイレーネ・エンリケ・フェリシアはエリック・ミケルド・フォン・マグラリング・シュミット様の下僕とオォォォォオオォォ
オゲエェエェェエェエ エェ ェッ
思い出しただけでも吐き気がする。考えただけでも吐き気がする。彼が憎いのは太陽が明るいことと同義だが、それ以上に、彼に従ってしまう自分が、この体が、月明かりのように憎い!
服従の誓いを言わされた後、ピセム壊滅の報が一同を騒がせた。私には同胞が〝狼煙〟を上げたとわかったが何も言わなかった。
けど、あそこで手を挙げておけば、まだ幸せな未来が待っていたかもしれない。
部屋番号が決まり、自室に呼び出され、足の指を口の奥まで突っ込まれた。母趾に咽頭を掻き回されて……
苦痛。屈辱。
黒の毛糸と微粒のゴミと汗とツンとした臭い。これらが口腔を鼻腔を支配して……
「ウゥウウウゥォエエェェエエェェェェェェ」
私は再び嘔吐した。
***
トイレから出るとマリー・ブラントが立っていた。
——こんにちは。あなたのお名前は?
「イレーネよ。イレーネ・エンリケ・フェリシア」
——素敵な名前ね。ファッションもとても素敵だわ。今日のコーデのポイントは?
答えようとして口が止まった。あぁ、そうか。こんなドレスを着てきたから私はあの男の餌食になったのか。
「どっか消え失せて」
マリー・ブラントは霧のように消えていった。
「もし、フェリシア嬢」
階段から老医のアレックス・コリヤダが現れた。
「どうしたんですの、アレックス様」
「いやぁの、一つ聞きたいことがありまして」
階段を降りきったアレックスは私の前に立った。私は彼と目を合わせる。
「あなたとミスター・エリック。お二人とも人外でしょう」
思考が止まった。老人はニィと笑った。丸渕メガネの奥から覗く瞳は真っ黒で、上位種であるはずの私でも恐怖を覚えるほどだった。
「な、なにを……」
動揺は避けられなかった。今ここで殺すべきか。背中に力をこめ、硬質角を繰り出そうとした直前——
「勘違いしないでいただきたい。ワシはあなた方を告発したいわけではございません」
肩の力が抜けた。
「どういうこと?」
「言葉の通りです。ワシはあなた方の仲間になりたい。ただそれだけなのです」
「ど、どうして……」
「どうして? 悪に堕ちることに理由など必要ですか?」
単純明快な回答に私は胸の内側がフツフツと燃えるのを感じた。
まるで〝肉壺〟のように。
彼を使えば、もしかして……。
「ではアレックス様、
アレックスの眉がピクリと動いた。
「その言い回し、なにか深い意味がありそうですね」
「えぇ。とても深い意味があるの。どうかしら?」
彼の口角はニィと上がった。
「もちろん、喜んで」
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