資料6ー第8話

 ——スコシ、トキヲ遡ロウカ


 誰だ?


 ——キミハ、彼女ニダケミエルモノガアルトイッタネ


 あぁ、言った。


 ——デハ、キミハドウナンダイ?


 どういう意味だ?


 ——キミニシカ感ジラレナイモノガナカッタカイ? ソウ、タトエバ……


 例えば?


 ——耳、トカ




     ###




 ——スコシ、トキヲ遡ロウカ


「ボス、やっぱりコイツじゃねえですかい」


 オレは跪いている。目の前には大きな椅子に座る〝ボス〟と、〝三精将さんせいしょう〟たち。


「コイツ、傷の治りも早いですし、異常なタフネスがある。最初は使い潰そうと思ったのに、今日まで生き残ってやらぁ。ゼッテェ怪しいですぜ」


 彼らの話を聞くと、〝ボス〟はオレの前でしゃがんだ。


「オラァ別にどうでもいいんだ。この世に人ならざる輩がいようといなかろうと、ソイツが商売できるならつるむだけ。チャカ向けてくるなら殺すだけ。なぁ、坊主。答えろよ。〝ピーマ〟をやったのはテメェか?」


「ハルカはやってないです!」


 後ろから声がした。振り返ると、サヤカが目に涙を浮かべて立っていた。


「バッ、なにしに……」

「ハルカは誰も殺してません。殺したのは……あの人です」


 サヤカは〝三精将〟の一人を指差した。すると、ソイツから無数の触手が生えて——


 十名の〝ファミリー〟を殺した奴は始末された。仲間殺しを暴いたサヤカは彼らに認められ、〝ファミリー〟の一員になった。


 オレは知っていた。


 彼女が特別な力を持っていた、ということにではない。


 一日十二時間、毎日働かされた。


 一緒に入った仲間はとうの昔に過労で死んでいった。


 オレだけが周りとは違う〝体質〟だって、オレは知っていた。




     ###




 ——スコシ、トキヲ遡ロウカ


「あなた、こんなところで何してるの?」


 暗い洞窟で白い着物を羽織った彼女は、とても美しく見えた。


「見てわからないのか。閉じ込められてるんだよ。お前こそ、どうしてここに?」

「知らない人から逃げてきたの。ここなら誰も来ないかなって」


「たぶん来るぞ」

「えっ?」


「オレがいるからな。奴らなら真っ先にでもここに来るはずだ」

「えぇ〜」


「ほら、わかったらさっさとどっか行け。逃げ切れればな」


 早く一人になりたかった。一人になって、洞窟の入り口から差し込む月の光を眺めていたかった。なのに彼女は木の格子を一生懸命引っ張っている。もちろん、太い幹で組まれた格子はびくともしない。


「何やってんだ?」

「だって、このままだとあなたも痛い目にあうでしょ? だから助けなきゃって……」


「バカ! 早く逃げないと捕まっちまうぞ!」

「でも……」


 彼女は逃げようともせず、堅牢な檻を壊そうとしていた。彼女の姿を見て、オレは立ち上がる。


「なあ、お前。名前は?」

「名前……? みんなはハバラノなんとかって呼んでるけど、なんか後付けされたような気がして……」


「ハハッ、名前がないのか。オレとおんなじだな。オレも名前がないんだ」


 彼女に近づくと、その顔は土まみれだった。それでもオレは彼女を美しいと思った。


「なぁ……」


 幹を掴んで力を入れる。幹はクッキーのようにバキバキと音を立てて壊れた。


「ここから逃げ出したら、一緒に暮らさないか?」


 牢から出て彼女と正面から相対する。彼女は最初は不思議そうな顔をしたがやがて笑みを浮かべた。


「うん。いいよ!」


 月明かりに照らされた彼女の笑みを、オレは美しいと思った。


 


     ###




 ——スコシ、トキヲ遡ロウカ


 物心がついたばかりの頃、こんな会話を聞いたことがある。

「よくこんな残飯だけで生きていけるよな。大翁もさっさと始末すりゃあいいのに」

「しようとしたらしいぜ。でも刃が全く通らなかったんだと。火にかけても肌が燃える前に燃料が燃え尽きたそうだ」


「長老会ではとんでもないもの生み出してしまったって慌てふためいてたぜ。『あのアマ、死に際にとんでもない置き土産を残して逝きやがった』って」

「やっぱ参加すべきじゃなかったかな、アレ」


「ハッ、するしかないだろ、この村にいる限り。それより、もう一方はどうなんだよ」

「あぁ、あっちはまだ力が弱いから調教できるらしい。いま大婆様たちが世話してるって」


「大婆様が世話って。人格保てるのかね」

「さあね。ま、俺たちが呼ばれるのはアレの時くらいだろうからさ。気ままに待とうぜ」




     ***




 心のどこかで思ってた。血のつながった本物のキョウダイじゃないかって。


 証拠はない。DNA検査をしたわけでもない。でも、言葉で言い表すことのできない確信が胸の中にあった。


「ハハ、よもやこんなことがあろうとは!」


 声が聞こえる。

 体を動かすことができる。


 立つことができる。


「ハルカ……おまえ……」


 レスターが銃を構えたままこちらを見ていた。

 レスター、どうしてオレに銃を————




   ——あぁ。




 自分の腕を見て気づく。


 腕からは無数の触手が生えていた。

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