資料6ー第6話

「白状しよう。当方らが犯人だ」




 瞬間、レスターとティアーナが構えた。イレーネは目を見開いてエリックを凝視する。オレとシャオユウだけが立ちすくんでいた。


「まあ落ち着け。ここで襲いかかったところで当方らに勝ち目はない」


 エリックは余裕の笑みを湛えながら二人を宥めた。そのまま立ち上がる。


「一般人であれば難なく殺すことができる。だがレスター様やティアーナ様のような実力をもった方が相手では難しい。さすれば、投降という選択肢は必然だろう。もちろん、この場で当方らを殺害しても構わない。その際には最後の抵抗として一人や二人は噛みちぎって見せよう。……だが、それでいいのか? あなた方は知らなければならないはずだ。自分たちが置かれているを」


 彼はソファの肘掛けを撫でた。ブゥンという音がしてホログラム・ディスプレイが現れ、「トマス・プランテーション」と書かれたウィンドウが表示される。


「何か知ってるのか?」

「当方は降伏した身だ。知ってることはすべて話そう。ただし、一つ条件がある」


 エリックはオレのことを指差した。オレは一歩後退りする。


「そこの双子の妹、サヤカ様を連れてきていただきたい。全員が集まったら、知ってることを全てお話ししよう」


 誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。


「さあ、早く当方らを独房なり監獄なりぶち込むがいい」


 彼の余裕ある雰囲気が何か企んでるのではないかと勘繰らせてしまう。同じことをレスターやティアーナも考えているのだろう。二人は互いに頷きあった。


「わかった。二人を八号室に軟禁する。手をあげてゆっくり進むんだ」


 プシュッと〝カプセル〟の音がしてレスターは拳銃を取り出すと、二人に向けた。エリックとイレーネは手を上げながらリビングをあとにした。


 二人が出て行く時、耳鳴りのように〝誰かの声〟が聞こえた。


 ——イイカ。ワレガアイズシタラ、オマエハれすたーニトビカカレ。

 ——……ソ、ソレハ。


 ——アァ。オマエハコロサレルダロウ。シカシ、ソレコソワレラノオモウツボダ。マイソウサレタトキニカクセイシ、アトハワレノシジヲマテ。ワカッタナ。

 ——……ハイ。カシコマリマシタ。


 感覚を研ぎ澄まさなければ気づけないほど些細な異変だった。ただの耳鳴りならいいのだが、誰か二人が会話しているような気がして……


「ハルカ」


 ふと、レスターが話しかけてきた。


「無理強いさせなくていい。サヤカが目を覚ましたら八号室まで連れてきてくれ」

「わ、わかった……」


 もっと色々言いたかったが、一言しか返事ができなかった。




     ***




 エリックの話は意味不明だった。


 ——人外はもう一人いる。

 ——サヤカの〝占い〟は間違っているかもしれない。


 それだけで「トマス・プランテーション」については全く言及がなかった。「トマス・プランテーション」について聞こうと思ったらイレーネが襲ってきて、ティアーナが彼女の首を切り落として止めて、尋問は強制的に終了した。


 イレーネの首が刎ねられたとき、オレは咄嗟にサヤカの目を覆った。イレーネ人外の血には彼女だけしか見えない〝何か〟があると思ったからだ。果たして、彼女が絶叫することはなかった。


 やっと初めて彼女のために動けた気がした。本当はもっと彼女のために動きたいけど、今のオレにできるのはこれくらいしかない……。


「ハァ」

「どうした、辛気臭い顔して」


 ダイニングの椅子に座っているとレスターが現れた。Tシャツに短パンとラフな服装だが、腰には拳銃がぶら下がっていた。


「いや、別に……」

「当ててやろうか。大切な人を守れなくてヤキモキしてるんだろう」


「えっ?」


 思わず彼のことを見る。彼は笑みを浮かべた。とても澄んだ瞳をしている。


「その顔は図星か」

「べ、別に……」


「誰だってそうだ。大切な人を守るために力をつけると、自分が今まで見えていなかった強大な悪が見えるようになる。その巨悪から守ろうと力をつけてもまた同じ。結局、俺たちは満足に他人を守ることなんてできないんだ。もちろん、自分の命もな」


 レスターはオレの隣に座り、こっちを見た。


「じゃあ、どうすれば……」

「どうもこうもない。自分ができる最大限のことをやるだけだ」


 そう言って彼はズボンのポケットから〝カプセル〟を取り出すと中身を解放した。プシュッと音がして現れたのは一本のサバイバルナイフだった。


「これをやろう。俺が到着する少しの間だけ、お前はこれを使って彼女を守るんだ」


 ナイフを受け取る。重厚感があり、握りごたえがあった。これで、オレはサヤカを……


 ——ヨミガエッタカ。

 ——ハイ。


 ——ヨイ。オマエハシジガアルマデシュウヘンニカクレテイロ。

 ——カシコマリマシタ。


「大丈夫か?」


 オレはしばらく耳に手を当てると頷いた。胸には不安が洗濯しても落ちないシミのようにへばりついていた。


 胸騒ぎを抱えたままダイニングを出る。足は自然とサヤカの元へ向かっていた。彼女はダイニングの隣にあるバスルームにいる。


「シャオユウはどこで料理を習ったの?」

「ヒローキー調理専門学校だよ」


「ほぉ〜」

「あたしには十人の弟妹きょうだいがいてさ——」


 ドアノブに手をかけて止める。


「サヤカはいまシャオユウと一緒にシャワーを浴びてるぞ」


 後ろでレスターが声をかける。だが、オレはそんなことが聞きたっかわけじゃない。


 サヤカが……シャオユウの名前を呼んでいる。


 それは、彼女がシャオユウのことを心から敬愛する人だと認めた証だ。これまでサヤカはオレしか名前で呼んだことはない。


 ——そうか。アイツもここに来て悪いことだけじゃないんだな。


「おい……」


 レスターが低い声を発する。振り返ると、彼はリビングの方をじっと見ていた。リビングには大きな窓が取り付けられていて、トマス・ハウスの庭を一望することができる。


 庭を見て、レスターは叫んだ。


「ティアーナ! 死体が掘り返されてるぞ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る