資料6ー第4話
——いやな予感がした。
この先いる〝何か〟——オレには見えない〝何か〟がサヤカの手を掴んだ時、彼女は連れ去られ、二度と戻って来れないのではないか。そんな気がしてならなかった。
「サヤカ!」
慌てて彼女の手を掴むと、サヤカはハッと呼吸を再開した。目の焦点が合い、力は抜け、地面に倒れ込もうとする。
オレは急いで彼女の体を支えた。彼女の服はぐっしょり湿っていた。
「ハル……カ……」
「しゃべるな。まずはゆっくり深呼吸しろ」
彼女が確かに深呼吸していることを確認すると、安堵の思いがどっと溢れ出した。
「念のため確認するが、イレーネが人外で間違いないんだな」
自分で喋るなと言っておきながら尋ねた。サヤカは小さく頷く。
オレはすぐにシャオユウの方を向いた。
「レスターとティアーナが白でイレーネが黒だった。これって、残りの人外がエリックってことにならない?」
「そうかも……しれない」
突然話しかけられたシャオユウは体をビクッと震わせた。
「でも証拠は? どうやって他の人に二人が犯人であることを説明するの?」
「だからシャオユウから説明して欲しいんだ」
「あたしから?」
「信頼のあるアンタの話なら、きっと信じてくれるはずだ」
オレは今までにないくらい眼に力をこめてシャオユウのことを見た。シャオユウは一瞬、オレから目を逸らすも、すぐに視線を元に戻した。
「……わかった。あたし、二人のところに行ってくるよ」
彼女は部屋を出ていった。
サヤカの呼吸はだいぶ安定してきた。
「サヤカ、大丈夫か?」
「う、うん」
少し辛そうに受け答えしながらも、彼女はゆっくりと起き上がった。床に置いてあったコップを渡す。これはシャオユウが持ってきてくれたものだ。
水を口に含んだ彼女は虫歯が染みるみたいに目を細めるも、そのまま一気に飲み干した。
「ありがとう、だいぶ良くなった」
サヤカからコップを受け取ったとき、ついに聞かなくてはならないと思った。お前は何を見ていたんだ。どこに手を伸ばそうとしていたんだ?
口をひらこうとしたそのとき、下の階からシャオユウの悲鳴が聞こえた。まさかエリックたちに勘付かれたか? すぐに行きたいのは山々だが、サヤカを一人にするわけにはいかない。
見ると、彼女は起きあがろうとしてよろめいた。
「無理しなくていいぞ。オレだけ様子を見てくるから」
「ううん、大丈夫。それより、サヤカも一緒に行きたいの」
彼女の言葉を否定することはできなかった。「わかった」と言って部屋を出る。
一階のリビングの入り口にはレスターとティアーナがいた。二人の間をぬってリビングの中を見ると、血まみれのイ・ソヒと彼女に駆け寄るシャオユウがいた。イ・ソヒはひび割れた壁に寄りかかり、衣服は破け、無数の刺し傷から血が溢れ出していた。
「あぁ……ひどい」
シャオユウがイ・ソヒに触れた瞬間、
触れた箇所から金色の炎が現れた。
「きゃっ!」
金色の炎はみるみるイ・ソヒの体を包み始める。
なんだ、これは……。
シャオユウは人外ではない。そうなると、炎が出た原因はイ・ソヒにある……のか? 人に触れられると炎が出る人間なんて聞いたことがないぞ! あまりにも非現実的すぎだ。非現実的すぎて、目の前の炎が幻なんじゃないかと思ってしまう。
「あぁ……あっちと同じ、か。けっこう、がんばったんだけど、なぁ…………」
イ・ソヒは燃える手をシャオユウに向けて再びおろした。まるで彼女に触れることを逡巡したかのように。ややあって、今度は空中に浮いているホログラム・ディスプレイを指差した。
「おねがい……あの、パソコンに……」
そこまで言ったところで彼女の声は炎の音にかき消されてしまった。金色の炎は延焼することなく彼女の体だけを燃やすと、跡形もなく消えてしまった。
残ったものは……何もなかった。
「なにが起きたのですか!」
玄関の方からエリックとイレーネが慌てた様子で入ってくる。だが、その様子はどこかよそよそしく感じた。二人のことを人外だと知ってるからか、それとも……。
***
レスターが二人に状況報告している間、サヤカはイ・ソヒが消えた場所をずっと見ていた。
人が炎に包まれたんだ。誰だって衝撃的だ。ましてや心理的に不安定なサヤカには強烈だったかもしれない。こういうとき目を覆ってやれば良かったな。過ぎてしまったことを後悔する。
視線はサヤカから空中を漂うホログラム・ディスプレイに移った。ディスプレイには「トマス・プランテーション」と題したウィンドウが表示されていた。ウィンドウの中にはテキストボックスがあり、パスワードを入れるよう要求している。
このプランテーションの地図か? それにしてはなぜパスワードが必要なんだ?
トマス・プランテーションは早足で回れば数十分で一周できてしまうほど小さい。一日目に屋敷内は隅々まで探索し、隠し扉やひみつの部屋へ通じるギミックは見つからなかった。なのに、どうしてこのプランテーションの地図にパスワードをかけたんだ?
そしてイ・ソヒはパスワードを入力しようとしていた。
彼女はこの先に〝何か〟あると知っていた?
——いったい、何が?
「イヤアァァアァアァアアァァアアアァ」
サヤカの悲鳴が部屋中に響き渡った。
彼女は口と目を大きく開いていた。目と口は真っ黒で、底が見えない。
やがて彼女はばたりと床に倒れた。
「サヤカッ!」
駆け寄ったときには、彼女の意識はなくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます