資料6ー第3話

 翌朝、イアンが死体で発見された。頭部を貫かれた即死だった。

 当然、朝食で犯人探しが行われた。


 犯人として候補に挙がったのは、まさかのオレだった⁉︎


「当方は見たのです。昨晩、彼が廊下にいるところを。あれはイアン殿を殺した帰りだったのではないでしょうか」

「昨夜廊下にいたのは本当か、ハルカ?」


 レスターの問いにオレは黙って頷いた。


「どうして廊下にいたのです」


 エリックが問い詰めてくる。


 どうしてって……。理由ははっきりしている。でも、それを言葉にすることができない。サヤカを守るためだなんて、口が裂けても言えない。


「ハルカは何もしていません。ハルカは昨日サヤカと一緒に寝ていて、その……」


 サヤカが声を上げるも、全てを言い切る前にイレーネがピシャリと言う。


「それ見なさい。妹も庇い始めましたわ。この双子が犯人ではなくって?」


「何かしらの理由で廊下にいたとしても、それがイアンを殺す決定的な証拠にはなりません。もし、そうだと言うのならエリック殿、其方はどうしてハルカ殿を廊下で見れたのです。どうして昨晩廊下に?」


「当方は尿意を覚え、トイレに行こうと廊下に出ました」


「それを証明してくれる人はいますか?」

「それは……」


 結局、この会議で人外が絞られることはなかった。


 幸いともいうべきか、オレたちはお咎めを受けることなく朝食を終えた。




     ***




 シャオユウが快諾してくれたことには驚いた。もっと渋るかと思っていたからだ。理由はどうあれ、人手が増えたことはありがたい。


 朝食が終わり、ほとんどの人は海へ泳ぎに行った。彼らが帰ってくるまで、できれば全員分の生体情報を集めたい。


 昨夜みたいに個室には鍵がかかっている。だから窓から侵入することにした。この家の周囲に乱立している木を伝って行けば、二階にある個室の窓に飛び移ることができる。


 窓にも鍵はかかっているが入口ほど頑丈ではない。両開きの窓をレバーで押さえているだけだ。窓の隙間にカードを差し込んでずらしてやれば……


 ほら、開いた。


 これで中を自由に物色することができる。とはいっても、この侵入方法は思った以上に重労働だった。時間内で全員分の生体情報を採取することは難しいため、ターゲットを絞ることにした。


 一人目はレスターだ。軍人である彼は人外と戦ううえで貴重な戦力になる。もし彼が人外だったら、オレたちは作戦の大幅な修正を余儀なくされる。


 二人目がティアーナだ。シャオユウ曰く、彼女も人外と戦うことのできる〝魔術師〟らしい。〝魔術師〟なんて聞いたこともないが、もし彼女が人外だとしたら、オレたちを混乱させようと嘘をついているかもしれない。調べないわけにはいかなかった。


 残ったのはエリック、イレーネ、イ・ソヒの三人だ。時間的にも調べられるのはあと一人。


 この中でイ・ソヒは昨日一緒に行動していたイアンが人間だと判明しているため人外である可能性は低い。となると、あとはエリックとイレーネのどちらかだが、オレはイレーネを選んだ。彼女の方が髪が長く、見つけやすいからだ。


 窓際に光る長髪を拾い上げると、レスターがイレーネを担いで戻ってきた。どうやら彼女が海で溺れたそうだ。思わず二度見してしまうほど露出度の高い水着を着て溺れるなんて、上流階級の人間は何を考えてるかわからないな。




     ***




 昼食を食べ終えたオレたちは、サヤカの部屋に集まった。ティッシュの上に乗せられた三つの髪束を囲むようにして座る。


「じゃあ、いくよ」


 オレとシャオユウは黙って頷いた。


 彼女はまず、レスターの髪を摘んだ。手は震えているが、昨日よりも震えは小さい。


 髪の毛を摘んですぐに口に入れた。目を瞑ったままひと噛み、ふた噛み。

 やがて彼女は力強く頷いた。


 ——レスターは人間だ。


 よし。これで人外はエリックとイレーネのペアが高まった。


 サヤカは続けてティアーナの髪の毛を摘んで口に含んだ。摘んでから口に含むまで逡巡は見られなかった。


 そして頷く。その頬は少し緩んでいた。


 ——ティアーナも人間だ。


 残った髪の毛はイレーネだけだ。オレの鼓動は急激に速くなる。


 ここが本命だ。レスターとティアーナは白だった。イ・ソヒも白の可能性が高い。残るはエリックとイレーネのペアだけ。ここで黒が出てくれば、状況は好転す…………




「ギィ・!」




 サヤカの口から今まで聞いたこともない声が出た。そこから彼女はえずきだし、口から何かを必死に吐き出そうとした。だが、出てくるのはサラサラの唾だけだ。


「ウ、ゥ……」


 彼女はよろめきながらも顔を上げた。口の端から涎を垂らしながら、額から大量の汗を吹き出しながら、両の黒目を素早く不規則に伸縮させながら、彼女は手を伸ばした。手を伸ばす先にはオレもシャオユウもいない。〝から〟が広がっていた。




 ——いやな予感がした。

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