資料5ー第5話
〝黒い繭〟はその大きな口でサヤカの上半身を喰い千切りました。
痛みは感じません。でも体は真っ二つにされたようで、血も際限なく吹き出しているようで、
「イヤアァァアァアァアアァァアアアァ」
絶叫し、倒れ込み、目の前は真っ黒になり————
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畳が敷かれた部屋に
襖が開き、老婆が入ってくる。手には盆が、盆の上には大きな葉が、葉の上には赤黒い肉片が置かれていた。
「特別な子よ、ハバラノカミよ。今宵もお持ちいたしました」
老婆はワタシの前で深々と頭を下げ、盆を差し出した。
ワタシは何も言わず肉片を見つめる。赤黒い肉片からは〝黒い繊維〟が滲み出ていた。〝黒い繊維〟はワタシにしか見えない。まるで生き物のように右へ左へ上へ下へと不規則に蠢く。
ワタシは赤黒い肉片を掴むと、一瞬の逡巡の後に口へ運んだ。
舌に激痛が走る。痛みは脳を突き刺し、酸鼻を撒き散らす。
肉片を吐き出そうとすると、老婆が駆け寄りワタシの口を塞いだ。シワが刻まれた分厚い手の平はワタシの口と鼻を完全に覆い、ワタシは息苦しさを覚える。
朦朧とする意識のなか彼女の顔を見ると、そこに表情と呼べるものはなく、目は真っ黒だった。
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畳が敷かれた部屋。睡眠も食事も排泄も全てこの部屋で行うワタシは、外に出ることはできない。
今日も襖が開き、老婆が入ってくる。ワタシには開けられない襖を老婆は軽々と開けて見せる。老婆の手には盆が、盆の上には葉が、葉の上には赤黒い……
「特別な子よ、ハバラノカミよ。今宵もお持ちいたしました」
ワタシは手で口を塞いだ。老婆の表情が険しくなる。
「何をしているんだい。あたしを失望させないでおくれ。さあ、お食べ」
ワタシは首を横に振った。
「そうかい。仕方ないね。言うことを聞かない子にはお仕置きだよ!」
老婆の大声とともに三方の襖が開き、屈強な男たちが入ってくる。彼らはワタシの腕と足を掴むと、容赦無く持ち上げた。ワタシの身体は軽々と宙に浮かぶ。
「そーれ、いーち!」
「いーち!」
掛け声とともに〝お仕置き〟が始まった。〝お仕置き〟は彼らが百数えるまで終わらない。ワタシが涙を流そうと小便を垂らそうと血を滴らせようと終わらない。
彼らが百を数えるまで〝お仕置き〟はつづく。
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襖は驚くほど簡単に開いた。触るだけで全身から血を吹き出して死ぬと老婆は言っていたが、まったくの嘘だった。
ツキアカリの綺麗な夜だった。誰もいない庭に映し出された影が自分の動きに合わせて動くことが嬉しくて。全身痣だらけで痛かったけれども、足の指はうまく動かなかったけれど、ワタシはしばらく跳ね回った。
少ししてワタシの名前を呼ぶ声は聞こえた。ワタシは山に向かって走り出す。
そして偶然見つけた洞穴で出会った獣の目をした少年は————
***
目を開けると、ハルカがサヤカのことを見ていました。彼は笑みを浮かべるのでもなく、涙を滲ませるのでもなく、なんと言うのでしょう。とても優しい顔をしていました。
「フフ……」
「どうした?」
「ううん、ちょっと昔を思い出して……」
ハルカの顔が歪んだのは彼がサヤカの過去を知っているからでしょう。でも大丈夫だよ。サヤカは口に出さずに思いました。どれだけ辛い過去を背負っていようとも、サヤカはハルカとこうして一緒にいられるのですから。
あたりを見渡すと、すぐにサヤカの部屋だとわかりました。どうやらサヤカは倒れたあと、ここに運び込まれたようです。
コンコンと扉をノックする音がして軍人さんが入ってきました。
「起きたか?」
「はい」
「そうか。……サヤカ、起きたばかりで申し訳ないが動けるか? いささか緊急の要件があるんだ」
***
軍人さんに連れられて別の部屋に来ました。部屋には手品師さんと料理人さんが立っていて、社長さんとお金持ちさんが椅子とベッドにそれぞれ腰掛けていました。
「おぉ、〝救いの子〟のお出ましだ。おめでとう。コングラチュレーション」
社長さんの拍手だけが部屋に虚しくこだまします。
「御託はいい。それより、全員そろったぞ。約束通り〝真実〟とやらを語ってくれ」
「あぁ、もちろん」
社長さんは背もたれに体重を預け、足を組みました。
「そこのお嬢さん……いや、取り繕うのはよそう。
そこの娘が言い当てた通り、イレーネは君たちの言葉でいえば〝人外〟だ。
そしてご推察の通り我も〝人外〟だ。
アレックスを殺し、イアンを殺し、イ・ソヒを殺したのは紛れもなく我らだ」
おまけ
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二人は、手を繋いで生きてきた。
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