資料5ー第3話

 ティッシュペーパーの上に乗った二束の髪の毛がありました。


「じゃあ、はじめようか」


 サヤカはコクリと頷くと、まず料理人さんの方に手を伸ばしました。金色のショートヘアー……


 ふと、自分の脈が速くなっていることに気づきました。髪の毛を持つ手が震えています。あぁ、緊張してるんだなぁ。それはきっと〝黒い繭〟のせい、〝思い出〟のせい。


 前を向くとハルカが心配そうな目をしていました。嫌だったらやめてもいいんだぞ、とでも言いたげに。


 ——でも大丈夫だよ。


 サヤカは声に出す代わりに髪の毛を口に入れました。


 入れてすぐわかる。砂糖菓子のように溶ける感覚。甘さはないけど、どこか優しい雰囲気が感じられる。


 間違いない——彼女は人間だ。


 サヤカはハルカの方を見て頷きました。そのままエンジニアさんの髪の毛を口に入れます。砂糖菓子のようにふわっと溶けて消えていく。彼も人間だ。


 サヤカたちは同時に大きく息を吐きました。


「あと五人か……」

「ねえ、ハルカ。明日、二人にこのことを伝えようと思うんだけど、どうかな?」


 ハルカは眉をひそめました。


「どうって言われてもなぁ……。二人がオレたちの話を信じてくれるかわからないぞ。下手したら敵側だと思われるかもしれない」

「でも二人に協力してもらった方が早く集められる気がするんだけど……」


 ハルカは腕を組み、しばらく考え込みました。


「別にいっか。明日ふたりに打ち明けてみよう」


 自信のある彼の声にサヤカは大きく頷きました。




     ***




「もうこんな時間か。それじゃあ、またあし……」


 〇時近く。部屋を去ろうとしたハルカの袖をそっと引っ張ります。彼は目を見開いてサヤカの顔を見ました。


 サヤカもどうしてかわかりませんでした。波がさざめくのと同じように、草木がそよぐのと同じように彼の袖を引っ張ったのです。


 まるで時が止まったかのように沈黙が流れました。


「どうした?」

「あっ、うん。う〜ん……」


 なんでもない、とも言えなくて口ごもってしまいます。心は何かを伝えようとしているのに、喉が何を伝えたいかわかっていないみたいで。サヤカはモジモジとしたまま「えっと……」と連呼するだけでした。


「もしかして、一緒に寝たいのか?」


 無意識に頷きます。まったく、サヤカの心は議論というものを知らないのでしょうか。


 でも、満足している自分もいました。

 二人で一緒にベッドに入り、向かい合いながら目を瞑る。


 どれだけ素晴らしく、素敵なことでしょうか。

 サヤカは思うのです。


 こんな幸せな時間が一生続けばいいなって。




     ***




 二日目に予定していた作戦は半分失敗に終わりました。協力をお願いしようと思っていたエンジニアさんが殺されたのです。


 ですが完全に失敗したわけではありません。


「ねえ、シャオユウ……さん」


 朝食をとったサヤカたちはキッチンで作業をする料理人さんの元を訪ねました。昨日の一件以来、サヤカたちはキッチンに入ることができません。入り口の方から彼女に向かって声をかけます。


「ん? どうしたの、二人とも」

「実は、ちょっと話したいことがあって……」


 首を傾げる彼女に、ハルカはサヤカの能力について、昨晩の〝占い〟結果について話しました。


 料理人さんはしばらく眉をひそめていましたが、やがてサヤカたちと目線が合うように中腰になると言いました。


「それで、本当に犯人は見つかるの?」

「うん。ぜったいに見つかる」


「……よし。わかった。あたしも協力するよ」


 サヤカとハルカは互いに顔を見合わせました。やった。第一関門突破です。


「それで、あたしは何をすればいいかな?」


 料理人さんにハルカは今後の作戦を説明しました。サヤカとハルカと料理人さん、そしてリビングにいる学生さんを除いた全員は海へ遊びに行きました。その隙を狙って彼らの部屋に忍び込み、生体情報を採取するのです。


 もちろん、みんなの部屋には鍵がかかっています。ですが、ハルカが素晴らしいアイデアを思いついてくれました。彼は運動神経がいいので、外の木を伝って窓に接近することができます。窓の鍵は部屋の扉よりも単純です。これくらいなら薄いカードを使ってチョチョイのチョイです。


 こうしてサヤカたちは軍人さん、手品師さん、お金持ちさんの部屋からそれぞれ生体情報を盗むことに成功しました。すぐにでも〝占い〟をしたかったのですが、みんながお昼を食べに戻ってきたので、先にお昼ご飯を食べることにしました。




     ***




 昼食をとったあと、三人はサヤカの部屋で〝占い〟を始めました。


 まずは軍人さんから。


 茶色の短い髪の毛を口に入れる。


 髪の毛はふわっと口の中で溶けて消えました。


 ——軍人さんは人間だ。




 次に手品師さん。白髪混じりの赤みがかった長髪を口に入れる。


 少しざらざらとした舌触りだけど、ややあってふわっと溶けた。うん、間違いない。


 ——手品師さんも人間だ。




 サヤカの頷きにハルカは安心したように笑みを浮かべました。サヤカも笑い返します。


 そして何も考えずに残った髪の毛の束を口に入れました。

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