資料4ー第3話

 一時間後、程よく焦げ目がついたチキンステーキの上にバジルソースをかけ、マッシュドポテトを添え、ライ麦パン、サラダ、そして玉子スープをサイドディッシュとした夕飯が完成した。


 みんな満足そうに頬張っていた。人々が美味しくご飯を食べる。それだけであたしの心は満たされるのだ。


 でも——、


「あれ? アレックスさんは?」


 十人がけのダイニングテーブルに一つだけ空席があった。持ち主のいない椅子の前には色とりどりの料理が寂しそうに配膳されている。


「そ、そういえば……、具合が悪いとかで、自分の部屋で休んでるって」


 イアンさんの言葉に「なるほど」と呟くと、キッチンに向かう。お米と圧力鍋を取り出して、水は多めに入れて火にかける。


 しばらくすればホカホカのお粥の出来上がりだ。これに七草、梅干し、とき卵、サラダチキンを付け合わせとして用意する。アレックスさんの好みはわからないけど、一つくらいお気に入りがあるだろう。要望があれば追加で作るまでだ。


 十分足らずでお盆の上には彩り豊かな看病セットが整った。


「あたし、アレックスさんに届けてくる!」


 二階へ向かうあたしの足取りは軽かった。心には充足感がタプンタプンと、今にも溢れ出そうだ。ウフフフ。いいなぁ。初めて弟妹きょうだいをお腹いっぱいにさせたときを思い出す。


『ありがとうお姉ちゃん』


 口元にご飯粒をつけながら笑顔でお礼を言う彼らの姿が瞼の裏に浮かぶ。あの時と同じ光景がきっともう一度みれる気がした。




 ————でも、気がしただけだった。




 頭と胴が切り離された遺体を見たあたしは、お盆を落とさないようにするだけで精一杯だった。




     ***




 どうして幸せは一瞬なんだろう。どうして辛い時間は長いんだろう。


 そういえば、〝幸せ〟と〝辛い〟は似ている。たった一本線を引いただけで、どうして世界はこんなにも変わってしまうんだろう。


 アレックスさんの遺体が見つかってから犯人探しが始まった。あたしとレスターさん、そしてティアーナさんはずっとキッチンにいたから違う。となると、犯人はそれ以外の人たちってことになるけど……。


 どうやら他の人たちにもアリバイがあるようで、犯人はグループで動いているんじゃないか、と考えられた。


 結局、一時間以上話し合っても犯人は判明しなかった。


「無実を証明できる者同士で固まって動くようにしましょう」


 エリックさんの言葉が心の中で反響する。みんながお互いを悪者だと思っていて、でもそう考えないと生き残れなくて、さっきのチキンステーキのことは忘れられて……。


 心にモヤモヤを抱えたままシャワーを浴び、自室に戻った。あたしの部屋は二階の奥まったところにある六号室だ。扉は木製の開戸で、ドアノブには金の装飾が施されている。


 ドアノブを回して開けると————




 扉の奥には双子のサヤカとハルカがいた。




 あれ?

 二人は絨毯の上に膝をつき、思わぬ来訪者に目を大きく見開いていた。


「えっ……」


 驚嘆が漏れたところでハルカが口を開く。


「急げ、いちかばちかだ!」


 サヤカは黙って頷くと、手に持っていたブロンドの髪の毛を口へ運んだ。あたしは襲いかかってくると思い、一歩後退するけど……待って!




 彼女が持っていた髪の毛って、あたしの髪の毛じゃない?




 あたしが動揺している間も、彼女は髪の毛を咀嚼した。


 そして言った。


「大丈夫だよ。料理人さんは、人外じゃない」


 ハルカは安堵のため息をついた。


「よかった〜。まじでよかった〜」


 床にヘナヘナと座り込む。

 あたしだけが何が起きているのかわからず、扉の前で立ちすくんでいた。




     ***




 双子の話は信じられなかった。


 サヤカは他人の髪の毛を食べると、その人物が人間か、それとも別の〝何か〟なのか見分ける——いや、食べ比べることができるらしい。


「オレたちはサヤカの能力を使って人外を突き止めようとしていたんだ」

「それで、生体情報を探していたのです」


 何を言ってるかわからないって? あたしもそうだ。


 でも、犯人を早く特定できる唯一の手段だ。脳裏にアレックスさんの遺体が思い浮かぶ。


 あたしは双子と一緒に他の人の生体情報を集めることにした。二人は現在、あたしの生体情報しか手に入れられていないらしい。


「次に誰のが欲しいの?」


 ハルカはじっとこちらを見て答えた。


「レスターだ」




おまけ

————

・10人の弟妹:両親を幼い頃に亡くしたため、家事などはすべて彼女が行なっていた。けど、料理人になる夢を捨てきれないでいた彼女を上の弟たちが応援。その感謝を伝えるために、休日は弟と妹に極上のご馳走を披露している。

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