資料3ー第3話

 ————————————ッ。

 ……しまった。


 また意識が飛んでいた。こうして意識が飛ぶのは何度目だ。いや————、


 此方がどれくらい経った?


 目の前には先ほどと変わらぬ景色が広がっている。開いた客室の扉と、奥に広がる廊下。仰向けに倒れているからそれらが上下反転している。


 下から銃声と振動が伝わってくる。きっとレスターだ。彼が人外と戦っている。


 願えば叶うのなら、彼のことを助けに行きたい。

 けれども、此方の心臓は止まったままだ。




     ***




 誰かの足音がする。ゆっくりと、確かな足取りでコツコツコツ、と。


 銃声はまだ鳴り響いている。奮闘するレスターをよそに屋敷の中を悠長に歩ける人物なんて一人しか考えられない。


 足音の主が此方の視界に現れた。


「はて、どうしたものか……」


 老人は此方の前で腰を下ろし、自分で刺した此方の胸の傷を指でなぞった。感覚を遮断しているため触れられている感じはしないが不快だ。肺呼吸はできないが、息を吸い込みたくなる。


 そのとき——、


「んん?」


 アレックスが此方の眼を見つめた。まさか——


「アハハッ、アハハハハッ」


 彼は生き生きとした笑みを浮かべた。

 まさか、此方の〝最期の魔術〟が見破られた!


 銃声が止んだ。




     ***




「〈神の御使〉を発見した。人間のお前でしか殺すことができないから始末せよ」


 しばらくしてエリックが現れた。彼は全身から骨のような触手を出している。〝硬質角〟と呼ばれる彼らだけが持つ器官だ。


「どうした、我の身体をまじまじと見て」

「あぁ、申し訳ございません、エリック様。御姿があまりにも素晴らしく、つい見惚れてしまいました」

「そうか。早く一階に向かえ」


「その前にエリック様。ワシは面白いものを見つけてしまったのです」

「なんだ?」


「こちらをご覧ください。ワシがメスで刺し、確実に心臓を止めたはずのティアーナ嬢の瞳孔が縮んだままになっているのです。驚きました。彼女は心臓を刺されてもまだ生きているのです!」


 エリックがこちらをじっと見てくる。


「あいわかった。こいつは我が始末する。お前は〈神の御使〉を片付けろ。我に三度みたびも同じことを言わせるな」

「ハッ」


 アレックスは深々と頭を下げると、部屋から出ていった。


 …………ここだ。


 反撃のチャンスはここしかない。せめて一匹でも道連れにしてから死んで————


「チッチッチッチッ」


 〝最期の力〟を振り絞るよりも前に、エリックは此方の顎に指を置き、もう片方の人差し指を自身の口元に持っていった。


「やめとけ、どうせ不発に終わる」


 彼は顎に置いていた手で此方の首元に一筋の線を引いた。彼が線を引き終えた瞬間、意識が急速に遠ざかる。脳内の酸素濃度が一気に下がるような感覚がした。


 あぁ、そうか。




 ——首を、切られたのか。




「さて、何から話そうか。


 貴様は数多くの失敗を重ねた。まるで世間を知らぬ幼子のように。仕方あるまい。実戦経験のない貴様らと、この日のために牙を研いできた〝我々〟。戦の行末など目に見えている。


 一つ目の失敗は貴様が〝本名〟で自己紹介したことだ。ティアーナ・ハンマーシュタイン=エクヴォルト。クックックッ。ハンマーシュタインで止めておけば良いものを、エクヴォルトまで丁寧に名乗ってくれたおかげで、我は貴様の正体をすぐに知ることができた。〝魔術師〟の名門、エクヴォルト家を知らぬほど我は無知ではない。もし、貴様がその名を口にしなければ、状況は違っていただろう。


 二つ目の失敗はレスターに〝魔術〟を見せなかったことだ。彼に披露すれば、猜疑心を抱くことなく信じてくれたろうに。二人が離れ離れになったとき、我は笑いを堪えるので精一杯であったぞ。


 あぁ、そうだ。二人一組でペアを組むという案に抜け穴があることを貴様は知らないだろう。片方が死ぬともう片方に容疑がかかる、それは確かだ。しかしそれは死体が見つかればの話であろう? 隠し方さえ間違えなければ、三十分は自由に動き回れる。さすればもう一人は殺すことができよう。


 するとどうだ。一人につき最低二人は殺せる。〝我々〟が二人いれば四人殺せる。あっという間に貴様らはピンチに陥る。これを貴様は考慮していなかった。


 ——まさに、『策士、策に溺れる』とはこのことだな。


 そして最大の誤算は、人間側に協力者がいたことだ。全ての人間が味方だと思ったか?それは大間違いだ。『獅子身中の虫』という言葉を無視し、〝彼〟を信頼したから背後を刺された。これを一生の恥として心に刻むが良い。


 さて、我は祝杯の準備をせねばならぬ。本来ならば、貴様と語り合う時間など一ミリもないのだが、クク、敵であることよりも愉悦が上回った。こうして教え説いたこと、最大の栄誉と思い、残り少ない余生を過ごすが良い」



——————

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引き続き、拙作をよろしくお願いいたします。

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