資料3ー第2話
キッチンに戻ると、二人は怪訝な表情で此方を迎えてくれた。
「失礼、お手洗いに——」と詫びを入れるが、重い空気が漂っていた。二人とも此方に不満があるのだろう。だが、理解してほしい。其方らに役割があるように、此方にも役割があるのだから。
「し〜つれ〜しま〜す」
大きな声でサヤカがキッチンに入ってきた。双子の一人。言葉に表すことのできない異様な雰囲気をまとった
サヤカのあとに続いて双子の兄、ハルカも入ってきた。彼も〝サヤカとは違う方向〟の異様さが漂っている。
「なに作ってるんですか〜? うわぁ、美味しそう〜」
サヤカは鍋を覗こうと近づいた。しかし彼女の背は低く、鍋の中を覗くことはできない。
すると、彼女は鍋の取っ手を掴み、自らを持ち上げようとした。
当然、鍋はぐらりと傾く。
「危ない!」
シャオユウが声を上げると同時に此方は動いた。右腕でサヤカを引き寄せ、左手で鍋を支えた。ジューッと左手が焼けていく。
サヤカが取っ手から手を離したため、此方は両手で鍋を支え、元の位置に戻した。左手は真っ赤になり、果肉を潰したような液が滲み出ていた。
***
「あの……、さっきはありがとう」
左手を水道水で冷やしているとシャオユウがやってきた。
「大したことではありません。食料が無駄になることと、老体の左手が使えなくなることを天秤にかけるまでもありませんから」
「でも、杖とか持てないと魔法が使えないんじゃないですか?」
此方は二回まばたきした。
彼女の口調は揶揄ではない。純粋に此方のことを心配しているのか。
此方は微笑んだ。
「大丈夫ですよ、別に杖を持つわけではありませんから」
「えっ、そうなんですか? 杖を使わない魔法って……あっ、ダメなんですよね」
「はい。万が一、敵に知られてしまっては集中的に攻撃されてしまいます。申し訳ありません。ですが、その……」
言葉が詰まる。こんなこと、ハンスと初めて会ったとき以来だ。
「すべての戦いが終わったら、お話しいたしましょう。其方になら語っても良い気がするのです」
シャオユウは一瞬きょとんとすると、再び笑みを浮かべた。
「……うん、ありがとう」
そして調理場へと戻っていく。
彼女の姿を見て、此方の心は晴れた気がした。
***
夕飯は此方の左手を犠牲にしてできたビーフシチューだ。左手を犠牲にした、という表現は大袈裟かな。痛みはあっても動かすことはできるのだから。
シチューは格別に美味だった。
***
夕食後、今後の方針について会議が開かれた。幸いにも死者は出ていない。正確にはウエサワが亡くなっているが、それ以上の犠牲者はいない。誰かが人外になったなどの目撃証言もない。
人外はまだ此方らの中に潜伏している。
「こういうのは如何でしょう?」
此方の頭の中には一つの策があった。
「重要なのはアリバイですから、二人一組で行動するのです。そうすれば、アリバイが成り立ちますし、もし犠牲者が出ればその相方が人外ということになります。いかがでしょう。やらない手はないと思うのですが……」
サヤカとイ・ソヒ以外の全員が俯いた。サヤカは上の空で、イ・ソヒはフードを被ったまま端末をいじっている。
ややあってエリックが口を開いた。
「確かに素晴らしい提案ですが、ティアーナ様。欠点が一つございます。それは犯人たちがペアになる可能性です。もちろん、ペアはランダムに決めると思いますが、犯人同士でペアになる可能性があります。そうなると彼らは自由に動くことができますし、アリバイも口裏を合わせれば偽証できてしまう」
「もし被害者が出た場合は一緒に動く人数を増やせばいいのです。例えば、四人一組とか。そうすれば、人外は身動きが取れなくなるでしょう」
「もし犯人が四人以上いたら?」
「
落ち着いた声音で淡々と話し終えると、再び静寂が訪れた。みな、此方の案を真剣に検討しているのだろうか。それとも粗を探しているのだろうか。
「いいんじゃないか? これが被害を最小限に抑えられる方法だと思う」
声を上げたのはレスターだった。彼の一言がきっかけとなり、此方の案は可決された。
くじ引きの結果、此方はアレックスと組むことになった。
幸運だ。彼は人間側にとって失いたくない
「其方と組めてよかったです」
「おや、奇遇ですねティアーナ嬢。ワシも運がいいと思っていたところです」
此方たちはお互い見つめ合い、微笑み合った。
***
部屋に戻ろうとしたとき、レスターに呼び止められた。
「ありがとうございます、レスター殿。其方のおかげでうまくことが運びそうです」
「俺は合理的に判断しただけだ。あんたがいいなら、それでよかった。……それでティアーナ、ちょっといいか?」
彼は此方を手招きし、アレックスから幾分か離れた場所へ連れて行った。
「さっき双子から聞いたんだが、アレックスには注意した方がいい」
「どういうことです?」
「それが俺にもよくわからなくて……。妹のサヤカ曰く、アレックスは〝変な味〟がするそうなんだ。『人間だけども、人間じゃないような味がする』と……」
此方は眉をひそめた。本来ならば一蹴すべき情報だ。しかし、混乱させたいのであればもっと信憑性のある嘘をつくはず。となると彼女は嘘をついていないことになるが……。内容の精査には時間がかかりそうだ。
「ありがとうございます。此方も注意してみましょう」
此方は笑みを浮かべてレスターと別れた。
これが彼との最後の会話になるとも知らずに。
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