資料3「手品師」

資料3ー第1話

 子供のころ読んだ絵本がある。


 非売品で、我が家にしかなかった絵本。

 お母様が読み聞かせてくれた絵本。


 絵本の中身はこうだ。かつて人々を苦しめた魔物がいた。魔物は身体中から出る鋭い角で人々を切り裂いた。世界は混乱し、暗黒の時代が訪れようとしていた。


 そんな危機を救った〝魔法使い〟たちがいた。彼らは独自の〝魔術〟を駆使して戦い、魔物を退治した。


「これが貴女のひいひいおばあ様よ、ティア」


 母は此方の頭を撫でてくれた。此方は絵本に描かれた魔物の角で切り刻まれた死体に目を奪われた。


 その死体と同じものがいま、眼前に。




     ***




「イアン殿、少々宜しいでしょうか」


 ピセム壊滅の報を聞き、レスター、エリック、アレックスがウエサワの遺体のもとへ向かったとき、此方はイアンに声をかけた。彼は本星と通信するためリビングのコンピュータを操作していた。


「な、なんでしょう?」

「インターネットはまだ通じるでしょうか? もしそうなら、一つ調べていただきたいことがあるのです」


 ピセムが壊滅した、ということは此方の一族は敗北した、ということだ。そのことを悔やむ時間はない。此方は此方のできることをやるまでだ。


 だが、どうしても心の整理をつけておきたかった。


「はい。ど、どんなこと、でしょうか……」

「ネバブー・エアライン218便の行方はわかりますか?」


「ネ、ネバブー・エアライン、ですか。航空ネットワークならわかるかもな……。しょ、少々お待ちください」


 イアンは手元のキーボードを打鍵した。


「さすがですね、イアン殿ヤングマン。此方はこういった類はどうも不得手で……」

「そ、そんなことないですよ。こんなこと、ネ、ネットで検索すればいくらでも出てきますから。お、俺氏なんて……」


 赤面する青年を見て此方は笑みを浮かべた。


「よし、繋がった。ここにネバブー・エアラインの各飛行機の状態が表示されています。えっと、218便は……」


 空中のディスプレイに表示されたリストには飛行機の名前とステータス、飛行中の場合はどこを航行しているかが書かれていた。


 そして、イアンが見つけるよりも早く、此方の眼は218便を見つけていた。




 消息不明。




 使用人であり、唯一の理解者でもあるハンスが乗った便を確認した此方は、


「ありがとう、イアン殿」


 と言ってリビングをあとにした。




『——先に行ってください。私もすぐに追いつきますので』




 追いつけなくなってしまいましたね、ハンス。……いえ、其方はずいぶん先へ進んでしまったようです。〝彼〟のいる場所へ。


 待っていてください。此方もすぐ向かいますから。




     ***




 これは戦争だ。まず、手札を確認しなければならない。特に重要なのは、人外と戦える人間だった。


 部屋番号が決まった後、此方はレスターを誘いシャオユウの調理を手伝った。しかし、手伝いはただの口実だ。料理がひと段落したところで、本題に触れた。


 戸惑った様子を見せながらもレスターは所持している銃を、シャオユウは持参した調理器具を開示してくれた。


 さすが軍人だ。それだけの火力があれば、人外一体を殺すことは難しくない。


 直接コミュニケーションをとってわかったが、シャオユウは戦闘向きではない。彼女は後方支援が向いているな。


「おい、待て」


 次の目的地へ向かおうとしたら、レスターに呼び止められた。


「あんたは戦力を把握できたかもしれないが、俺たちはあんたのことを何も理解できていない。〝魔術師〟というが、一体なにができるんだ?」


 此方の〝魔術〟は人外と戦う最終手段であり、ダークホースでなければならない。「よもや初老のアバズレが自分たちの天敵になるなんて」という状況を作るためには手札をコートの内ポケットにしまって卓につかないといけない。


 此方は微笑んだ。


「それは企業秘密で簡単には明かせませぬ。ただ一つ、確かなことは、此方の〝魔術〟は確実に奴らの首を切り落とす、ということです」




     ***




 キッチンを出て向かったのはアレックスの部屋だった。彼は医者だ。後方支援として一番頼りになる。そのことを彼に伝えたかった。


 だが、屋敷を隅々まで探しても彼は見つからなかった。自室にも、リビングやダイニングにも。トイレが閉まっていたから、用を足しているのかもしれない。


 此方はアレックスのことは諦め、キッチンに戻った。




     ***




 キッチンに戻ると、二人は怪訝な表情で此方を迎えてくれた。

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