資料1ー第8話

 双子の一人、サヤカが行方不明になった。彼女がいないことに気づいたのはなんとシャオユウだった。ハルカはなにも言ってこなかったのだ。


 サヤカの居所を尋ねられた時の彼は不自然だった。


「たぶんどこかで散歩してるんだと思う。じきに帰ってくるよ」


 彼の口調は他人事のようだった。ケンカでもしたのだろうか。

 結局、サヤカは戻ってこないまま夕食は始まり、そして終わった。


「サヤカ様を探しに行きましょう」


 エリックの提案に異論はなかった。他のみんなも同じ考えだった。

 イ・ソヒを除いて。


「ボクはやることがあるから」


 そう言って彼女はひと足さきに食堂から出ていった。相変わらずなにを考えているのかわからない。




     ***




 夕飯の片付けが終わり、外へ出ると満天の星が出迎えてくれた。ここは周囲のコロニーから三千キロメートル以上離れている。星を観測するには絶好の環境だ。


「きれい、ですわね……」


 隣にイレーネが立っていた。シルク製のワンピースのような寝巻きを身につけており、白の布と褐色の肌が絶妙なコントラストを醸し出している。


「あ……ああ。そうだな」

「ごめんなさい。邪魔だったかしら」


 上擦った声を出しながらイレーネはそっぽを向いた。

 手の届かないところにある歯車がカチャリ、とハマる音がした。




     ***




 捜索開始から十分後、エリックがサヤカの遺体を発見する。彼女は岸壁の下で血を流して倒れていた。彼女の体は白波に濡れ、上からライトを当てると、瞳が虚ろに輝いていた。


「サヤカ……」


 ハルカはとても悲しそうに呟いた。


 驚くほどあっけない幕引きだった。踵を返し、トマス・ハウスに戻ろうとした俺は足取りが散歩のようだと気づく。


 見上げると、空には星々が輝いていた。

 隣には、イレーネが立っていた。




     ***




 その夜、俺はイレーネを抱いた。


 詳しい経緯は覚えていない。深夜、彼女が訪ねてきて酒を飲み、気づけば抱いていた。


 彼女との■■■■はこれまで経験したことがないものだった。自分は■■■■ではないと思っていたが、あっという間に五回も■■■■してしまった。


「どうしてこんなことを?」


 汗だくの彼女の横に寝転ぶ。


「理由なんている?」


 彼女は笑みを浮かべた。お酒を飲んだからか、体を包む布を取り払ったからか、彼女の口調はとても砕けていた。


「でも、そうね。しいて言うなら、大事なことを伝えるため、かな」

「大事なこと?」


 彼女は■■■■を咥えた。涎を絡ませ、限界を超えたはずの■■■■を固くさせる。


「そう。大事なこと。わたし、見てしまったの。サヤカが行方不明になる直前、ある方が彼女と一緒にトマス・ハウスから出ていくところを……」

「それは、一体……」


 イレーネは俺の上に跨り、腰を下ろした。疲労と快感で意識が飛びそうな中、俺は彼女の胸へ手を伸ばす。


 彼女は喋ることなく、腰を上下に動かした。やがて俺が■■■■すると、彼女はそのままキスをした。俺の体はさらに脱力する。


「…………イ・ソヒ、よ」


 唇から糸を引いた彼女は呟いた。彼女の言葉を理解するまで数秒かかった。


「わたし、見てしまったの。映像で見た触手が彼女のフードの中で蠢いていたのを。間違いないわ。彼女が犯人よ」

「そうか……」


「わたし、エリックに進言したの。彼女のことを取り押さえようって。けれども彼は取り合ってくれなかった。だからわたし、このあと彼女の部屋に行こうと思うの」


 俺は首を上げようとした。が、力がまったく入らない。


「…………そ、それは……」

「ええ、おそらく無事ではいられないわ。だからレスター、もし明日わたしがいなくなってしまったら、代わりに貴方が彼女を殺して。これは、貴方にしか頼めないことなの」


「待て、それは……」


 生温かい感触に包まれる。ざらざらとした舌が■■■■を刺激すると、■■■■はすぐ固くなり、七度目の■■■■を迎えた。全身から生気が吸い取られる。


「おやすみ、兵隊さん」


 吐息と共に聞こえる彼女の声を最後に、意識は途絶えた。




     ***




 翌朝、勢いよく起き上がった。

 間髪入れずに走り出す。足は六号室へ向かっていた。


 そして見つけた。




   床に倒れる彼女を。




 息があるか確認する必要はなかった。腑をズタズタに引き裂かれ、大量の血がカーペットに染みついていたから。


 それでも彼女の顔はまるで眠っているようだった。




 思い出しては、ダメだ。




 俺の前で頭から血を流す左官。右手に銃を握った俺。


 ダメだ。——ダメだ。


 赤と黒のスープが混じる感覚がする。スープの味はわからない。だが、粘度は高く、喉越しは悪そうだった。




 スープが、溢れた。




「……すまない」


 俺は部屋をあとにした。

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