資料1ー第7話
「海に行きませんか?」
翌朝、エリックから提案があった。俺とイレーネ、シャオユウ、そして浜辺から眺めるだけなら、とティアーナが賛同した。双子とイ・ソヒはそれぞれやることがあると言って断った。
ここ、トマス・プランテーションは四方を海に囲まれた小さな人工島だ。建物は俺たちがいるトマス・ハウスのみで、それ以外には裏庭と雑木林と、岩場を降りた先にあるビーチしかない。
水着に着替え、ビーチに降り立つと日差しが肌を照らした。空は真っ青で、三つの岩石惑星が見える。その下には広大な海が広がっていた。
ややあってイレーネ・フェリシアとティアーナ・ハンアーシュタイン=エクヴォルトが現れた。エリックはすでにパラソルを立て始めており、シャオユウは昼の仕込みが終わってから合流する予定になっている。
ティアーナは白シャツに短パンという、「泳ぎません」と宣言しているかのようなファッションだった。白シャツは腰のあたりで縛っており、くびれが際立っている。
イレーネはキャラメル色のワンピース風水着を着ていた。腹部には包帯のような細い布がクロスしていて、褐色のヘソがのぞいている。
「なに見ているんですの?」
「い、いや……なんでも、ない」
急いで海に向かって走る。
勢いよく飛び込んだのは、胸の苦しさを紛らわせたかったから。
***
海では各々泳いだり、日光浴をしたり、ビーチバレーをしたりした。
ビーチバレーは世界大会並の苛烈さを極めた。みんなの運動神経は予想以上で、俺が手加減する余地はなかった。
エリックは正確なトスを上げ、シャオユウは俊敏にボールを追いかけ、イレーネは美しいフォームでスパイクを放った。放たれたボールは俺の顔面に命中する。
「ハハッ」
着地した彼女は無邪気に笑った。その顔を見て、自然と鼓動が高鳴る。
「あっ、やばっ!」
開始から三十分後、シャオユウのトスによってボールは海へ飛んで行った。
「わたくし、取ってきますわ」
イレーネは海に向かって走り出した。俺たち三人はその場に座り込み、クロールを始める彼女を目で追った。
ややあって異変に気づく。ボールまであと数メートルのところにいる彼女は一回長く沈んだかと思うと、沈んだり浮かんだりを繰り返しはじめた。
「あれ?」
「これは、まずそうですね」
考えるよりも先に体は動いていた。数秒後には海中に飛び込み水をかき分ける。イレーネがいる付近は局所的に深くなっており、陸から沖に向かって流れが速くなっていた。
イレーネの肩を担ぎ、ビーチと並行に泳いで海流を脱してから戻った。泳いでいる間は必死だったが、俺は彼女をしっかりと抱きしめていた。彼女の肌の柔らかさが、心の奥の奥にあるものを隆起させる。
「……!」
思わず彼女を見た。
彼女も、俺を見ていた。
——息が、止まる。
イレーネは引き剥がすように離れ、そっぽを向いた。
だが、彼女は間違いなく言っていた。
「ありがとう」と。
***
昼食後、俺はティアーナとシャオユウの三人で話しをした。
「人外は双子でほぼ決まりでしょう」
ティアーナはそう主張した。確かにここ二日で怪しい行動をとっているのはサヤカとハルカのペアだ。しかし、それだけで二人を人外と決めつけるのは早計な気がする。
俺は昨晩考えた可能性を話した。人外が三人以上いたら、自分たちの中にも人外が紛れ込んでいるかもしれない。
俺の話に二人は黙ってしまった。俺は二人の顔を見つめることしかできない。
長い沈黙が流れる。
「もう、やめませんか?」
口火を切ったのはシャオユウだった。
「みんな疑心暗鬼のなか、やっと安心できる仲間を見つけたと思ったのに……。お二人は慣れてるかもしれないけど、あたしはただの料理人だよ……。頭がおかしくなりそう……」
彼女は大粒の涙を流した。
「くだらないですね」
ティアーナの言葉は、投降する一般市民を撃ち抜いた。
「これは生きるか死ぬか、下手をすれば人類の存続がかかってるのですよ、
「おい、その辺にしないか」
脳裏に左官の顔がよぎった。奥歯を噛み締めていたことに気づく。
ティアーナは俺のことを睨みつけると、「フンッ」と鼻を鳴らし去っていった。
「……大丈夫か?」
「うん……。大丈夫。ありがとう、レスターさん」
彼女は涙を拭いながら笑みを浮かべた。
その後、二人で夕飯の準備をした。二人とも必要最低限の会話しかしなかった。
彼女は時々天井を見上げていた。俺は彼女にかける言葉を持ち合わせていなかった。
***
夜。双子の一人、サヤカが行方不明になった。
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