資料1ー第6話


 日付が変わるころ、就寝した。


 寝ている間、俺は夢を見た。バスルームで裸のイレーネと一緒にいる夢。彼女は腕を後ろに組み、俺のことを真っ直ぐに見つめている。


 俺は彼女に近づいた。一歩踏み出すたびに下の方から熱いものがき上がってくる。


 手を伸ばせば触れる距離まで近づく。それでもイレーネは動こうとしない。頬の紅潮がわかる。肩の上下がわかる。熱いものがき上がってくる。


 俺は彼女の胸に手を伸ばした。心拍は最高潮に達し、今にもはち切れそうになり、あと少しで肌の色に近い■■■■に触れようとした——


 そのとき!




 イレーネの背後から鋭利な凶器が伸びてきた。俺は首を傾けて躱わす。凶器は俺の後ろにある壁にぶつかり、小さな衝撃波を立てた。


 世界がぐらりと回転する。俺はバスルームの壁に背をつけ、そのまま仰向けになった。


 目の前にイレーネはいなかった。俺はバスルームではなく自分の部屋にいた。あたりは薄暗く、自分のものではない〝影〟が近くにいて…………


 全身から血の気が引く。


 俺はベッドから飛び降りた。直後、〝影〟から伸びた触手が枕を貫く。


 腕にはめたスマートウォッチのボタンを押す。磁力誘導装置によって〝カプセル〟が手元に届く。


 楕円形の〝カプセル〟の先端にあるボタンを押すと、余剰次元に圧縮されていたライトマシンガンが出現した。


 あとは体が覚えていた。


 レバーを引き、安全装置を外し、照準を〝影〟に向けて————




 トリガーを引く。




 銃口から放たれる閃光とともに、鼓膜が破れるくらいの発砲音が部屋を満たした。


 〝影〟はすぐに後退をはじめ、部屋をあとにする。


「待て!」


 〝影〟を追って廊下へ出る。廊下には誰もいなかったが、扉が一つだけ閉まろうとしていた。


「なに、どうしたの?」


 隣の部屋から顔を出したシャオユウを手で制し、例の扉の前まで慎重に移動する。扉には「六」と書かれたプレートが取り付けられていた。


 一秒ほど待機して、扉を蹴る。


 いくつもの可能性を考えた。扉の隙間から触手が伸びてくるかもしれない。噛み付いてくるかもしれない。爆発が起きるかもしれない。もしくは人間に擬態して——


(しまっ……)


 その可能性にたどり着いたとき、俺は扉の奥へと進んでいた。部屋の中は明るく、青いドレスがクローゼットにかけられていた。


 ベッドの上には藍色のシルクのパジャマを着たイレーネがいた。


「な、なに…………」

「俺を襲った人外がお前の部屋に入っていくのを見た。正直に答えろ。お前は人外か?」


 ベッドの隅に縮こまる彼女へ銃口を突きつける。だが、すぐに疑問が生まれる。俺を襲った人外は本当にイレーネか? 迷いは鋒の震えに表れる。


「違う……違うわ……」


 か細い淑女の声。それでも俺は引き金を引こうとしていた。脳裏には仲間の顔、爆弾を着せられた子供、左官のにやけた表情。


 クソッ、なんでこんな時に出てくるんだ。心が噴火したがってる!




 一つの手がバレルに触れ、銃口を下に向けた。




「そこまでです、レスター殿ソルジャー。今の其方に引き金を引く権利はありません」


 ティアーナの言葉に心のマグマは冷え固まった。まるで潮が引いていくかのように心拍数が下がっていく。


「…………すまない」


 口からこぼれた言葉だけが虚しく客室に響いた。




     ***




 俺は確証もなく人を殺そうとしてしまった。〝あの時〟みたいに。だが、人外に襲われたことは確かだ。穴の開いた枕やベッドを見ればわかる。俺は人外に襲われた被害者で、すなわち人間側であると証明された。


 ティアーナも人間側だと確定した。彼女も俺と同時刻、人外に襲われたのだ。彼女の部屋の痕跡をみれば、間違いなかった。


 軍人の俺と、自称〝魔術師〟のティアーナ。俺たちの見解は一致していた。




 ——人外は強い。




 俊敏な動き、触手、そして銃弾を喰らっても致命傷にならないタフネス。奴らは軍人をはるかに上回る身体能力を持っていた。


 もう一人、人間側だと確定した人物がいた。


 イアンだ。


 だが、彼は十一号室で脳天を貫かれた状態で倒れていた。おそらく人外に扮した訪問者に殺されたのだろう。


 イレーネも含めて全員が寝ていたと証言した。


 アリバイを証明することのできない深夜の襲撃。俺たちは容疑者を絞り込むことができなかった。




     ***




 翌朝、エリックから提案があった。

「海に行きませんか?」

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