資料1ー第5話

 二階へ駆け上がると、ベッドに横たわるアレックスの死体が目に飛び込んだ。ウエサワとは異なり、傷は首筋にある一本の線だけ。その線を境に頭と胴が離れていた。


 イレーネが鋭い視線を俺に送った。


「残念ながら俺ではない。俺はシャオユウとティアーナの三人で料理をしていたからな」

「そうです。レスターさんはあたし達と夕食の準備をしていました。こんなことできません!」


「なるほど。レスター様とワン様、そしてティアーナ様にもアリバイがある——他の皆様はどうですか?」

「オレとサヤカはテラスで過ごしたあとキッチンへ向かった。それ以降のことは、知っての通りだよ」


 ハルカの言葉に続いてサヤカが申し訳なさそうに頭を下げる。いや、怯えているのか?


「当方とイレーネ様はプランテーションの探索をしていました。あと、アリバイがないのは……」


 全員がイアンのことを見た。


「お、俺氏は、部屋に荷物を置いたあと、コ、コンピュータを、操作してました」

「それを証明してくれる人はいますか?」


「えっと……そ、そうだ。リ、リビングには、イ・ソヒさんもいました。お、俺氏がリビングに入ってからずっと二人きりだったと思います」

「本当ですか、イ・ソヒ様。……あれ、イ・ソヒ様?」


 二階にイ・ソヒの姿はなかった。


 彼女は食堂にいた。綺麗になった皿の前で相変わらず端末をいじっている。


「イアン様とリビングにいた、というのは本当でしょうか?」


 エリックの質問にフードを被った少女は、


「うん、一緒……だった」とだけ答えた。




「困ったことになりましたね。アレックス様が亡くなられた時間帯に皆様それぞれにアリバイがある。これでは、犯人がわかりません」

エリック殿ジェントルマン。もし、人外が二人以上いたとすれば、事件当時『一緒にいた』と口裏を合わせてアリバイを成立させることが可能です」


「た、たしかに……。ですが、今度は全員のアリバイが成立しなくなります」

「館に防犯カメラはないのか?」


 俺はイアンに尋ねた。


「え、えっと、リビングのコンピュータにそれらしきソフトは……」

「いかがでしょう。一旦解散にしませんか。これ以上考えても犯人は見つかりそうにありませんし。少なくとも、信頼できる仲間はできたと思います。その方と過ごしつつ、犯人探しを行なっていきましょう」


 全員がエリックの意見に賛同し、場は流れた。俺はティアーナとシャオユウと共に食事の片付けをした後、自室に戻った。




     ***




 当初は判断材料がなかった人外候補だが、徐々に絞られてきた。エリックとイレーネ、ハルカとサヤカ、イアンとイ・ソヒ。この三組の中に間違いなく人外はいる。


 俺はカバンから着替えを取り出すと、バスルームへ向かった。バスルームは一階の食堂の隣にある。


 人外は誰か。まず第一の候補として上がるのがハルカとサヤカだ。二人は兄妹で、このトマス・プランテーションに来る前から面識があった。そういえば、警察官の友人が「親族はアリバイの立証人にはなれない」と言っていたな。となると、二人のアリバイは成立していないことになる。……怪しい。


 あと怪しいのはフードを被った少女、イ・ソヒだ。しかし、彼女のパートナーには常識人と思われるイアンがいる。イアンが人を殺せるようにはみえない。人付き合いは苦手なようだが。


 エリックとイレーネのペアには不審な点がない。強いて挙げるならイレーネだろうか。初めは俺のことを犯人扱いしていた彼女だが、すっかり大人しくなってしまった。さっきの会議でもほとんど発言していなかった。昼間に何かあったのか?


 ひとまず注意すべきは「双子」と「イアン、イ・ソヒ」のペアだな。


 ……あぁ、そうか。人外が三人以上いた場合、二人で犯行におよび、残り一人は人間側に潜伏することができるのか。となると、ティアーナは————




「きゃっ‼︎」




 目の前で甲高い声がして我に返った。場所はバスルーム。俺は扉を開け、ちょうど中に入ろうとしていた。


 そしてバスルームの中には裸のイレーネがいた。彼女は胸元を腕で覆い、縮こまっている。彼女の細い腕の隙間からは小麦色の肌に近い色の■■■■が見えて…………。


「ちょっと! 早く閉めて‼︎」


 急いで扉を閉める。


「す、すまない。見るつもりは……」

「ほんっと最低! 何も言わずにドアを開けるとか、義務教育で何を学んだんですの? マジでキモい、このクソッタレ!」


 そこから彼女は規制音が入るほどの罵詈雑言を浴びせ始めた。だが、悪いのは俺だ。俺はドアの前で頭を下げることしかできなかった。




     ***




 その後、俺はエリック、ティアーナ、シャオユウ、イアンにことの経緯を説明し謝罪した。彼らは苦笑いを浮かべながら許してくれたが、距離を取られている気がした。


 イレーネにもう一度謝罪しようとした。だが、向かおうとするたびに頭の中で彼女の裸が思い浮かび、何を言おうとしていたか忘れてしまった。


 俺は自室へ引き返すことにした。明日、改めて頭を下げよう。




おまけ

—————

 自室に戻ったレスター、項垂れる。

「やってしまった……。やってしまった……」

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