資料1ー第9話

 廊下に出ると〝彼女〟と目が合った。フードを被った少女。イ・ソヒ。彼女は端末を持ったまま、俺のことをしばらく見つめると、




 逃げ出した。




 ——逃すか。


 軍人と少女の差はすぐに埋まった。俺は彼女を捕まえると、廊下の壁に押し付ける。


「お前が……お前が、やったのか?」


 少女はなにも答えない。


「お前が……彼女を、殺したのか?」


 なにも答えない。


「お前が……お前が殺したんだろう! なんとか言えよ、おい!」


 胸ぐらを掴む手が震える。イ・ソヒの瞳も震えている。

 その震えは何を意味する? 怯えか? 嘲か?


「マスクくらい外せよ!」


 マスクに手を伸ばすと、彼女は初めて抵抗した。やはり、マスクの下には忌々しい姿が隠されているのか。確信は力を溢れさせ、逡巡を踏み躙る。


「はな、せ……!」


 少女は俺の腕を力強く掴んだ。俺は彼女の手を引き剥がすためパーカーの袖から出ている彼女の指に触れた。




     少女の指が、




 比喩ではない。イ・ソヒの指先から、俺が触れたまさにその場所から金色の炎が上がった。金色の炎は一瞬で少女を包み込む。


 俺は一歩後退りした。


「あぁ……あぁ……」


 少女の濁声が聞こえる。炎は彼女の体を悉く焼き尽くし、腕と脚を焼失させた。

 足を失った少女は、床に倒れ込んだ。顔は金色の炎で覆われ、見ることはできない。


 それでも、炎の奥から声が聞こえた。


「あと少しだったのに、なぁ——」


 やがて金色の炎は消えた。フードを被った少女も消えた。

 彼女がいた場所には何も残っていなかった。




 たおした……のか?




 あまりにも不確定な推論が浮かんだとき、一階で何かが砕ける音がした。


 急いでリビングに駆けつけると、


 ソファやローテーブルは壊れ、壁や床にはいくつもの切り傷が刻まれていた。


 そして、真っ二つに割れたローテーブルの上には、


 血まみれのティアーナと、彼女に片足を乗せるエリック・フォン・シュミットが。彼の身体からは骨のような突起が生えている。


「どういうことだ……」


 もはや、考察の余地はなかった。エリックは手についた血を長い舌で舐めた。


「どういうことだ! エリィック!」

「ハッハッ。大きな声を出すなよ、レスター。あんた以外の〝人間〟はもういないんだからさ。——どういうことかって? これが現実だよ、下等生物!」


 後ろから何かが近づいてくるがした。聞こえたわけでも見えたわけでもない。長年の経験が背後に接近する〝何か〟を感じとっていた。


 相手が誰であろうと、状況がどうであろうとやることは変わらない。




 〝とっておきのカプセル〟を起動する。




 ティアーナに開示していなかった秘密兵器、回転式ガトリング機関銃を余剰次元から量子テレポーテーションによって再構築する。


 取手を掴み、レバーを引き、安全装置を外し、エリックに警戒しながら後方へ照準を合わせた。


 あとは引き金を引くだけ!


 引き金を——引くだけ——




     なのに……




「さようなら、兵隊さん」


 目の前には愛し合ったはずの彼女がいた。



——————

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引き続き、拙作をよろしくお願いいたします。

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