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「おまえら・・・ものか?」

俺が、それまでとは打って変わった鋭い目つきで射竦いすくめると、制吒迦せいたかはバッと座椅子から飛び退いて、どこに隠し持っていたのか、金剛棒を片手に身構えた。

「やめてください、制吒迦せいたか

矜羯羅こんがらが、慌てて制吒迦せいたかを押しとどめると、制吒迦せいたかは構えを解きながら、俺を顎で指した。


「心配するな、矜羯羅こんがらこれが、因縁つけてきやがったから、こっちも反射的に動いちまっただけだ」

矜羯羅こんがらは、制吒迦せいたかが座椅子に座り直したのを見届けると、改めて俺を正視した。

「わたくしたちは、冥界の秦広王しんこうおう様に使わされた者。少々、俗物的なやり方でしたが、此岸しがんで、"視える人間"を雇うには、"視える人間"にしか接触できない方法で引き寄せるのが良計かと思いまして、利用させていただきました」

「あの求人は偽物か」

俺がガッカリして肩を落とすと、矜羯羅こんがらは首を振った。

「いいえ、そうではありません。初鹿野はじかの様には、まことに手伝っていただきたく、報酬もいつわりなくお支払いするつもりでございます」

「え!? マジで?」

俺は、その言葉を聞いた途端、それまで抱いていた警戒心が一遍に吹き飛んだように、顔をあげて目を輝かせた。

「現金な奴だな」

制吒迦せいたかが、小馬鹿にしたように鼻で笑ったので、俺も不敵な笑みを浮かべて言い返した。

「ちょっとすごんだくらいで、ビビって飛び上がったヤツに言われたかねぇよ」

「なんだと? やんのか、ゴルァ!」

制吒迦せいたかは、立ち上がり、持っていた金剛棒を俺の喉元に突き付けた。

俺も負けじと制吒迦せいたかの金剛棒を右手で掴んで左側へ押しのけ、そのまま立ち上がった。

両者がそれぞれ金剛棒の端を握って睨み合っていると、不意に矜羯羅こんがらが肩を震わせながら、嗚咽し始めた。

俺は急に泣きだした矜羯羅こんがらに驚いて、思わず金剛棒を離すと、制吒迦せいたかはチッと舌打ちして、座椅子に腰を下ろし、不機嫌そうな顔をして黙り込んだ。


「あの・・・なんか、すいません」

俺は罪悪感を感じて、なんとか泣いている矜羯羅こんがらなだめようと声をかけた。

「いえ、わたくしも稚拙なところをお見せしてしまい申し訳ありません。争っている方同士を見ると、どうしてよいのか分からなくなり、自分の無力さに情けなくなってしまうのです」

矜羯羅こんがらはそう言いながら、頬の涙を拭って恥ずかしそうにした。

そして、気を取り直すと、俺に今回の求人募集の経緯と、仕事の内容を一通り説明してくれた。


今に始まったことではないが、もうここ何百年もの間ずっと、冥界は人手不足で、死者のお迎えをする使いがいつも足りていないらしい。

通常は、冥界の下級官僚のさらに下っ端である見張り番が、冥吏めいりという"死者のお迎え業務"を担うのだが、ここ数年、この世ではパンデミックが起こっていて、ただでさえ足らない人手に役人たちが天手古舞てんてこまいになり、二進にっち三進さっちも立ち行かなくなってきたので、いっそ過去の前例に

ならって今度も生きた人間に手伝わせようという話になったのだとか。

そうは言っても、誰でも彼でも任せるわけにはいかないので、"死者が視える人間であること"という最低条件をクリアさせるために、霊視ができる人間にだけ、求人が表示されるようにしたそうだ。

それに関しちゃ、理に適ってるとは思うが、俺はまんまとめられたわけだな。

次に、生きた人間を雇うにあたって、下っ端の見張り番に人事を任せるのは幾ら何でも役不足なので、人が死ぬとまず最初に審判を下す秦広王しんこうおう眷属けんぞくである制吒迦せいたか矜羯羅こんがらに白羽の矢が立ったというわけだ。


ちなみに、わたくしたちは十五ですが、初鹿野はじかの様も同い年くらいですか?」

矜羯羅こんがらにそう尋ねられ、俺はショックで倒れ込みそうになった。

「俺は二十七だ! 確かに見た目は背も低いし童顔だが、これでも一応、おまえらよりは年上だよ」

「なんだ、年寄りか。その割に全然貫禄ねぇな」

矜羯羅こんがらの話にとっくに飽きた制吒迦せいたかは、そう悪態をつくと、大きな欠伸をして、こちらに背を向け、ゴロンと横になった。

俺はそんな制吒迦せいたかに、シャーっと牙をいた。

制吒迦せいたか、そんなに初鹿野はじかの様に絡むものではありませんよ」

矜羯羅こんがらたしなめると、制吒迦せいたかは、彼方あちらを向いたまま、ハイハイと鬱陶うっとうしそうに手を振った。


「で、俺は何をすればいいんですか?」

俺が尋ねると、矜羯羅こんがらは少し言いにくそうに切り出した。

「その前に、大変失礼ですが、念のため、初鹿野はじかの様の素性を確認させていただきたいのですが、大丈夫でしょうか」

「それは構いませんが、履歴書は不要とあったので持参していません」

「はい、そちらは必要ありません。では、始めさせていただきますね」

俺は、てっきり直にいろいろと質問されるものだと思い、気を引き締めたが、次の瞬間、矜羯羅こんがらは、大きな声で叫んだ。


同生天どうしょうてん同名天どうみょうてん此方こなたごふについてここに申したまへ!」

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したへの使い 鵺ぽん @nuepon

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