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(こんなところにあったのか)

そこは、周囲の木を切り開いたような敷地に建っていた。

こんないちじるしく交通の便が悪い登山道の奥に事務所をかまえるなど、よほどの酔狂でなければ、非常識にもほどがある。

建物自体は、古民家を改装したような平屋で、なかなか趣のある佇まいだったが、これが会社の事務所だと思うと、どうにも似つかわしくない。


俺はまるで和風旅館に訪れた客のような有様で、豪華な彫りを施した重厚な座卓も、見事な掛け軸が飾ってある床の間も、まったく目に映らないほど緊張しながら、座布団が敷かれた木の座椅子の上に正座して、ひとり まんじりとしていた。


どれくらい経っただろうか。

正座など普段し慣れていないのもあって、段々と足の感覚がなくなってきかけた頃、俺が通されてきた回り廊下を誰かが歩いてくる足音がしたかと思うと、左側の障子しょうじがスッと音もなく開く気配がして目をやると、裳付衣を着た、まだ高校生くらいの若い男が二人立っていた。


「待たせたな」


最初に入ってきてそう言ったのは、僧侶のような地味な服装とは裏腹に、赤い派手な髪をして、見た目は軽薄そうだが、妙に目力めぢからのある凛とした様子の男だった。

続いて後ろから、今度は先の男とは対照的に、おっとりとした雰囲気の温和そうな男が優しく微笑みながら入ってきた。

俺は、素早く席を立って二人に挨拶をした。

「本日は、お忙しいところ、面接のお時間を頂戴いたしまして、ありがとうございます」

「堅苦しい挨拶はいいから、座れ、座れ」

軽薄そうな男は、調子よく笑顔でそう言い、自分も座椅子に座って胡坐をかいた。

俺が再び、座椅子に端坐たんざしようとすると、温和そうな男が足を崩して座るように気を遣ってくれた。ゆったりとした話し方の印象からすると、どうやらこちらの男が、俺に電話応対をしてくれていたのだろう。

(良い人たちみたいだけど・・・面接官というには、ちと若すぎないか?)

俺はホッとした半面、言い知れぬ不安が襲ってきた。

この事務所といい、この二人の面接官の格好といい、こんな企業は過去に一度もお目にかかったことがない。本当に大丈夫なんだろうか。


三人が座卓を囲み、一息ついたところで、軽薄そうな男が自己紹介をしてきた。

の名は"制吒迦せいたか"。此奴こいつは"矜羯羅こんがら"だ」

制吒迦せいたかに親指で指されて"矜羯羅こんがら"と紹介された男は、よろしくお願いしますと、にこやかに会釈した。

「初めまして。"初鹿野はじかの 翔吾しょうご"です」

俺は自分の名を告げながら、ぺこりと頭を下げ

(世の中には、俺みたいに変わった苗字がけっこういるもんだな)

と思った。


「単刀直入に訊くが」

そう言うや否や、制吒迦せいたかと名乗った男は、いきなり座卓に手をついて、乗り越えんばかりの勢いで身を乗り出し、俺の鼻先にヌッと顔を近づけてきた。

制吒迦せいたかの圧に負けて、身をすくめ、硬直していると、制吒迦せいたかは、ニッと笑って切り出した。

は視えるんだろう?」

「な?」

俺は、制吒迦せいたかが何を言ってるのか、よく分からなかった。

"矜羯羅こんがら"は、怯えたように固まっている俺の前から、制吒迦せいたかを引きはなしながら、苦笑いをした。

制吒迦せいたか初鹿野はじかの様が、怖がっていますから、もう少し分かりやすく説明してあげたほうが宜しいのではないですか?」

そう言うと、俺に

というのは、あなたという意味です」

と丁寧に教えてくれた。

そして、矜羯羅こんがらは、制吒迦せいたかを元居た位置に大人しく座らせると、俺に向き直って話を続けた。


初鹿野はじかの様は、此岸しがんでは視えないはずのモノが視えておられますね?」


俺はその言葉の意味を理解した瞬間、やっとこの奇妙な出来事に合点がてんがいった。

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