第6話 すぐに引っかかる人

 さて、俺たちは朝倉高校近くの日本料理店に来ている。普通なら、高校生が行くには敷居が高すぎる名店だ。だが、それぞれが人気小説家であり、多かれ少なかれ人並み以上に稼いでいるメンバーの中に突っ込まれてしまった以上、入らないわけにはいかない。香取が先頭に立って、勢いよく入店する。


「これはこれは、香取先生ではありませんか! どうでしょう、ご調子のほどは……」


 すぐさま店主が飛び出してきて、香取に揉み手を始める。どうやらこの店は香取の行きつけであるようだ。香取は店主に軽く会釈した。


「ありがとう、いつも富良野杯のときにはお世話になっているよ。今日もよろしく」

「こちらこそ毎度ありがとうございます。どうぞこちらへ」


 俺たちは店主に案内されて、店の奥の座敷に向かう。廊下の壁には風情のある絵が掛かっており、この店がかなり高級なものであることを実感させる。だが、香取は慣れたように大きな部屋に入ると、大義そうに腰を下ろす。一瞬たりとも正座する気はないようで、香取は胡座をかいたまま宣言する。


「では、全員いつもの定食で」

「はい、定食が7つでございますね。それではごゆっくり」


 店主が出ていき、部屋に沈黙が訪れるかといえばそんなはすもなく、すぐに澤田が口を開いた。


「ちなみに香取、今日の支払いは」

「当然全額大杉だ」

「な、なんだと!?」


 大杉先輩は口を一瞬あんぐり開けて、すぐに香取に詰め寄った。ここでも香取と大杉先輩は何やら喧嘩を始めるらしい。


「おい香取、どういうつもりだ! お前はさっき『大杉、俺が上位陣のみんなを高級料理店に連れて行くんだが、一緒にどうだ?」と言っていただろう! 話が違うぞ!」

「大杉、お前は言葉の使い方をまだよくわかっていないようだな。確かに俺は『みんなを連れて行く』とは言ったが、『支払いを全額持つ』とは言っていないぞ? ということは、大杉が全額払うということだ!」

「文脈的に明らかだろ! そもそもそれを除いても、俺がわざわざ全額払わなければならない理由はない!」

「まあまあまあまあ」


 中身のない言い争いになってきたところで、澤田が二人の間に割って入った。


「俺は『今日の支払いは割り勘にするのか?』と言うつもりだったんだがな。ここは一つ、夜まで待つことにしないか? この7人の中で一番順位が悪かった奴が夜を全額持つという取り決めをしといてさ」

「「ふーむ」」


 香取と大杉先輩は少し考え込んだ。


「それなら、俺が大杉とかいう雑魚より上位なのは確定的だから、一旦ここは割り勘を……」

「とか言っている香取などという雑魚より上位なのは確定的だから、一旦ここは割り勘を……」


 香取と大杉先輩は煽り合いつつも合意しかかったが、ここで「あのう」と手塚が手を挙げた。


「発言よろしいでしょうか」

「む、どうした手塚」

「さっきの香取さんの発言を客観的に検討すると、やはり香取さんが全額払うという意味にしか思えません。ですから、ここはこの中で最年長の香取さんが全額持てば丸く収まるのではないでしょうか」

「な、なんだとこの最年少の青二才め! どうせ割り勘すら回避しようとしていやがるなこの貧乏性め! それならお前が全額払え!」


 香取が手塚にヘイトを向けたところで、北浜先輩がまたもや「まあまあまあまあ」となだめる。


「いっそのこと、ここは投票で決めればどうでしょう。奢らせたい人をそれぞれ指差して、一番指された人が払うということにすればいいのでは?」

「よし、それだ! まあもちろん、全員手塚……じゃなかった、大杉を選ぶよな! では、せーの、ドン! ……あれ?」


 香取は自信たっぷりに大杉先輩を指差したが、俺と立花を含め香取以外の全員が香取を指差している。


「な、なぜだああああああああああ」

「あーあ。おとなしく割り勘を受け入れておけばよかったものを、手塚と北浜の煽りに乗るわ乗るわ。さーて、香取センセイは果たして全員分持っているのかな?」

「ぐっ…….さ、さてはお前ら、結託して俺を陥れているな!? 澤田も大杉も手塚も北浜も覚えていろ! 絶対に復讐してやるからな!」


 香取がここぞとばかりに煽る大杉に恨みの絶叫を放ったところで、「あのー、お冷やでございますが」と店主が水の入ったコップを持って部屋に入ってきた。


「あ、店主、追加でこの日本酒もいいですか?」


 澤田がなぜかここでアルコールの注文を追加する。


「おいちょっと待て! 澤田、てめえ俺の支払いだと思っていい気に……」

「そんなことはないぞ。これは俺なりに、気前の良い香取へのお返しだ」

「ほう、澤田、お前は大杉やらと違っていい奴じゃねえか! ではありがたく……」


 ちなみに、この会話が行われている裏で、手塚と北浜がこっそり話しているのを、俺は聞いてしまった。


「いやー、香取さんってやっぱり面白い人ですね。すぐ煽りに引っかかるし、まだ決勝が残っているというのに飲み始めるし」

「うん、これは午後は酔い潰れて使い物にならないね。これなら私でも勝てるね。まあ何も飲まなくても大杉より弱いけどね」


 とはいえ、この時点では、俺と立花は(小説家の謀略って怖いなあ……)と顔を見合わせることしからできなかったのである。

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富良野杯〜スポーツのように小説を書く世界〜 六野みさお @rikunomisao

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