第5話 再び実況

 午前九時を回った。富良野杯はすでに開幕している。

 ここで再び実況室のカズハルである。

 

「さあ、富良野杯・福井県予選の開始から、十五分が経過しました。そろそろ現在の状況を整理しておきましょう」

「そうですね。まず一位はやはり立石紫枝太です。なんと二位の五倍のポイントを獲得しています

「これぞ最強という感じですね。やはりトップは不動のようです」

「ともかく、大事なのは二位以下です。ーーしかし、二位は大杉が抜け出したかのように見えますね」

「そうかな。とにかく三位とは少し差が開いているようです。そして、三位グループは激戦になっているようですね」

「そのようですね。三位グループを構成するのは、手塚、香取、北浜、澤田、そして谷川です。どれも実力者であります。この中の三人が全国切符を手にするわけですが……さて、だれが有利なのでしょうか。では白井さん、よろしくお願いします」

 「うーん。やはり今回は福井県というだけあって、激しい戦いになっていますね。今回のポイントは『世代交代のギリギリ』です。ベテランの香取、澤田が若手の手塚、北浜、谷川を相手にどれだけ戦えるか、という勝負になるでしょう。香取と澤田としては、何とか五人の中に残りたいところですが……」

「さあ、どうなることでしょうか。ところで、視聴者の皆さんから、出場選手に応援メッセージが届いているようです。まずは福井県在住の『カケス』さんからです。『やっぱり今年もシータさん最高です。勝つのは当然ですが、私はシータさんの作品数が二つ増えるのがいちばん嬉しいです。どうかシード権なんてつけないでください』とのことです」

「皆さんご存じの通り、『シータ』は立石紫枝太の愛称ですね」

「そして、やはりこの点ーーこれが小説の大会だということに面白さがあります。作者にとっても、このような大会は全力を出さざるを得ません。結果として、名作が生まれやすくなるというわけです」

「立石ほどの実力者となると、全力を出さないでも県予選は突破できるような感もありますがね」

「まさかそんなことはないと思うが……さて、次は石川県在住の『ロービット』さんからです。『澤田先生、今年も素敵な作品をありがとうございます。まだまだ現役、若手に負けずに頑張ってください!』だそうです」

「石川県は澤田の第二の故郷、やはり今年も石川県からのメッセージが多く届いています。澤田としては、石川県で戦ってもよさそうなものですが……。白井さん、そこはどう思いますか?」

「そうですね、やはり香取と同じ県で戦えることは、澤田にとっては喜びなのでしょう。三十年来の好敵手ですからね」

「それはそうですが……しかし、今年の香取も荒れてますね。年々ひどくなっているようですが」

「はは……では次のメッセージですーー」



さて、俺は谷川正だ。たった今、富良野杯福井県予選の予選は終了した。俺はしっかり時間に余裕を持って予選の作品を書き上げ、なんと六位で予選を終えることに成功した。残念ながら五位以内ではなかった。しかしここまでのポイントは昼からの決勝には関係ないから、気を取り直してもう一度上位を狙っていくべきだろう。


ところで、今俺たちがいるのは、朝倉高校体育館の出入口の前だ。すでに朝倉高校の文芸部員は、全員がここに集まっている。かなりいい場所を使わせてもらっているが、まあそれは我々がこの福井県予選の中でも最も有力なグループだからだろう。中央にはいつも通り部長と副部長が陣取っている。予選の講評があるらしい。


「みんな、予選お疲れ様。さて、喜ばしいことに、今回は部員全員のちょうど半分にあたる十五人が予選を突破しているわ。といっても、ほとんどが三年生と二年生なんだけど。一年生は予選落ちしても気にすることはないわよ、それが普通だから。でも……予選落ちした上級生は、後で覚悟していなさいよ?」


 北浜部長が笑顔で怖いことを言っている。確かに何人かの上級生が予選落ちしている。朝倉高校は強豪である、予選落ちすると何かペナルティーがあると俺も噂で聞いている。だが俺には関係がない。


 しかし上位五人に入っている部長は今のところ基本的に上機嫌である。話はすぐに終わり、解散だ。これからお昼の休憩時間である。どこかで腹ごしらえをしなければならない。


「正はお昼はどうするの?」


 美里が話しかけてきた。


「さあ、どうかな。どこか近くの店に行くつもりだけど……」


 もう高校生だ、さすがに美里と並んで食べるのはあらぬ誤解を招くか……と俺が一瞬逡巡したそのときだった。


「おーい、谷川と立花! ちょっといいか?」


 大杉副部長が話しかけてきた。


「どうしたんですか?」


 このタイミングでいったい何を……と俺が怪訝に思って聞き返すと、大杉先輩は何を言っているんだこいつらは、という顔をした。


「決まっているだろう。昼食を一緒にどうかと聞いているんだ」


 それは驚きだ。あの予選ダントツ2位の大杉先輩が俺たちと食事をしてくれるなんてまたとない機会だ。


「わあ、それはいいですね! ではぜひ……」


 横の美里はぱっと顔を輝かせたが、しかし大杉先輩はそこで予想外のことを言った。


「ふふふ、二人の実力は間違いないものだからな。そろそろ僕たちの集団に混ざるべきだろう」


 何やら嫌な予感がする。


「あの、大杉先輩、その食事会って、いったい他には誰が来るので……」


 俺が恐る恐る聞くと、大杉先輩はにっこり笑った。


「そうだね、僕と部長はもちろん、香取、澤田、手塚……まあ富良野さんとシータさん以外の上位層全員が来るね」

「ええっ!」


 やはりそうだった。この食事会は上位層が情報を交換する(そしてもしかすると午後に向けて牽制しあう?)場らしい。そして美里は目を白黒させている。無理もない。あの個性豊かな実力者たちと渡り合うには、美里はまだ早い。俺はさっさと歩きだしてしまった大杉先輩を追いかけて、美里を無理やり引っ張っていくしかなかった。

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