第4話 コンピュータ室
コンピュータ室には、もうすでに優勝候補たちが集まっていた。
「おっ、晴也君と真葉ちゃんじゃないか」
笑って手を振ってくるのは、去年の全国覇者・立石紫枝太氏である。私も便宜上立石先輩と呼ぶことにする。
「立石先輩、おはようございます。今日は一年生も連れてきましたよ。こちらが谷川正と、立花美里です。まあ、TTコンビとでもお呼びください」
私と正の顔をまじまじと見る立石先輩。
「ああ、立花美里ね。『フォレスト』とかいいよね。しかし、谷川正というのは誰だっけな」
『フォレスト』は私の音楽的代表作だ。まだ私に文学的に他に誇れるものはない。それにしても、本業が違う私のほうが名前を覚えられているというのは、正としては屈辱じゃないかな。一本取った感じがする。
「あれですよ、あれ……『サックス!』を連載してる人です」
慌てて北浜部長が助け舟を出す。
「ああ、あれの作者か! すまないね、どうも物覚えが良くないんだ」
ぱたぱたと顔の前で手を振る立石先輩。今気付いたが、立石先輩の顔はかなり整っている。それだけでない。その手の振り方も綺麗だ。もちろん手も綺麗だ。
はっ。思わずメンヘラの癖が出てしまった。落ち着け私。メンヘラは午後まで温存だ。
でも、やはり立石先輩には、風格のようなものがある。さっきの富良野氏の威厳のあるような風格とは少し違い、立石先輩は自然体の風格という感じだ。しぐさの一つ一つが、なぜか目を引いてしまうのだ。
「澤田! 石狩杯では負けたが、このグランプリファイナルだけは勝たせてもらうぞ! 俺は最近調子がいいんだからな!」
「何だと? 昨日は日間ランキングから落ちてたくせに、何を思い上がってるんだ」
どうやら香取は誰にもケンカを売るらしい。おっと、香取さんの方がいいのかな。あんまり敬称をつけたくないな。『香取先生』なんて絶対言いたくない。
「まあまあ澤田さん、いいではありませんか。彼はこういう性格なのですから」
澤田の横の椅子に座り、物理的に床に届かない足をぶらぶらさせているのは、まだ十歳にもならないかという年の女の子だ。たぶんあれが手塚紫穂だろう。
「確かにな。だが私も、こいつとは長い付き合いだからな。少しやりとりを楽しんでいるところもあるかもしれない。紫穂ちゃんは勝てる自信があるかい?」
「うーん、微妙ですね。まあ、私が二十位台を取らない限りは大丈夫でしょう」
香取は言葉もない。二位候補の一人と目されている手塚にこのように言われるというのは、かなり傷つくだろう。
コンピュータ室は話し声に満ちている。でも、九時のチャイムが鳴れば、ほとんど声もなくなって、真剣な戦いが始まる。私もちょっと早く聴覚をシャットダウンして、予選のネタを詰めておくことにする。
☆
さて、ここらへんで日先王国最大級の掲示板サイト、『13ちゃんねる』の様子を見てみよう。
1 さあ今日は福井だぜ
2 見どころないって
どうせ立石が優勝だろ
3 まあ今回は二位争いやな
4 二位もたぶん大杉で確定かと
5 いや香取が勝つ
6 はい香取ヲタきました
実力差歴然としてるのにね
7 ≫≫6 石狩杯で大差で負けてるからな
8 二位は紫穂ちゃんが頂きますぜ
9 ≫≫8 それは無理がある
10わからん
最近ランキングも上がってるし
11今回も安定の澤田推しで
12それな
澤田毎回コンスタントに全国残るからな
13たいぞーがんば
14せめて澤田には負けていただかないと
15はいまた香取ヲタ
16確かに勝ってほしいな
負けたら香取発狂しそう
17前回も発狂してたな
18澤田に途中で引っ張り出されなかったら絶対炎上してたな
19なんだかんだ言ってあの二人仲良い
20お前ら谷川正を忘れるな
21≫≫20 誰や
22たぶんサージカルマンの人かと
23最近売れてるボカロPだぜ
24たぶん今日はかなり谷川推し増えるぞ
25速報
立花美里参加してる模様
26マジかよ
27≫≫26 マジ
しかも朝倉高校の制服着てコンピュータ室いる
28さては立石にワイロ払ったな
29ないだろ
何億いるんだよ
30月収数億にワイロとかいうありえない状況
31いやあ安定の朝倉高校
32ほんとにそれ
あと誰も触れてないけど誰か真葉ちゃん応援しよ
33あー俺も便乗
34なんか今回も香取が澤田を煽ってる模様
35いつものこと
36ちなみにさっき大杉も煽られてたで
朝倉の一年引いてたわ
37立花がショックでメルヘン化しそう
38しないだろ
意外と立花の文学作品はメルヘンじゃないで
39今日で解放に期待
40それにしても富良野杯は面白いわ
全部中継されるからな
41よくこの状況で香取失言しないな
42ギリギリ突いてるからな
43たぶんお昼で出て行くときにかなり暴れるはず
44俺潜入してみるわ
45≫≫44 頑張れ
吉報を期待する
46さああと一分で予選開始や
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