第3話 開会式
「ねえ正、立石先輩ってそんなに凄いの?」
わが部の伝説的先輩に興味を持っているらしい美里が、俺にそう聞いてきた。
「もちろんだ。立石先輩は天才だよ。福井県の誇りと言ってもいいんじゃないかな」
美里は小学時代からの俺の幼馴染である。本業はミュージシャンである彼女は本当は軽音部に入りたかったらしいが、運の悪いことに朝倉高校には軽音部がなかった。そこで俺が文芸部に引っ張りこんだのである。
といっても、作詞もこなす美里は、実は文学の方もよくできるのだ。小さい頃は俺も何度となく、彼女の小説に本名で出演したものだ。もちろん公開などしていないが。十回彼氏役にしてくれたのは嬉しいが、二十回ラスボス役にされたことには苦笑を禁じ得ない。
とにかく、美里は俺の次に期待されている一年生なのである。まあ予選突破はしてくるはずだ。全国枠争いに絡むのは無理だろうけど。
「ところで、正は今日新曲でしょ? 頑張ってね。前作もかなり売れてたみたいだし」
そうそう、言うのを忘れていた。俺も音楽をやっているのである。といっても、メジャーで活躍する美里と違い、ボカロPの俺の稼ぎはかなり少ない。いや、高校生が稼ぎの大小をあれこれ言うのもかなりイレギュラーなのだが。
だが、そんな俺にとって、文学は大きな副業なのである。富良野杯の主催者たる富良野杏氏、そして立石先輩の世界的な人気により、茶本王国では文学の需要が高い。富良野氏や立石先輩は、一年間で百億以上稼ぐといわれている。二流三流の俺たちも、他の業界より稼ぎは多い。学校や仕事の合間に手軽に書けることもあり、小説業を副業にする学生や社会人は非常に多いのだ。
「正、予選のネタは決まったの?」
「もちろんさ。美里は?」
「まあ、ないことはないかな。お互い頑張ろうね。打倒、正」
「それは無理だな。俺の相手は北浜部長だ。美里程度なら余裕だぜ」
「むっ。一矢くらいは報わせてもらうわよ」
ちょっと膨れている美里と並んで、俺たちは廊下を歩いていく。開会式まで、あと半時間。
☆
三十分後。
私、立花美里は開会式に出席している。体育館には大量の人がひしめいている。千人くらいいるかもしれない。とはいっても、まともに並んでいるのは文芸部の学生たちくらいのもので、社会人たちはばらばらに立っている。
「では只今より、第三十二回富良野杯福井県予選の開会式を始めます」
司会がそう宣言し、会場がさっと静かになる。
と、壇上に人が現れた。おそらくこれが富良野杏氏である。日先王国史上最強の偉人とも称される天才であり、私もたびたびテレビで見たことがある。確か、ノーベル文学賞を二回、平和賞を二回、物理学賞を二回、医学賞を一回受賞しているはずだ。たぶんその他にも数々の肩書がある。端的に言えば世界最強である。
富良野氏はすでに八十歳に近いはずなのだが、杖もついていないし、顔も五十代かのようにしか見えない。つまりルックスも完璧ってわけ。
会場の視線は富良野氏に集約されている。富良野氏は、余裕そうに体育館を隅から隅まで見回し、口を開いた。
「みなさん、今年も富良野杯・福井県予選に参加していただきありがとうございます。今年の福井県予選は、過去最高の千二百四十六人に参加していただいております。福井県ではどんどん文学機運が高まっているようで、嬉しいことでございます。
さて、富良野杯のルールはいつもと同じです。まず九時から十二時まで予選。そして、上位百人で二時から六時まで決勝です。決勝で上位五人に入ると、七月に国立文学ホールで行われる全国大会に出場することができます。
これもいつもと同じですが、富良野杯の審査員は全世界の皆さんです。つまり、皆さんには全世界にリアルタイム大公開で小説を書いていただきます。全世界の皆さんは、皆さんの小説を十点満点で評価することができます。この評価ポイントが高いほど、皆さんの順位が高いわけです。
あ、言い忘れていましたが、予選と決勝では違う小説を書いていただくことになります。ですから、決勝に残る自信がある方は、ネタを二つ用意しておいてください。
最後に、この大会を協賛していただいた、ここで全部言うと一時間くらいかかるくらいの数の団体と個人に、深く感謝申し上げます。また、これは裏を返すと、誰でもこの大会を取材する権利があるということです。ですから、インタビューの用意もよろしくお願いします。それでは、また二時にお会いしましょう」
富良野氏は一礼して、幕の後ろに下がった。さすが富良野氏、スピーチが短くわかりやすく、さらにユーモアもある。
あと十五分で九時だ。朝倉高校の部員たちも、おのおのがそれぞれの場所に散っていく。だが、そこで北浜部長がこちらを振り向いた。
「谷川と立花は、コンピュータ室に来なさいよ。あなたたちは実力者なんだからね、その権利があるっていうわけ。私と大杉の顔も効くしね」
私たちは朝倉高校の敷地内ではどこでも小説を書いてよいのだが、その中でもコンピュータ室は特別な場所である。パソコンの設備が揃っているこの部屋は、実力者しか使えないという不文律がある。
「本当ですか? それはありがとうございます」
そう正が答え、ごく自然に私の手を引っ張る。私は彼の進行方向に体を動かし、すぐに手を放す。慣れた自然な動きだ。特に無駄な感情はない。
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