タイトルは無くていい。

柑月渚乃

本文

 Fridayが待っている。今日が終わる三秒前。時計の秒針が盤上の十二を通り過ぎた。もう明日は今日になり変わる。すべてはリセット、もう零時。


 七日ぶりに再会した曜日に別に久しいなんて気持ちもない、だが最近の私にとって、金曜は一番プレッシャーを感じる曜日だった。


 電気の消えた部屋の中、私はベッドに横たわってただ白い天井のその先を見つめている。

 金曜日の次は土曜日曜、休日が並ぶ。規律の乱れることないカレンダー。今は行き先のない亡霊みたいな感情がそこに群がるように向かっていた。


 いつもなら嬉しいはずの休日。ましてや台風のたび休校にならないかIQを低下させて議論し始める高校生にとっては──。

 いつからだろうか。私の学校へ行く目的が勉強や友人関係以外のもっと不純なものに変わったのは。


 もう。眠りたいのに眠れない。

 頭の中に燃えないゴミが溜まってしまっている。全てあの人のせいだ。


 思春期病。それは伝染病。透明で決して見えることのない病原体が私の心を蝕んでる。キレイなものじゃない。私の中の私だけ世界が熱と断末魔をあげたのを聞いた。

 脳のバグ、もしくはただ周りがそうだったから周りに流される形で脳が勘違いを起こしている、私はそう自分でも自覚している。


 だが、何も上手くいかない。あの人を視界に入れるたびに胸のあたりが騒ぎだすのが非常に厄介で、そうなると表情などの細部まで完全にコントロールするのが不可能に近くなる。


 溢れそうになる気持ちは何をしたいのか、目的地を明確に定めずコンパスだけを頼りに感情の渦の中を進むものだから、いつか、いとも簡単に沈んでしまってもおかしくない。私はそんな非常に脆い舟に乗っている。無理とは知っているけど、瓶に一つの想いを詰めて海に放つことで、遠くのあの人に届いてくれないだろうか。


 自分の方が先に溢れてしまえば負け。何故かそう思ってしまうのをやめられず、落ちる寸前、崖の上で堪えつづけている。春雷が落ちた音はまだ聞いていない。でも、心の中に静電気をため続けているせいで体全体を奇妙な感触が回ってる。


 諦めるなら早い方がいい。わかっている。でも期待してしまう。「おはよう」って言ったら「おはよう」って返ってくるだけで。その時はそれで満足してしまうけど、やっぱりそれ以上の何かを欲しがってしまう。言葉にできない。


 勇気は十分にある気がしていた。していただけだったけど。正体不明、謎のリミッター。話しかけたいのに話しかけられない。

 嫌いだった欲望という名の剥き出しの本性が背中を押してくれた。でも、そんな前へ押してくれている気持ちを必死に抑える理性。安寧を求め鎖のように絡み付く理性。もう、邪魔しないで。


 土砂降りのように投げかけた言葉がフラッシュバックしてまた反省会。自分ばかり話しすぎた気がする。そんな自分にアナフィラキシー。浮き沈みの激しい状態がもう普通になってきていた。


 もし、八つ目の曜日があれば。曜日をつくる時に天王星が見つけられていれば、いや天王星が見つからなくても金星と土星の間にもう一つ惑星がありさえすれば──あの人に会える機会が増えるのに。


 あの人の隣にいたいのか、あの人に気に入られたいのか、あの人と時間を共有したいのか。何が欲しいのかは分からない。

 ──強いて言うなら、人生のエンドロールが流れる時、私は彼の名前を大きく載せたい。ただそれだけ。さすがに傲慢すぎる願いだろうか。


 もう、寝なきゃ。金曜日は大切な日。寝坊なんかしたくない。今日はもっと上手く話せたらいいな。


 私は音を立てず静かに開いていた瞼をとじて、体を横に倒す。


 寝る時間はとっくに過ぎていた。

 

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