第133話「まだ止まらない」
「…………」
怒りを見せた笹川先生に対し、美咲のお父さんはダラダラと汗をかきながら黙り込んでいた。
普段は優しい奥さんや娘たちがこぞって今怒りを向けてきているのだから、これも仕方がないのかもしれないが。
「とりあえず、話に割り込ませて頂くんだけど」
そんな中、まるで場の空気を気にしていないかのように、鈴嶺さんが笑顔で口を開く。
ちゃっかり自分と笹川先生が座る椅子を持ってきて座っていたので、この子にとってこの家はもう一つの家になっているようだ。
「白井君のことは私と美空さんが保証するわ。少なくとも、学校にいる男子の中では彼よりいい人はいないと思う」
意外にも、鈴嶺さんは直球で俺のことを推してくれた。
てっきり、俺を困らせるために悪ふざけの一つでもするかと思ったのに。
「……まぁ、たまに失礼なことを考えるところはあるようだけど?」
相変わらず勘が鋭いようで、俺の頭に先程の言葉が過ってすぐに、鈴嶺さんは俺に白い目を向けてきた。
美咲のお父さんに視線を向けていたくせに、なんで気付けるのか不思議で仕方がない。
とりあえず、首を横に振って無実を訴えておいた。
「男子嫌いの氷華ちゃんが、まさか男子を褒めるなんて……」
「おじさんも、私をなんだと思っているのかしら?」
今度は美咲父の発言が気に入らなかったらしく、眉をピクピクと引きつかせながら鈴嶺さんは美咲父に視線を戻した。
口に出していない俺とは違い、口に出した美咲のお父さんが悪いとは思うが。
「い、いや、だって今まで同級生などの男子を褒めたことなんてなかっただろ……!? それどころか子供扱いしてたり、毛嫌いしてたりするような発言もしてたし……!」
「…………」
心当たりがあったのか、鈴嶺さんがスゥ――ッと目を逸らす。
正直者だな……。
そういえば彼女は、嘘を吐くのが嫌いだったんだっけ?
「私、彼とは幼馴染なのよね。幼い頃どういう性格をしていたか知ってるし、高校が同じになってからも観察はしてたから理解しているつもり。勉強や友人関係より優先することがあるってだけで、親しい相手には良くしてくれるタイプよ。実際、美咲はかなり甘やかされているようだし」
鈴嶺さんは美咲父の言葉はスルーすることにしたらしく、俺の話へと戻してしまった。
全力でヨイショしてくれているようなのだけど、彼女らしくなくて後で何か要求されるのではないかと勘繰ってしまう。
それに美咲を甘やかしているということも、相手の親の前で言葉にされるのは恥ずかしいものがあった。
「最初私に来斗君を推してくれたのも、氷華ちゃんだったしね?」
俺のことを持ち上げているからか、この流れに乗るべきと判断したようで美咲は笑顔で話を合わせた。
鈴嶺さんが美咲に勧めていたというのは、前に美咲が教えてくれたことだ。
それで彼女は、鈴嶺さんが俺に対して恋愛感情はない、と判断したようだし。
……まぁ、今は何やら誤解をしていて、鈴嶺さんを警戒しているようだけど。
「……どうして、そこまで彼のことを買っているのに、自分で付き合おうと思わなかったんだい……?」
あまりにも鈴嶺さんが俺のことを持ち上げたからか、美咲のお父さんは違和感を抱いたらしく、またとんでもないことを聞き始めた。
それにより、美咲、笹川先生、美咲のお母さんが、ピキッという音が聞こえそうなほどに一瞬で固まってしまう。
鈴嶺さんなんて頭が痛そうに溜息を吐いた。
「――えへへ……♪」
何もわかっていない心愛だけが、笹川先生の膝の上でニコニコ笑顔になって、彼女の胸に顔を擦り付けて甘えているのだった。
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