第54話:バッドエンド②〈アリス・グリモワール〉

 勇者はオークを生み出し続ける醜い肉塊を討ち果たした。これにより永遠に続くかと思われたオークの軍勢による蹂躙は終わりを迎え、人類に束の間の休息が訪れる。


 だが、勇者に立ち止まっている暇はない。オークに代わる新たな脅威を退けねばならないからだ。


 旧ワーデン伯爵領の領都オーツ。かつて勇者が幼少の日々を過ごした事もあるその地は今、アンデットキング〈アンテッド〉によって支配されていた。


 初期の魔王軍侵攻の折には最前線の激戦地になった事もあり、オーツ近郊には数多のしかばねが眠っている。アンデットキングが彼らを傀儡として支配すれば、その軍勢は軽く二十万を超えるだろう。


 オークの軍勢を退けて間もない人類連合軍に、不死の軍勢と戦うだけの余力は残されていない。屍が大挙として押し寄せて来るまでに、一刻も早くアンデットキングを排除しなければならなかった。


 勇者とその仲間たちは再び少数で魔王軍の前線を突破し領都オーツへ向かう。針葉樹の森を抜けた先にあった平原。そこにはかつて勇者が師と仰いだ少女と暮らしたログハウスがあるはずだった。


 けれど、ログハウスはどこにも見当たらず、勇者たちを出迎えたのは屍の群れだった。


「アンデット風情が、この僕の剣を止められると思うな!」


「天才聖女ちゃんの光系統魔法で一網打尽です!」


 屍は数百を超えていたが、勇者とその仲間たちにとっては障害にすらなりえない。


 聖女の杖から放たれる魔法が屍を薙ぎ払い、撃ち漏らしは騎士と勇者が切り捨てる。他の仲間たちも危なげない立ち回りで、屍は瞬く間に数を減らしていく。


「ふっふーん! これくらいお茶の子さいさ――危なぁーっ!?」


 どや顔で杖を振り回していた聖女の鼻先を氷の槍が通り過ぎた。僅かでもタイミングが違えば首から上を消し飛ばしていただろうそれに、聖女は尻もちをついて顔を真っ青にする。


「こ、氷系統魔法!? だ、誰ですか私に魔法ぶち込もうとした人はぁーっ!?」


「……む? どうやら骨のある奴が一体だけ紛れ込んでいるらしい――」


 騎士が警戒するように前方を見据えて盾を構える。


 その視線の先、数多の屍の内の一体が右手をこちらに向けていた。淡い水色の粒子が氷の槍を形成し放たれ、騎士がそれを簡単に切り払う。


「――が、ただの魔法使いの成れの果てだ。大した事は無い」


「むきーっ! 美少女聖女ちゃんのラブリーなお顔を狙った罪は重いですよ! 〈神聖槍セイクリッドランス〉っ!」


 聖女の放った魔法が、再び魔法を放とうとしていた屍の右腕を抉り飛ばす。


「ちゃんと狙え、バカ聖女」


「誰がバカですか。バカって言う方がバカなんですぅー! ……と言うかちゃんと狙って腕を吹っ飛ばしたんですし? これから一本ずつ腕と足を吹っ飛ばしていくんで邪魔しないでもらえますかぁー?」


「聖女の発言とは思えんな……」


 騎士は溜息を吐いて、聖女から離れて他の屍を掃討していく。


 勇者や他の仲間たちも聖女の行いを咎める事はしない。長い旅の中で彼女の性格は全員が理解していた。


「さぁーて、次はどこを吹っ飛ばしてあげましょうかねーっと」


 聖女はぺろりと唇を舐めながら杖で狙いを定める。魔法を放った屍は片腕を失い、ふらふらとよろめきながらこちらに近づきつつあった。


 距離が縮まるにつれ、段々とその姿が勇者の瞳に鮮明に映る。


 土気色でひび割れたガサガサの肌。


 髪は泥にまみれたようにくすんでいて元の色はわからない。


 顔立ちは整っていたのだろう。


 けれど鼻は削げ落ち右目は失われ、頬は顎にかけて骨が見えるほどに抉れている。


 衣服はボロボロでほとんど意味をなしていない。曝け出された胸元からかろうじて女性であったことは伺える。


『……ィ…………ン』


 その屍はまるで何かを探すように、残った手を前へと伸ばした。



「〈神聖槍セイクリッドランス〉」



 その腕を聖女が魔法で消し飛ばす。


 両腕を失った屍はバランスを失ってうつ伏せに倒れ込んでしまう。


「あー、ちょっとちょっと。倒れちゃったら足狙いづらいじゃないですか。と言うかウジ虫みたいできもいんですけど……」


 両腕を失って倒れ込んでなお前進を止めない屍に、聖女は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。


「……はぁ。もういいです。〈神聖槍〉」


 聖女が放った光の槍が這いつくばる屍の顔を貫く。上半身が消し飛び、残った残骸は光の粒子となって溶け消えていく。


 後には何も、残らない。


 勇者は踵を返し、聖剣を振るう。


 近づいて来る子供の屍を切り払い、ただ歩み続ける。


 自らの使命を果たすため。


 勇者は決して立ち止まらず、振り返らない。


 例え屍にかつての師の面影を見たとしても。


 勇者が歩みを止める事は、許されない。

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胸糞RPGの主人公に転生したので悲惨な死を遂げるヒロイン達の運命を変えようと思う KT @KT02

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