地球の支配種族

根竹洋也

地球の支配種族

 私たち人類は、なんの疑いもなく自らが地球の支配種族だと思っています。ですが、もし地球を訪れた異星人が地球の生物を見た時、果たして彼らは同じように思うのでしょうか?

 今回は、その認識の違いで滅んでしまった世界のお話です。


 私は旅人。幾多の、あったかもしれない世界を旅する者。そして私が旅をするのは、何らかの形で滅んでしまった並行世界だ。私は世界が終わる瞬間を研究している。滅ぶ直前の時空に転移して、滅ぶ理由や人々の様子を観察する旅人なのだ。


「今回の滅亡理由は、『確認不足』だって? なんだい? この仕事のうっかりミスみたいな要因は?」


 私は旅の同行者であるガイドの女性に尋ねた。


「はい。ですが、今回のケースはそうとしか言えないのです。異星人とのコミュニケーションには十分に注意が必要という事例です」

「ふーん。まあ、まずは見てみようか」


 転移装置を出た私たちは、薄暗い作戦司令室のような部屋にいた。私たちの姿はこの世界の人には見えず、声も聞こえない。ディスプレイが並ぶ部屋の中では、スーツを着た女性を中心に、軍の将校らしき人間達が眉間に皺を寄せ、地図が表示された大きなディスプレイを見つめていた。やがて、一人の男が口を開いた。


「大統領、このまま籠城戦を続ける気ですか? 備蓄もあとわずかです。兵の体力があるうちに、攻勢に打って出るべきでは?」


 そう言われて顔を上げたのは、中心に座っている女性だった。


「ええ……わかっています。ですが、そうすれば大量の犠牲は避けられません。類人猿達に勝っても、残った人類の数が少なくては、種の存続は難しいでしょう」

「ですが、このままではどのみち我々は滅亡です!」

「陸軍を囮にして、民間人だけでも避難させては?」

「避難だって? この包囲された状況で一体どこに? それでは無駄死ですぞ」

「それにこの場所を放棄すれば、類人猿達に核ミサイルが渡ることになる。それだけは避けねばなりません」

「では、ここで黙って人類の滅亡を待てというのですか……」

「くそっ、忌々しい猿どもめ!」


 部屋の中は重い空気に包まれた。私は、ガイドの女性に尋ねた。


「これは、種族間戦争だよね?」

「はい。滅亡パターンの中ではまさに古典ですね。この世界では、実験で生まれた高い知能を持ったオランウータンが研究所を脱走し、他の類人猿と共謀して反乱を起こしました。この戦争は十年以上も続いており、そして今まさに人類は追い詰められています」

「まさか、類人猿に滅ぼされた世界かい? そのパターンは何度も見たよ」

「いいえ。この世界では、これからとある出来事が起こります」


 その時、室内に大きな警報音が鳴り響いた。俯いていた作戦室の将校達が一斉に顔を上げる。ディスプレイに映し出されたオペレーターに向かって将校が叫んだ。


「いったい、何事だ!」

「未確認飛行物体がこちらに向かってやってきます。すごいスピードです!」

「なに? まさか弾道ミサイルか? 奴らついに自主開発を!?」

「もし核弾頭を搭載していたら……」


 室内は一気に絶望に包まれた。だがオペレーターは困惑した顔で告げた。


「それが、形状はミサイルでは無く……円盤型です」

「円盤?」

「まっすぐこちらに……ザザ……どう……指示……」


 ディスプレイの表示が乱れたと思うと、次の瞬間、そこには信じられないものが映し出された。


「コンニちは、チキュウのmiなさン。ワタシのイウこtoがわかりまsuか」


 将校達は息を飲んだ。映し出されたのは、三つの目を持ち、タコのような体をした紫色の奇怪な生物だった。


「化け物……?!」

「まさか、異星人?」


 ディスプレイの中の謎の生物は続けた。


「アナタたちの通信ヲカイセキして言語を喋っています。わかりますか? 私はこの星と通商条約を結ぶために、三十光年先の星から派遣されました」


 たどたどしかった喋り方は、徐々に流暢になっていった。


「私は、この星の支配種族の代表者の方と会談を行いたい。応じてくださるのであれば、この通信と同じ周波数で返答してください」


 そう言って通信は途絶え、ディスプレイには困惑するオペレーターの顔が再び映し出された。将校達は顔を見合わせた。


「本物か? 類人猿達の罠では?」

「どうするのです? 支配種族と会談って……」

「罠に決まっている! CGでいくらでもあんな映像作れます」

「ですが、実際に飛行物体が来ているのですよ」

「おしまいだ! 猿どもに加えて、今度はタコの化け物なんて!」


 騒然となる室内。そんな中、一人黙って目を瞑っていた大統領がゆっくりと口を開いた。


「連絡しましょう。会談を行います」

「本気ですか、大統領?」


 大統領は静かに頷いた。


「本気です。ここで返答しなければ、私たちは地球の支配種族ではないと、自ら言っているようなものです。類人猿達より先に会談を行いましょう。それにうまくいけば、この状況を利用して窮地を脱することができるかもしれません」

「しかし……」

「早く、返答してください。私が会談を行います」


 大統領の強い意見により、円盤に向かって通信が行われた。すぐに返答があり、会談の場所が指定された。相手を刺激しないようにという大統領の意見で警護はつけられず、会談の場所には大統領と数名の側近で向かうことになった。

 大統領が指定された場所に行くと、はるか上空から一筋の光が大統領に向かって浴びせられた。側近達の目の前で大統領は音もなく浮き上がり、はるか上空へと消えていった。私とガイドの女性も転移装置に入り、大統領の後を追って異星人の船の中へと移動した。

 異星人の船の中は、地球の応接室によく似た内装をしていた。おそらく、わざわざ合わせたのだろう。布張りのソファに緊張して座っていた大統領の前に、あの紫のタコのような異星人が姿を現した。


「初めまして。私の名前は、ヴェステデヴェスヴェスヴェスと言います。言いにくいでしょうから、『大使』で良いですよ」

「は、初めまして、大使閣下。私は人類統一合衆国の三代目大統領、エミリーです」


 大統領はビクビクしながら大使に向かって手を差し出した。大使は不思議そうに三つの目でその手を見つめていたが、やがて意味を理解したらしく、一本の足をシュルシュルと差し出し、大統領の手に絡ませた。大統領は引き攣らせた笑みを浮かべながら、大使と握手をした。


「さ、さて……通商を行いたいとのことでしたが……」

「ええ、この星には良質なチタンがありますし、水の多さも大変魅力的です。ところで、その前に確認させてください。あなたたちは、本当に地球の支配種族なのですか?」


 三つの目にじっと見つめられ、大統領はごくりと唾を飲み込んでから、答えた。


「え、ええ、そのつもりですが……なぜ、それを気にされるのですか?」


「銀河連邦の決まりで、星間の取り決めはその星の支配種族を明確にして行わなければならないのです。支配種族は各星に一種族のみ、そして、その星に住むが、支配種族について合意していることが条件です」


 大統領はしばし無言で考え込んでいたが、意を決して言った。


「実は私たちは内戦中なのです。敵は、私たちが支配種族だとは認めないでしょう」


 それを聞いて、大使は三つの目を大きく見開いた。


「なんですって? やはりそうでしたか。先ほど探査機を飛ばしたら、どうも似ている知的生命体がいくつかいるようで……」

「ある動物が知恵を付けて、私たちに反旗を翻したのです。私たちは奴らと長い間戦っています」


 大使は目を閉じて唸った。


「うーむ。支配種族がはっきりしないと困りますね。実は、あなた達からの通信の数十秒後に、オランウータンのタロウと名乗る知的生命体からも返信があったのです。あなた達の方が速かったので、先に会ったのですが」

「なんですって! 騙されないでください。奴らは野蛮で、とても知的生命体とは言えません。私たちこそが地球の支配種族、地球唯一の知的生命体です!」

「ふむ。しかし、オランウータン達も通信に返信できる知能は持っているようですから、銀河連邦の定める知的生命体の要件は満たしているのです。残念ですが、決まりですからね。内戦が終わった頃にまた来ますよ。頑張って他の知的生命体を服従させるか、滅ぼすかしてください」


 そう言って大使はくるりと身を返し、部屋を出て行こうとした。大統領はそのうごめく八本の足のうちの一本を掴み、言った。


「待って! 取引をしましょう!」

「取引ですって?」


 振り返った大使は、三つの目のうちの一つをパチパチと瞬かせた。


「私たちを勝たせてください。そうしたら、あなたの星と優先的に取引をします」

「ほう……?」

「あなた達の力で、私たちの敵を皆、滅ぼしてください。そうすれば、支配種族がはっきりしますし、私たちも生き残ることができる。その代わり、今後、あなた達の星に便宜を図ります。不平等な条約でもなんでも結びます。チタンでも水でも、どうぞ持って行ってください。どうですか?」

「……」


 大使は、三つの目を閉じ、八本の足を忙しく動かして何やら思案を始めた。しばらくして、大使は目を一つだけ開けて、小さな声で言った。


「いいでしょう。ですが、私たちの仕業だとは言わないように。銀河連邦にバレると、ただでは済まないですから」

「え、ええ! もちろんですとも!」

「あなた達以外の知的生命体を滅ぼせば良いのですね」

「はい。頼んでおいてあれなのですが、そんなことが出来るのでしょうか?」

「簡単ですよ。特定のターゲットにしか効かないウィルスを作成します。少し待っていてください」


 大使は奥の部屋から何やら電子レンジくらいのサイズの機械を持って来ると、大統領に尋ねた。


「あなた達の敵について教えてください。ターゲットを間違えてはいけませんから」

「え、ええと、奴らは私たちに少し似ていて、手が発達していたり、二足歩行をしたりしますが、私たちよりも体毛が濃いです」

「ふむ」

「奴らは力ばかり強くて、野蛮です。体は筋肉質でゴツゴツしており、私たちとは違います」

「なるほど、大体わかりました」


 大使が機械に足の一本を突っ込みウネウネと動かすと、装置がガタガタと振動をはじめた。大統領が固唾を飲んで見守っていると、しばらくして「パピョーン」という珍妙な音が鳴り、装置は止まった。


「できました」


 パカリと装置が開き、中から野球ボールほどの小さな球体がコロコロと転がり出てきた。大使はその球体を拾い上げ、大統領に差し出した。


「外に出たら、この球体を壊してください。地球上ならどこでも大丈夫です」

「壊すと何が起こるのですか?」

「ウィルスが飛散します。あなた達には無害なのでご心配なく。ウィルスはあなたの敵を滅ぼすでしょう」

「ああ……これでようやく戦争が終わるのね!」


 大統領は嬉しさのあまり涙を流した。


「では、私は一旦帰りますね。私たちの仕業だとバレたら困りますから、私がいなくなってからウィルスを撒いてくださいよ。戦後の復興もあるでしょうから、百年後くらいにまた来ます」

「ありがとうございます! ヴェスなんとか様! あなたはまさに神です」

「ヴェステデヴェスヴェスヴェスですよ。私たちは、ヴェヴェヴェステリリリヴェヴェヴェ星人です。覚えておいてくださいね。では、子孫の皆さんによろしく。約束を破ったら滅ぼしますからね」


 そう言って大使が部屋の中の装置を操作すると、大統領は眩い光に包まれ、気がつくと地上に立っていた。空を見上げると、巨大な円盤がものすごいスピードで空の彼方に消えていった。大統領が現れたのを見て駆け寄ってきた側近達に、大統領は満面の笑みで大きく手を振った。


 早速、人類はもらったウィルスを撒いた。結果、長く続いた類人猿との戦争はすぐに終わった。


 私とガイドの女性は百年後の地球に移動していた。かつての都市は廃墟と化し、植物に覆われ、ゆっくりと自然に還ろうとしていた。人間の姿はどこにも見えない。私はガイドの女性に尋ねた。


「あれ? 人間は異星人のウィルスで敵の類人猿を滅ぼしたんじゃないの?」

「はい。確かにあのウィルスで敵の類人猿は死滅しました。ですが、人間の男性もそのウィルスに罹ってしまったのです」

「なんてことだ」

「ヴェヴェヴェステリリリヴェヴェヴェ星人には、雌雄が無かったのです。なので、人間の男と女を別の種族だと思い、他の類人猿と一緒に男性をウィルスのターゲットに設定してしまったのです」

「ははあ、だから滅亡理由が『確認不足』なのか」

「女性だけになってしまった人類は子孫が残せなくなり、間も無く絶滅したそうです」


 その時、音もなく上空に巨大な円盤が現れ、百年前に地球にやってきたあの大使が降りてきた。

 大使は植物の楽園になった地球を見て、不思議そうに三つの目を瞬かせた。

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