第2話池田静馬

横浜市立N中学校二年三組。出席番号は二番だった。中学一年ん時に鬼ごっこしてて知り合った八田っていう子がいた。すごく意気投合してそっから仲良くなって今では親友。ぼくは親友か顔見知りかで分けていた。

ぼくは学校が嫌いだった。勉強はできなかったし、ソフトテニス部に所属していたけどレギュラーじゃないし女子部員少ないしなんのためにいるのかがわからなかった。弁当の時間は最悪だった。ぼくは野菜が食べられなかった。頑張って食べられるのはレタスとキャベツだけ。炭酸も飲めなかった。喉が痛いし。甘いのも苦手だった。甘いもの食べるとすぐ気持ち悪くなる。幽霊も怖いし。住んでいる一軒家の二階には何かがいると思っている。暗い階段の上から誰かがこちらを覗き込んでいる気がするんだ。

とにかく苦手なものが多すぎるから弁当は茶、一色。クラスメイトなんて嫌いだし、女子なんてデリカシーのない奴が多すぎる。ぼくの弁当を覗き見るなり「野菜が入ってなーい」とか普通にでっかい声出していうし、男も周りと目を合わせてニヤニヤしてるしここで人間嫌いになった。心持ちが良くないのかもしれないけどぼくにはそう世界が写っていた。キモく写っていた。

しょうがないから弁当の蓋を少し開けて、隙間から箸を突っ込んで茶色いおかずをみんなの視線が落ちている間に口まで運んでいくようにしていた。

トイレで食べることもあった。作ってくれた母さんに悪いからちゃんと全部食べるようにしてたし「弁当恥ずかしいから野菜も入れて」と相談した次の日に入っていた人参も帰宅途中で食べ終えるように心がけていた。

テスト期間も最悪だった。返却されたテスト用紙を前の席のやつに「見せて」と言われるし、あいつら絶対ぼくの点数が低いことを知っていて話しかけてくるんだ。「いやだ」と答えると「点数低いんだ」とかいってくるし学校は隠すものが多くて窮屈だ。


ある時から顔見知りたちに飲み物、食べ物を買ってきてと言われるようになった。下校時に各々が密かに持ってきていた小銭をぼくに渡してコンビニに行くよう、一応気をきかせてか腰を低くして頼まれた。最初は頼られて悪い気はせず頼まれたものを頭の中で覚えて買ってきていた。ぼく自身学校にお金を持っていって先生に怒られるのではと想像してしまってお金を持っていくことができなかったし、両親はとっても真面目な人だから悪い事が見つかったらガッカリさせてしまうのではないかと頭をよぎって、顔見知りたちの品をいいなあとよだれを垂らしながら個々の肝に尊敬の念を抱いていた。

日にちが経つにつれて段々と不快感が積もっていった。パシリにされていることを自覚して反発したい気持ちになった。いつも通り小銭を渡されて各々が品を要求していくがぼくはそれを遮って左手を差し出し、「バイト代、一人五百円ちょうだい」と言ってみた。案外くれた。びっくりした。でもくれたのも最初だけだった。そのうちパシリもなくなって一緒に帰ることもなくなった。話しかけられることもなくなった。

その日は一人で帰った。


人間関係を築いていくのが苦手だった。相手の気持ちをどう汲み取っていけばいいのかわからなかった。自分なりのノウハウを模索してみたけれどうまく構築する事ができなかった。

一人だけ上手くいった手応えを感じた人物がいた。それは初恋の飯田さんだった。出席番号順に座っていたため席も近かった。飯田さんは目が悪かったから黒板に書かれている文字を読み取れずにいるのをぼくがきずいて左肩をトントンと叩いてノートを渡してあげたんだ。そこから段々と話すようになってぼくの持つ絵の才能にも気付いて褒めてくれたりもした。飯田さんはマンガが好きでこのキャラを描いて欲しいと依頼をしてきたりもした。描くと喜んでくれて、なんだか学校もいいな、と思い始めた。

飯田さんはバドミントン部で成績も優秀で友達も多かった。陽キャは嫌いだったけど飯田さんは別だ。飯田さんの声のトーンが好きで喋っていて聴き心地がよかった。匂いも好きだった。桃の香りがして居心地がよかった。

夏になると薄着になり、汗がワイシャツにしみて前の席に座っている飯田さんのブラジャーの線がくっきり出る。色は判別したもののなぜか罪悪感に苛まれた。

見てはいけない気持ちになり慌てて目線を下げた。飯田さんのことはそういう目で見たくはなかった。

でも家では後悔に苛めれた。見ておけば良かったと。罪悪感と後悔の交互の後に襲ってくるストレスに余計学校が嫌になった。


数人の女子が学生ノリで男子トイレに入っていくのを目撃した。授業後の十分休憩の際にだ。中で男子生徒の驚いた声と女子生徒の叫び声が聞こえてきた。ぼくは腹がたった。気分が高揚した。顔が熱くなってきた。

ぼくは決めたんだ。放課後女子トイレに入るんだと。


この日の授業は退屈じゃなかった。それより放課後のことで頭がいっぱいで時の流れが早く感じた。感想はあっという間だった。

恐怖心と好奇心とを連れて中に入っていくことにした。女子トイレの中を見たのは初めてだった。緊張でどうすればいいかわからなかった。とりあえず個室に入って用を足してみることにした。座って用を足すことに好奇心を刺激された。

次は恐怖心が勝ってすぐに女子トイレを出ることにした。

下校中、達成感に浸った。人生で大きな体験をしたと嬉しい気持ちになった。

次の案が浮かんだ。女子の排泄を目視したいと。

計画は頭の中で組んだ。明日は学校を休むことにして両親も共働きでいないし昼前の変な時間に学校に入ることにした。学校の裏門は職員室から遠いし門は閉まっているけれど乗り越えちゃえば済む話だった。イメージトレーニングに励んだ。着々と現実的な構想になっていく。

次の日は早起きした。楽しみでしょうがなかった。クリスマスの日に早起きする子供のように朝から元気だった。

両親の前ではいつも通りに制服に着替えて家を出たフリをする。近所を一周している間に両親共に車で通勤して行った。鍵は持っているから家に帰ってベッドに座る。気持ちを落ち着かせるために一点を見つめる。

ちらちらと時計を眺めているうちにあっという間に時間が経った。

制服は着たままポケットにカメラを入れて家を出た。それ以外の荷物は持たなかった。

歩いているとすぐに息が上がった。興奮しているのかそれを沈める方法は見つからなかった。でもきっと任務を遂行すれば落ち着くだろうと思った。

学校に近づくに連れて足が重くなってきた。緊張ですでに疲労していた。逃げ出したくなった。でも帰るつもりはなかった。使命感に駆られていた。使命を果たすしかなかった。大きな成果を生み出す事が己の進化に繋がることを信じていた。この時ほどポジティブな思考はなかった。生き生きとしていた。何かを成し遂げられると信じていた。やる気が依然と湧いてきた。人生やりたいことをやりなさいとおばあちゃんが言ってた。その通りだと思う。人生は一度きり。やるしかない。楽しまなきゃ生きてる意味なかった。楽しもう。大いに。鼓舞して燃えた。生命力に満ちた。生きている実感がある。ぼくはいま、生きているんだ。

情熱的。ぼくにこの言葉が似合う時が来るとは思わなかった。パッション。この言葉をぼくの人生の一言にしよう。輝いてる。ぼくは今輝いているんだ。がんばろう。

二階の女子トイレに潜入することに成功した。右側の手前から二番目の個室に篭った。後二十五分。ついにぼくは成し遂げるんだ。二十数分すればぼくの人生はバラ色に輝く。早く。待ちきれない。誰か腹痛で授業を抜けてきてくれないか。美女に来て欲しい。いや、やっぱり誰でもいい。来た人の。殺してもいい。首を絞めれば後は好きにできる。そっちの方がいいんじゃないかな。どうしよう。いっそレイプもいい。気絶させたあとでじっくり。でも死んじゃったらどうしよう。いやいいか。アヘ顔と死に顔は似ているとネットで見た事がある。見てみたい。ぜひ。おばあちゃんありがとう。ヤリたい子と殺りなさい。ぜひその言葉を活かしたい。

足音がした。女子が入ってきた。神が連れてきてくれたんだ。ぼくは幸運だ。

でもその女子は奥の個室へと入っていってしまった。胸糞悪かった。神なんていないと思った。人間を恨んだ。殺してやりたいと思った。でも今はまずい。制服を着ているからこの学校の生徒だとバレる。いつか殺してやる。あいつわざと奥へ入ったんだ。ぼくが隠れてカメラを回そうと企んでいるのを感じとって意地悪に避けたんだ。出てこい。上履きの名前覚えてやる。出てこい。用を足す音が響き渡ったが怒りで耳に入ってこなかった。扉を閉めて出てきた女子生徒の上履きの色と名前を録画した。気持ちがおさまった。扉を開けてぼくも出ることにした。廊下へ出ると先ほど用を足していた女子生徒が教室へと向かう後ろ姿が見えた。押井美嘉。

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