聖女が悪役令嬢なので追放したけど、王都は平和でした。

甘い秋空

一話完結 包帯の巻き方ひとつで、治りが違うのですよ



「これは素晴らしい。アテナ様には、聖女の素質があります」


 聖女を判定する儀式が、王宮で行われ、私が侍女として仕えるアテナお嬢様が、素質アリと認定されました。


 礼拝堂の聖書台に載せられた水晶玉が、薄いピンク色に輝いて……いや、言われてみれば判る程度に、薄く光っているように見えます。



 アテナお嬢様の髪の色は、薄いピンクです。衣装は、白を基調にして、ローブの裏地を青にして引き締め、お嬢様の美貌を引き立てました。


「当然です。私は女神に選ばれた、唯一の聖女です」


 お嬢様は、黙っていれば、お人形のように美しいのですが、性格が曲がっているのが、珠にキズです。



    ◇



 ほどなく、お嬢様は王宮に移り住みました。侍女の私も同行します。


 私の名前は、ミネルバで、王宮に雇われている男爵家令嬢です。元々は、王宮が職場であったため、今回は久しぶりに元の職場に戻ってきたという感じです。


 伯爵家令嬢の侍女として派遣されていた間に、同期の皆さんは結婚し退職しており、私は、行き遅れのおばちゃん侍女になっていました。


 私の髪色は、ブルーグレーですが、磨けば銀色に光るのですよ。学園を卒業してからは、磨いたことなどありませんが。



「ミネルバ様、ご昇進おめでとうございます」


 後輩から、お祝いの声がかかりました。


 今回、聖女候補の侍女となったことから昇進し、女子爵という一代爵位を拝命いたしました。


「ありがとうございます。でも……」


「そうですね、あの聖女様ではねぇ……」


 彼女が同情してくれた理由は、アテナお嬢様のわがままです。すでに王宮中の侍女が、お嬢様の本性を知り、陰では“悪役令嬢”と呼んでいます。



「紅茶がぬるい」


 冷めてしまったティーカップを、お嬢様がメイドさんに投げつけました。


 壁に当たって割れたカップを、メイドさんが片付けます。


「貴女はクビよ」


 お嬢様にメイドさんをクビにする権限はありませんが、配置換えをお願いする必要があります。


 涙ぐむメイドさんと一緒に、メイド長へ事情を話しに向かいます。


    ◇


 最近、お嬢様は刺しゅうが上手くできないためか、イライラが積もり、性格の曲がりが増え、暴力が伴うようになっています……


 お嬢様の部屋に戻ると、窓が開けられ、花瓶台の上に置いてあった高価なガラスの花瓶が、ありません。


「まさか!」


 窓から下を覗くと、割れた花瓶が見え、人が集まっています。急いで、下へ向かいます。


「申し訳ありません、手を滑らしてしまいました」

 皆さんに謝罪します。


 あ、花瓶のガラス片で指を、血はでていませんが、小さく切った令嬢がいました。若くて、衣装の生地が上等で、上級貴族のようです。


「すぐに、包帯を巻きますから」


 キズからばい菌が入った様子はありません。ガーゼのハンカチを取り出して、包帯の代わりに指へ巻きます。


 実は最近、お嬢様の聖女の力が、私に影響したようで、少しなら治癒できるようになっています。


「具合はどうでしょうか、包帯の巻き方ひとつで、治りが違うのですよ」


 巻いたハンカチを外すと、小さなキズが、見事に消えていました。


「ありがとうございます」


 金髪の令嬢からお礼を言われましたが、花瓶を落としたのは、こちらの不手際です。


「申し訳ありませんでした」


 これからは、包帯をポケットに入れておくようにしなければ……


    ◇


 今日は、お嬢様の湯浴みの日です。湯浴み室に移動していただき、専門のメイドさんが髪を洗います。


 お嬢様の髪色は、本来は薄い金色ですが、メイドさんへ、伯爵家の高価で真っ赤な石鹸を渡し、これを使うことで、薄いピンクの髪色へと仕上げています。


 私は、湯浴みして頂いている時間に、下の階へ行って、他の侍女たちと打ち合わせをします。


    ◇


 今日は、悪役令嬢となったお嬢様への苦情がいつもより多く、時間が少し長引きました。


 湯浴み室へと急ぐため、階段の下まで戻った時です。


「危ない!」

 後ろにいたメイドさんの悲鳴です。


 階段から、令嬢が落ちてきます。

 とっさに、私は身を挺して、受け止めました。


 一瞬、階段の上に、お嬢様の顔が見えました。



「ご令嬢様、痛い所はありませんか?」


 令嬢は、先日、落とした鉢で小さなキズを負った令嬢でした。


「足をくじいたようです」


 近くにいたメイドさんを集めて壁を作り、令嬢のくじいた足首に包帯を巻きます。早く治るように願いを込めて、秘伝の巻き方で足首を固定します。


「痛みが、スッと引きました。また、助けられましたね。ありがとうございます、ミネルバ様」


 令嬢が、私の名前を憶えていました。これは、私の不手際を断罪するつもりなのかもしれません。


 一段落して、湯浴み室に戻ったら、お嬢様は、すでに自室へ戻ったあとでした。


    ◇


「遅くなって、申し訳ありませんでした」

 私も部屋に戻って、お嬢様に謝罪します。


「ふん!」

「王子様の婚約者になるのは、聖女である、この私よ」


 先ほどの令嬢に怒っているのでしょうか。せっかく湯浴みしたのに、いつもより機嫌が悪いようです。


    ◇


 毎日、多くの令息様から赤いバラが届きます。お嬢様は、令息様にはとても評判が良いのです。


「お嬢様、また、赤いバラが届きました」


「王子様のバラ以外は、捨ててちょうだい」


 王子様からは、届いていません。


 床置きの大きな花瓶に、バラを飾ります。これだけ大きい花瓶であれば、お嬢様は持てませんから。


 最近、届く花の数が少なくなってきているのが、少し不安です。


    ◇


 王宮の礼拝堂に祈りを捧げるのが、お嬢様の日課です。白い聖女の衣装に着替え、礼拝堂に向かいます。


 昨日、他の侍女たちとの打ち合わせで、悪役令嬢と言われるお嬢様の所業によって、恨みを持っている使用人が増え、暴漢が出るかもと、注意がありました。


 王宮の廊下であっても、安心はできない状況なので、お嬢様から離れないようにして付き従います。



「おはようございます、アテナ様、ミネルバ様」


「おはようございます、王弟殿下」


 廊下で、黒髪の王弟殿下と会いました。


 お嬢様は無言です。自分への敬称が“聖女様”でなかったことが不満なようです。


 でも、お嬢様は、聖女の候補者であって、聖女様とは認められていませんので、仕方ありません。


 王弟殿下は王位継承権第二位であり、お嬢様が恋焦がれている王子様の現在の王位継承権は暫定三位なので、ちゃんと礼節をもって接する必要があるお方です。



「礼拝堂に行くのでしたら、俺も行くところですので、エスコートしてもよろしいですか?」


「必要ありません」

 お嬢様は断りました。


 王弟殿下は、独身ですが、私より二つ年上なので、お嬢様が狙う王族からは、外れているようです。


 独身なのは、もしも聖女様が現れた場合に、王族と婚姻を結ぶことを考えてのことです。しかし、聖女様は、ずっと現れなかったので、行き遅れています。



 王弟殿下は、お嬢様からエスコートを断られたため、私たちの後ろを付き従う形になりましたが、それでも、一代子爵の私にとって、雲の上のお方です。


 今は、お嬢様が聖女様に認められたら、独身である王子様と婚姻を結ぶことになります。でも、王子様には、既に意中の令嬢がいるとの噂です。


 私は、王族の剣を所持している王弟殿下が、そばにいるだけで、心が安らぎ、優しい気持ちに包まれます。


    ◇


 礼拝堂に着くと、係の者が扉を開き、招き入れてくれました。


 足を踏み入れた瞬間、係の者が隠し持った短剣で、お嬢様に斬りかかりました。私は、盾として、お嬢様を護ります。



 スローモーションのように、私の胸へ、斜めに短剣が走ります。


 斬りつけてきた係の者の首が、なぜか飛んでいます。



「キャー!」

 お嬢様が叫ぶ声が聞こえます。


 私、倒れている、もうダメなのかな……体がポカポカしてきました。お嬢様が治癒の魔法を使ってくれたのでしょうか。


「体が光っている」

 王弟殿下の声が、なんだか遠くから聞こえます。


「私、生きて……結婚したかったです」

 この世に残す、最後の願いです。


「俺が嫁にするから、お願いだ、ミネルバ、起きろ!」


 優しい王弟殿下です。でも、私は眠いのです……



    ◇



 ふわふわのベッド、周りも静かで、気持ちが良いです。ここは天国ですか?


 夢を見ていました。学園時代に密かに憧れていた、黒髪の先輩の夢です。


 彼は王族なので、伯爵家以上じゃないとお話はできませんが、なぜか結婚を約束する二人、そんな素晴らしい夢だった気がします。


 もう少し、続きを観たいのですが、よく眠れたので、目を開けます。



 まぶしいです。


「ミネルバ女伯爵様が、目を覚まされました!」


 は? 女伯爵様って、誰ですか。


「王弟殿下に知らせろ」


 なんだか、周りが騒がしくなりました。上に、天蓋が見えますけど、ここは、どこでしょう?


    ◇


「アテナは、礼拝堂で、ミネルバを聖女の力で治癒したことから、聖女として認められた」


 駆けつけてくれた王弟殿下が、私が眠っていた時の出来事を、優しく説明してくださいます。


「そして、ミネルバは、聖女を護る盾となったことから、特進が適用されて、女伯爵を授与された」


 それって、殉職した場合に贈られる名誉爵位ですよね? 私は生きていますよ。


「俺と結婚する約束を、覚えているか?」


「……」


 王弟殿下の言葉に、私は言葉が出ませんでした。どこまでが夢で、どこからが現実なのでしょう。


「学園で、輝く銀髪を揺らし、美しい笑顔の貴女を、俺は好きだった」


 笑顔が好きだなんて、誉め言葉ではありません……え? 私を好きだったのですか。


「礼拝堂で、貴女が斬られた時、俺は封じていた自分の気持ちに気が付いた」



 斬られた? 思い出しました、胸のキズ! 衣装も斬られたので、胸が見えていた?


「私は、胸を斬られたのですね」


「そうだ、でも、光に包まれて、キズはすぐに消えた」


 あぁ、これは私の胸を見たのですね。


「私の胸を見た責任をとって下さい」


「へ?」

 王弟殿下は驚いています。



「いや、学園時代から好きだったと……斬られた時に結婚する約束をしたと……いや、胸は見ていない、胸元だけだから」


「と、とにかくだ、目が覚めたミネルバは、もう俺の婚約者だから」


「わ、分かりました」


 行き遅れのおばさんが、行き遅れた王弟殿下と婚約なんて、今は受け止められません。


    ◇


「アテナお嬢様は、お元気ですか?」

 私が聞いたとたん、部屋の雰囲気が変わりました。


「……追放した」

「え?」


「王子の婚約者に暴力を振るった罪で、追放した」

「聖女様なのに、ですか?」


「アテナを含めて王子の婚約者を選ぶ際、聖女を判定する儀式を行ったのだが、彼女には素質が全く無かった」


「婚約者となった令嬢からは、聖女の反応が出たが、ミネルバが巻いた包帯が反応したことが判明した」


「アテナは、ミネルバと離れてたから……もう解るな」


 私が、聖女だった……


「お嬢様は、暴れたのですね」

「ケガ人は出なかった」



「私が聖女だと、早く気が付いていれば、お嬢様の追放は無かったのでしょうか」


「彼女の自業自得だ。追放される時、聖女がいなくなった王国は滅びると叫んでいた……」


「王国は、平和なようですね」


 少し開けられた窓から、小鳥のさえずりと共に、平和な風が優しく吹き込んできています。



「俺がずっと待っていたのは、聖女様ではなく、ミネルバだった」


 王弟殿下の顔が近づいてきて、黒い瞳に私の顔が映りました……初めてのキスです……




 ━━ FIN ━━





【後書き】

お読みいただきありがとうございました。

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聖女が悪役令嬢なので追放したけど、王都は平和でした。 甘い秋空 @Amai-Akisora

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