第3話 床助、調教される

 さて、ここまでお話し申し上げたような次第で、村の夫婦を覗き続けるうちに、私は彼らの夜の営みについてすっかり詳しくなったのでございます。

 色々あるものでございますなぁ。村には、年寄りを除く夫婦者が30組ほどおりました。それぞれ、営みの多さ少なさ、ひと合戦に要する時、盛り上がり具合、果ては女房が満たされたか否かに至るまで、克明に知るようになったのでございます。

 また、男の上手じょうず下手へたや、どこをどうすれば女性にょしょうが喜ぶのか、すっかり目が肥えてまいりました。もっとも、それはすべて見て聴いて得ただけのことでございまして、実際に女性の肌に触れたことなど、一度たりともございませんでした。

 ところが、覗きを始めて1年半くらい経ったある日、思いもかけないことが起きたのでございます。夏の盛りを過ぎてもなお残暑厳しい日の、昼下がりでございました。

 私は何することもなく、いつものように村内を徘徊しておりました。今夜はどことどこの夫婦が一戦交えるだろうが、どの家に忍び入ろうか、などと思案しつつ、茂助もすけという村人の家の近くを通り掛りました。茂助宅は、他の家々から少し離れた、やや高台になった所にございました。

 何気なく茂助宅に眼を向けますと、縁側に女房のおみねが立っております。よく見ると、こちらに向けて手招きをしているようでございます。どうしたことだろうと、私は訝しく思いました。なぜなら、私はくだんの騒動で心を入れ替えたことにはなっておりましたが、相変わらず村人からは嫌われておりました。村人の女房が私を呼ぶなどとは、到底考えられぬことでございました。

 しばらく立ち止まって、様子を見ておりました。しかし、お峰の手招きは続いており、周囲には私しかおりませんでした。呼ばれているのが私であることは、もはや明らかでございました。私は、多分お峰から何か小言でも言われるのだろうと覚悟いたしました。できる限りの作り笑いを浮かべて、お峰の前に立ちました。

「こんにちは、お峰さん。こういつまでも暑くちゃ、たまりませんねぇ。ところで、何か私に御用ですか?」

「そこにお掛け」

 お峰はぶっきらぼうに言いながら、あごで縁側を指し示します。

「へい、では失礼します。茂助さんは畑ですか?」

 お峰は返答をせず、やや強張こわばった顔をして、押し黙っております。表情からは、何を考えているのか想像できません。蒸し暑い日だというのに、私は何やら寒気のようなものを感じました。

「どうなすったんですか、お峰さん。お体の具合でもお悪いんで?」

「ぬけぬけと、よく言うねぇ」

 やっと口を開きましたが、その言葉には、明らかにとげが感じられます。

「え? 何でございましょう?」

 一瞬、嫌な予感が頭をぎりました。

「あたしゃ、知ってるんだよ」

「な、何を?」

「チッ! とぼけちゃいけないよ。度重たびかさなるお前の悪行あくぎょうに決まってるだろ」

「悪行でございますか? 何のことやら分かりませんが」

「見ているだろ?」

「え、何をですか?」

「それをあたしに言わせるのかよ。夜、勝手に家に上がって、見てるだろ?」

 それを聞いた途端、私は体中から汗が噴き出すのを感じました。何と答えたらよいのか、とっさに言葉が見つかりません。

「あたしがそれに気付いていないとでも思っているのかい? 随分おめでたいね、お前という悪餓鬼わるがきは」

 その瞬間、私はバネ仕掛けの玩具おもちゃのように1尺ほど跳び上がり、お峰の前に這いつくばりました。

「た、大変申し訳ありませんでした。魔が差したのです。なにとぞ、お許し下さい。このとおりです!」

 私は、何度も地面に頭を擦り付けましたが、一方で、どうやってこの難局を乗り切るか、忙しく頭を働かせておりました。

 実はこのお峰という女、権高けんだかで気が強く、私は大の苦手でございました。肉感的な体つきながら、いつも険しい表情をしており、私の存在など、まるで眼中にないといった様子でございました。

 何年か前に一度だけ、お峰に酷い目に遭わされたことがございます。ある日、村外れの林の中を歩いておりますと、こんもりとした茂みがございました。私は、その向こうに何かの気配を感じたのでございます。

 私は、そっと茂みを回り込んで、覗き込みました。すると、お峰がしゃがみ込んでおります。尻をまくって、小便をしているようでございます。まずいことに、お峰と目が合ってしまいました。

 動転した私は、何も言わずに脱兎のごとく駆けだしました。

「こら待て、この餓鬼! 色気付きやがって。これでも食らえ!」

 罵詈雑言とともに、お峰の投げた長さ1尺ばかりの太くて重い木の枝が飛んできて、私の後頭部に命中いたしました。私は図らずも、その場に倒れ込んでしまいました。

 お峰が来て、手にした木の棒で容赦なく私を打ち据えます。

「この色餓鬼めが。今見たことは、誰にも言うんじゃないよ」

 やっと気が済んだのか、捨て台詞ぜりふを残してお峰は去っていきました。私は体のあちこちが痛くて、しばらく起き上がれませんでした。その後は、とにかくお峰に出会わないよう、細心の注意を払ったのでございます。

 一方、夫の茂助は、身の丈6尺(約180cm)はあろうかという大男ですが、性格は実直かつお人好しでございました。村人は皆、茂助はお峰の尻に敷かれているとみておりました。この夫婦には子がございませんでした。

「ふん。魔が差しただって? 笑わせるんじゃないよ。お前の詫びなぞ、信じられるかい。福助と違って、お前は根っからの性悪者しょうわるものだからね。それに、あたしに詫びたって、とても足りるものじゃぁないよ」

「へ? それは、どういうことですかぃ?」

「何を言ってるんだい。あたしゃ、全部お見通しなんだよ。覗いているのは、ウチだけじゃないだろ?」

<こ、これはまずい! どこまで露見しているんだ?>

「お前、悪知恵が働く割には抜けてるねぇ。村の夫婦者の家は皆、覗いてるんだろ?」

「はあ……、いえ、ご老人の家は遠慮してます」

「馬鹿! どこの物好きが、爺婆じじばばのナニを覗くかよ。お前、ほんとに知らないのかい? 村の妻女さいじょは皆、とっくに気付いてるんだよ」

<何だって? これはいよいよまずい! どうすりゃいいんだ? 落ち着け、幸助よ、落ち着け――>

 しかし、考えは空回りするばかりで、汗は滝のように全身を伝います。

「女はね、アレの最中だって、ちゃーんと分かってるんだ。女を甘く見ちゃいけないよ。お前、覗くだけでは飽き足らず、てめえの一物を引っ張り出して、ナニしてるだろ? プッ! 粗相そそうしたこともあったそうじゃないか。随分、遠くまで飛ばしたらしいねぇ。およねから全部聞いたよ」

<こりゃだめだ。何もかもバレていやがる。今さらジタバタしても始まらねぇや。観念するしかねぇな>

 私は取り繕うのを諦めました。まさに猫に弄ばれる鼠でございます。

「男達は馬鹿だから、まだ誰も知らない。もしも知れたらどうなるかねぇ。徳兵衛さんだって、もうお前をかばってはくれないだろうね。そうすりゃ、お前は生きちゃいられないよ。男たちになぶり殺しにされて、裏山に捨てられるのが関の山さ。むくろはせいぜい、山犬の晩のオカズだろう。性悪なお前も、今度という今度は、年貢の納め時だねぇ」

 お峰の顔には、酷薄こくはくそうな薄笑いが浮かんでおりました。

「ご、後生ごしょうですから、男衆に知らせるのだけはご勘弁下さい。このとおりです。お峰様のおっしゃることなら、どのようなことでも聞きますから」

「ふん。だめだね。お前は、おのれがどんなに大それた悪事をしでかしたのか、まるで分かちゃいないようだね」

「そこを何とか……。お峰様を神様仏様、菩薩様弁天様と崇め奉り、終生お仕えしますから。なにとぞ、なにとぞ御慈悲を!」

 私はお峰を伏し拝みつつ、必死で訴えました。

 お峰の申しますとおり、もしも男達に知られたら、殺されるか、運が良くても半殺しの目に遭うことは、火を見るよりも明らかでございます。

 残された手は、このまま逐電ちくでんすることでございます。しかし、兄に何も言わず去ることは出来ません。第一、他所へ行っても、どうやって生きていけばよいのか、皆目見当が付かないのでございます。これまで怠け続けてきた報いでございましょう。

 こうなったら、平蜘蛛ひらぐものように這いつくばって、唯ひたすら哀願するしか手がございません。


 しばらくすると、少し涼しい風が吹き始めました。どこからか、せみの寂し気な鳴き声が聞こえてまいります。

「お前、あたしの言うことはなんでも聞くと言ったが、二言にごんはないね?」

「へい、もちろんです。何でもします。火の中に飛び込めと言われれば、この幸助、見事飛び込んでみせましょう。それとも、いっそのこと、桑畑の脇にある肥溜こえだめに飛び込みましょうか? 息を吸うためのあしくだ一本だけ外に出し、下肥しもごえの中に一昼夜潜っているというのはどうでしょうか? これは、死ぬよりも辛いですよ――」

 私は、葦、いえ、わらにもすがりたい一心でございました。

「何をたわけたことを言っているんだい! この期に及んでもまだ、あたしを馬鹿にする気かい? いい度胸じゃないか……。でも、まあいい。それじゃあ、お前の言うことがまことか、試してみようじゃないか。手始めに、お前の一物を、ここで出してごらん」

「……へ? 今何とおっしゃいました?」

「お前の一物を出せと言ってるんだ」

「イチモツと申しますと?」

「馬鹿! 一物は一物だよ。早く出しやがれ」

「は! でも、ここで、ですか?」

雪隠せっちんで出しても詰まらないだろ? あたしの前で出すんだよ。それとも、やはり、あたしの言うことが聞けないというのかい?」

「滅相もございません! 出します。喜んで出しますよ」

 切羽詰まった私は、単衣の粗末な着物の裾を開き、越中褌の脇から、一物の先を少しだけ引っ張り出しました。

「ええ! じれったい餓鬼だねぇ。こうするんだよ!」

 お峰は素早く褌の紐を解くと、私の腰から剥ぎ取って、縁側の奥に放り投げました。私は、下半身丸出しの、何とも情けない姿となってしまったのでございます。

「ふーん。夜は暗くてよく見えなかったけど、こうして御天道様おてんとさまの下で見ると、なかなか立派なもんじゃないかね」

 お峰は、だらりと垂れ下がった一物を、手で持ち上げました。

「あっ! それに触れてはいけません」

「お前は黙ってろ!」

 お峰は手に取った一物に顔を近づけて、しげしげと眺めながら、引っ張ったり皮をいたりしております。

「お前も見ただろうが、うちの旦那はあんな図体ずうたいをしてるくせに、ナニは滅法ちっちゃくてねぇ。お前の方が、ずっと大きくて立派だよ」

 愚痴めいたことを言いながら、相変わらず一物を弄びます。そんなことをされるものですから、私の意に反して、一物に力がみなぎってまいります。

「もうお止め下さい。そんなことされると、困ります」

「何が困るんだよ。え? 気持ち良くなってきたんだろ?」

「そ、そんなことはありません」

「嘘だ。お前とは違って、こいつはえらく正直だよ。ほら、もうこんなに大きくなってるじゃないか」

 お峰は、一物を弄ぶ手を緩めてはくれません。一物はどんどんいきり立ってきて、ついに股間に石仏いしぼとけを据えたような具合になってしまいました。私も、こうなっては、あとは野となれ山となれ、という心境でございました。

「へへー。こりゃすごいねぇ。デカいだけじゃないよ。棍棒のように固いじゃないか。青筋立ててるね。おっと、こんなところで御開帳をして、人に見られたら大変だ。さ、部屋においで……」

 私は、お峰に手を引かれて、家の中に入っていきました。


 それから半時(約1時間)ほど経ちました。

 お峰は、薄汚れた煎餅布団せんべいぶとんの上で、ぐったりと横たわっております。炎天下を駆け通してきた馬か何かのように、体中汗まみれでございます。私はというと、その横で添い寝のていですが、二人とも何も身に付けておりません。

 家に招き入れられた後、私はお峰が命ずるままに、あれやこれやと、お峰が喜ぶようなことをさせられたのでございます。その際、私の長大な一物と、蛇のごとく自在に動く長い舌が大いに役立ったことは、申し上げるまでもございません。

 お峰の表情は、縁側にいた時に比べて、幾分か穏やかになったように見えました。

「旦那が、てんで腑甲斐ないんだよ」

 お峰は、ぽつりぽつりと話し始めます。

「持ち物が粗末なうえに、えらく早いんだよ。男ってものは、自分のことしか頭にない、自分勝手な生き物だね。おかげで、こっちはいつも置いてきぼりさ」

<ふふ。分かる、分かる。この夫婦はすぐに終わっちまうから、覗いてもあまり面白くなかったなぁ>

「お前も、見て知ってるだろ?」

「へ? アハハハハ」

「アハハじゃないよ。こっちは切実なんだからね。いつか小間物屋こまものやがこんな片田舎にまで商いに来た時、旦那に内緒で張形はりがたを買ったんだよ」

「何ですか? そのハリガタってのは」

「男のアレの形をしたこしらえ物だよ。貧乏だから、安物しか買えなかったけどね。しかし、お前の持ち物の方が、ずっと具合がいいね。何十倍も気持ちいいよ」

「褒めていただき嬉しいです。この幸助、お峰様のためならハリガタにでも馬にでも、何にでもなります」

「今日のことは、誰にも言うんじゃないよ。もし言ったら、お前を絞め殺すよ!」

「も、もちろんです。私、口が堅いことだけは取り柄でして。心配ご無用です」

「それと、明日あすもおいで」

「え? また、今日きょうのようなことをするんですかぃ?」

「当たり前だろ。お前はまだまだ未熟だからね。あたしがみっちり仕込んでやるよ」

「真っ昼間からそんなことをしていて、旦那様に知られませんかね」

「お前は、要らぬ心配をしなくていい。旦那はり物の商いや買い物やらで、太田宿おおたじゅくまで出かけてるよ。明後日あさってまで帰らない」


 こうして、私はお峰のしもべとなって、お峰の密かな楽しみのために働いたのでございます。例の覗きは、あの日をもってピタリと止めました。

 半年くらいすると私はすっかり慣れ、それこそ痒い所に手の届くような働きをするようになりました。それに伴い、お峰の私に対する態度もだいぶ打ち解けました。時々駄賃や食べ物などを恵んでくれるようになったのでございます。

 そんなある日のことでございました。

「今夜は、おさだの家に行っとくれ。旦那はいないから」

 私はピンときました。お定の夫は、夜の営みがいたって粗暴で、お定の悲鳴や泣き声を聞いたことも一度や二度ではございませんでした。

「お定さんをお慰めすればよろしいんで?」

「ほう、呑み込みが早いねぇ。何せ、あたしの仕込みがいいからね。うちと違って、あそこは4人の子持ちだから、くれぐれも起こさないように気を付けるんだよ」

 その後、私はお峰の命ずるままに、夫が留守の家に出向いて、女房達のお相手をするようになりました。評判はなかなかよろしいようで、日中、村から少し離れた廃屋での密会を命じられることもございました。私の技量もますます向上し、さまざまな女性の嗜好や要望に、臨機応変に応ずるすべを身に付けたのでございます。

 この仕事を続けるうちに、女房達の喜びに、自らの喜びを重ねるようになってまいりました。生まれてこの方、人様に喜んでもらえることとは無縁でしたので、大袈裟に言えば、初めて生き甲斐のようなものを感じたのでございます。

 これまで、村人から蛇蝎だかつの如く忌み嫌われてきた私でございましたが、女房達からは、ある程度の親しみと信頼を得ることが出来ました。そしていつの間にか、女房達の符丁ふちょうとして、私は「床助とこすけ」と呼ばれるようになったのでございます。

 もっとも、夫たちに知られたら身の破滅であることには変わりはなく、綱渡りの毎日でございました。



 このような生活が数年続きました。その間、徳兵衛様が身罷みまかられ、ご長男の治兵衛じへえ様が跡をお継ぎになられました。治兵衛様も引き続き私たち兄弟を養って下さいました。しかし、徳兵衛様ほどの温かみは感じられませんでした。

 その後、ひょんなことから、私たち兄弟は江戸に向かうことになるのでございますが、話し続けましたので、いささか喉が渇いてまいりました。この辺りで、一服させてはいただけませんでしょうか?

厚かましいとは存じますが、できましたら、さきほど森田様が買ってこられた、スターブックス・キャラメル・マキアートのご相伴しょうばんあずかりたいものでございます。話の続きは、その後といたしましょう。


《続く》

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