第2話 悪童・床助 

 私の出身地は、上州じょうしゅう、つまり現在の群馬県にあった、新田にった新月しんげつ村という寒村でございます。

 は? そこからして怪しげだ、ですって?

 ごもっともでございます。新月村はごく小さな村でしたから、今では郷土史家くらいしか知らないでしょう。もっとも、隣の三日月みかづき村の方は、多少知られているかもしれません。

 え? ご存じない。まあ、森田様はお若いですからね。

 さて、今を去ることおよそ200年前、私と、双子の兄は、藤蔓ふじづるで編まれたかごに入れられて、名主なぬしの家の前に置かれておりました。早朝、家の人が発見し、置き主を探しましたが、結局見つかりませんでした。

 その時私達はまだ乳飲み子で、親なくしては到底生きていくことは出来ませんでした。幸いなことに、名主の徳兵衛とくべえ様はたいへん慈悲深いお方で、どこの馬の骨やら分らない私達を引き取って、家族同様に育てて下さいました。

 兄—私より少し体が大きかったので兄とされました―は「福助」、私は「幸助こうすけ」と名付けられました。名主とはいえ、貧しい村ですから、暮らしは決して豊かではなかったはずでございます。しかし、家族の子供たちとたいして分け隔てすることなく、お育て下さいました。

 ところが、私達は二人とも、いくら経っても背が伸びませんでした。個人差はございますが、普通、赤子の背丈は50cmくらいだそうですが、私達は、それからほとんど伸びませんでした。現在もそれくらいでございます。

 ただし、成長とともに、頭や首は大きく太くなり、手足も逞しくなってまいりました。頭やてのひら、足の大きさは二人とも、普通の大人とたいして変わりございません。

 しかし、兄と私とでは、容姿や性格がたいそう異なっておりました。

 兄の福助は、色白の福々しい容貌で、耳朶みみたぶが大きな、いわゆる福耳でございました。目は大きくてパッチリとしており、いつまでも童顔のままでございました。しかも、微笑ほほえみを浮かべていることが多く、誰からも好感を持たれる顔つきでございました。

 性格はきわめて温厚で、怒ったり、感情的になったりした姿は、一度も見たことがございません。

 よく通る美しい声をしており、村の田植えや秋祭りの時などに、歌を唄うこともございました。その歌がまた巧みで、村人の評判は上々でございました。利発で物覚えが早く、しかも機転が利きました。記憶力も抜群でございましたので、子供ながら徳兵衛様から頼りにされることもございました。

 それに加え、たいへんな努力家でもございました。毎日、家族の中で一番早く起床し、水汲みやかまどの火起こし、庭の掃除など、家の雑用を自ら進んでやっておりました。もちろん、背が低いことが不利になる場合もございましたが、それを補って余りある働き振りでございました。

 一方、私の方はどうかといえば、福助の逆を考えていただければ、おおむね当たっております。もっとも、私も長い年月を生きてきて、今ではだいぶ兄に近付いておりますので、どうかご安心下さい。

 当時の私は、色が浅黒く、子供のくせに皺の多い顔に、金壺眼かなつぼまなこがギラギラとしておりました。耳は兄とは対照的に、上の方が尖っておりまして、耳朶はほとんどございません。ご覧のとおり、漫画やアニメに出てくる「エルフ」の耳に似ております。以前はこの耳が嫌いでございましたが、今ではたいそう気に入っております。ちょっと触ってみますか? え? 嫌だ? まあ、そうでございましょうね。

 それから、私の唇は兄よりも分厚く、しかもプニプニと弾力に富んでおります。舌は人並外れて長くて柔らかく、まるで生き物のように、自在に動かすことができるのでございます。

 脚力や腕力は、兄よりもはるかに強うございました。5歳くらいの時にはもう、大人顔負けの速さで走り回り、俊敏さでは大人を凌駕しておりました。また、木登りなども、たいそう得意でございました。

 あ、そうそう、体の中でもう一か所、兄とは異なる、というか、優れた部分があるのでございますが……。森田様が欠伸あくびをなさっておりますので、後にいたしましょう。

 性格も、兄とは対照的でございました。そのころの私は、怠惰で忍耐力に欠け、目先の快楽を追い求め、規則破りに喜びを見出しておりました。そのうえ小利口で、厚顔無恥でございました。家の雑用からは出来るだけ逃げ、勝手気ままに村の内外をほっつき歩いておりました。そして、村人の田畑でんぱたった物や、鶏が生んだ卵を盗み食いしたり、家に忍び込んで器物を盗み出したりと、常習的に悪ふざけをしておりました。

 やがて私の悪戯いたずらは、手が付けられないほどになってまいりました。人が出払っている家に勝手に入り込み、密かに罠を仕掛けました。それにまんまと引っかかった家の主が、糞尿まみれになったこともございました。汚物で満たした落し穴も、よく作りましたな。村の鶏小屋を全焼させて鶏の丸焼きをいくつもこさえた時には、犯行の目撃者が一人もいないにもかかわらず、私がやったことだと見抜かれてしまいました。

 こうした悪行三昧ざんまいに、村人達の怒りがついに爆発いたしました。

「幸助は、とんでもない野郎だ!」

「もう我慢なんねぇ」

「いっそのこと、始末しちまうか」

「そうだそうだ! やっちまおうぜ」

「いや待て、それはまずい。奴もいちおう名主様ご一家の一員だからな」

「いや、そこは何とでもなる。始末して裏山にでも埋めちまえば、神隠しにでも遭ったことになるべえ」

「それはそうだが、奴はどこか不気味だ。下手に殺して、化けて出られたり、たたられたりしたら、困るぜ」

「んだ。祟りというものは、確かにある。俺りゃ、この前、村外れの道で、でっけえミミズを見つけただ。踏み潰して小便をひっかけたら、その晩、へのこ(陰茎)の先っぽが腫れ上がっちまったぞ」

「馬鹿かよ。オメエは」

 結局、皆が揃って、徳兵衛様に私の悪行を止めさせるよう訴え出たのでございます。心の広い徳兵衛様もさすがに捨て置くわけにいかず、厳しく私を叱りました。荒縄で何重にも縛り上げて、使われていない納屋の柱に厳重に括り付けました。暗闇に無期限に閉じ込めて、食料も水も与えないという厳しい罰でございました。


 五日くらい経った時でしょうか。福助が泣きながら徳兵衛様にすがり付き、訴えました。

「父上様、このままでは幸助が死んでしまいます! この辺でお許しくださいませ」

「性悪な奴とはいえ、お前のたった一人の肉親だから、気持ちは分からんでもない。しかし、幸助は生半可なことでは改心しないだろうよ。まあ、わしとて無益な殺生せっしょうはしたくないから、命まで取ろうとは思わん。しかし、許すにはまだ早い」

 いくら徳兵衛様のお覚えめでたい福助であっても、そう言われては引き下がるしかございません。しかし、夜陰に乗じて密かに納屋に忍び込み、竹筒に入れた水を、私に飲ませてくれました。

「兄貴、済まねえな」

 この時の水はまさに干天かんてんの慈雨でございまして、私は貪るように飲み尽くしました。

「お父上は、お前の命まで取るおつもりではないらしい。苦しいだろうが、辛抱するんだ、幸助」

 福助は、一言ひとことも私を咎めません。本当に、神様か仏様のような兄でございました。


 閉じ込められてから十日後、私はやっと納屋から出されました。その間何も食べておりませんから、体に力が入らず、一人では歩けないくらいでございました。

 村人たちが、名主様の家の前に集められました。村人の前に引き出された私は、土下座して声を絞り出しました。

「これまで数々の悪行を重ね、皆々様には大変ご迷惑をおかけいたしました。ご無礼の段、深くお詫び申し上げます……。今回、父上から厳しい戒めを受け、やっと目が覚めました。今後、不埒ふらちな真似は一切行いません……。どうかこのたびだけは、お許し下さいませ」

 しかし、村人は憮然としたままで、誰一人として許すとは申しません。

 そこで福助も、私の横で土下座しながら、訴えました。

「私からも、幸助に厳しく言い聞かせます。万一、再び不始末をしでかした時には、私の不始末と見なし、いかように仕置きされても、異存はございません。私に免じまして、このたびだけは御慈悲を下さいませ」

 村人たちはやっと納得し、不承不承ふしょうぶしょうながら私を許して下さいました。


 さて、森田様は、それで私が真人間まにんげんに変わったとお思いですか?

 改心した、と申しあげたいところですが、私は根っからの悪党らしく、痛い目に遭ってもなお、福助のようにはなれませんでした。

 もちろん、以前のような悪さは出来ません。もしも行って見つかったら、福助に迷惑をかけてしまいます。私は、心から兄を敬愛しておりました。

 その代わり、私は密かな楽しみを見つけたのでございます。それは何かと申しますと……、ちょっと申し上げにくいのですが、森田様には隠し事はしないと決めました。それは「のぞき」でございます。

 私は、物心付いた時から、女性にょしょうへの関心がとても強かったのでございます。さらに、悪行が禁止された反動か、10歳を過ぎたばかりだというのに、大人並みに色事への関心と欲が高じ、それを抑えられなくなってまいりました。

 片田舎の寒村には、娯楽などというものは、ほとんどございませんでした。夜の楽しみといえば、男女の交わりしかございません。貧しくてもお構いなしに励むものですから、村人の多くは子沢山こだくさんでございました。

 村人の住む家は実に粗末なもので、特に夏場は、夜でも入り口や窓は開けっぱなしでございました。夜、名主様の家の方々が寝静まると、私はそっと家を抜け出しました。暗闇の中を音もなく徘徊し、「獲物」を探します。家々を巡って窓から中の様子を窺い、独特の物音や、男女の押し殺したような声を手掛かりに、狙いを定めたのでございます。

 狙った家に、そっと忍び入ります。ほとんどの場合、その家の夫婦が、一戦交えている最中でございました。室内は闇に満たされております。しかし、私は夜目よめが利くうえ、囲炉裏いろりの残り火や、時には窓から差し込む月明りに助けられ、獣のようにもつれ合う二人の姿は、はっきりと見えるのでございます。特に夏場は、一糸もまとわず、全身に汗を滴らせながら、激しく互いを貪り合っております。

 私は、室内でも特に闇が濃くなっている場所を選びながら、ゆっくりとい進み、彼らににじり寄っていきます。こういう時こそ、私の背の低さが大いに役立ちました。私が彼らから3尺と離れていない所まで進み、闇の中にたたずんでいても、彼らはまったく気が付きません。初めのうちは押し殺していた女の声も徐々に高まり、甲高く悩まし気な嬌声に変わってまいります。同時に、二人の動きも激しさを増し、時には家鳴やなりり震動するほどでございました。そうした光景を、彼らのすぐ目と鼻の先にある闇の中に佇んで、じっくりと楽しんだのでございます。

 部屋には蚊遣かやりが焚かれてはおりますが、そんなものでは蚊の猛攻を防ぐことはできません。といって、手で追い払ったり潰したりもできませんから、蚊のやりたい放題です。しかし、覗きの楽しさに比べれば、蚊の襲撃などは屁でもございませんでした。

 そうこうするうちに、私の股間の一物いちもつも、むくむくと鎌首をもたげてまいります。先ほど、申し上げるのを後回しにしましたが、私の一物は、自分で言うのも何でございますが、普通の男と比べて、図抜けて長大なのでございます。そのまま歩くと引き摺ってしまいますので、普段は越中褌えっちゅうふんどしをして、そこに収めております。

 こやつが、褌の脇からニョッキリと頭をもたげ、単衣ひとえの裾を押しのけ、たちまちのうちにそそり立つのでございます。眼前でもつれ合う男女の姿をでつつ、おのれの一物をもてあそぶ心地よさ。私はすっかり、病みつきになってしまったのでございます。

 ところがある時、不覚にも放ってしまい、おびただしい量の腎水じんすい(精液)が、女に覆い被さっていた男の背中に降りかかってしまいました。私は肝を冷やしましたが、幸い、男女は営みに没頭しており、まったく気付きません。と、その時は、そう信じて露ほども疑いませんでした。


 ところで、先ほどから森田様は、何かそわそわして視線も定まりませんが、こういう話はお嫌いでございますか? そうではない……。ははぁ。もしかして、森田様は童貞でございますか? いやいや、私の眼はごまかせませぬぞ。別に恥じることではございません。たとえ度外れた好色漢であっても、初めての時は必ずあったのでございますから。

 おお、妙案がございます! よろしければ折りをみまして、私が女体の扱い方や喜ばせ方について、手取り足取り、とっくりとご指南いたしましょう。きっと役に立ちますぞ。月謝はびた一文いただきませんので、遠慮なさらずともよいではございませぬか。


《続く》

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