願わくば再会のないことを

澄川 涼

第1話


 人間が死んだ後、その魂は犯した罪の軽重をはかられ、天国か地獄に送られる。

 天国に送られた魂は、記憶を消去された後、順番に新しい命として転生することとなる。

 地獄に送られた魂も、罪に相応しい罰を受けた後、天国に送られた魂と同じように記憶を消去されてから転生する。

 この世界における魂はハイコストな資源であるので、無駄なく無理なくリサイクルされることになっているってわけ。

 その過程において、人間が生きている間に犯した罪は、正しく裁かれないとならない。

 そこで現れるのが天使と悪魔だ。

 死後の魂の犯した罪を明らかにして、天国行きか地獄行きかを決める。

 天国行きなら天使が、地獄行きなら悪魔が、死後の魂が至るべきところに辿り着くまでを見届ける。

 しがない悪魔であるおれは、神さまの作ったそんなルールのもとで存在している。




 通称『待合室』と呼ばれている死後の魂を尋問するための部屋で、ブラックコーヒーをあおる。

 三徹した頭にカフェインが沁みて、いい加減危うくなってきた意識が冴えた。

 天使だ、悪魔だといかにも浮世離れした名称をつけられても、多少頑丈で寿命がないだけの身体である。

 死後の魂が行列を作るような事態があれば、疲労も溜まるってものだ。


「幽、お前、顔がひどいな」


 隣の一人がけのソファにかけた旭が、かったるそうに笑う。

 旭は、おれと組んでこの魂の罪をはかる仕事をしている天使だ。

 ちなみに、男性体をとっているので男として扱っているが、天使と悪魔には性別の概念はない。


「三徹だぞ、起きてるだけで褒められてもいいだろ……。お前も髪へたってるし」


 勤務開始時にはセットされていた旭のブロンドはくすみ、前髪が目元にかかっている。

 スマートなブラウンのスーツ姿もソファにかけている時間が長すぎて皺が目立っていた。

 いくら身なりにぐずぐず言ったって、長時間勤務はお互いさまだ。

 本気で言っているわけではなくて、息抜きに近い。

 ぐずぐず言いながらも二人分のコーヒーをコーヒーメーカーから注いでいると、ぴんぽーんと間の抜けた音が響いた。

 『来客』の合図だ。

 とりあえずコーヒーを一つ追加で用意した。

 俺は多少なりともマシな見た目になるようにジャケットの裾を叩き、ソファにかける。

 思わずため息が漏れた。


「まだ来るのかよ……」

「これで一旦ラストだってさ。やろう」

「はいはい」


 隣の旭は髪を撫でつけ、肩のあたりを手で払っている。

 ふう、と息を吐いて視線をあげると、机を挟んだおれたちの反対側に、白く丸いかたまりが浮かんでいた。

 この白いかたまりが、おれたちが罪の重さをはからないとならない、死後の魂である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

願わくば再会のないことを 澄川 涼 @smkw_1128

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る