不死身のワルツと月夜の魔女

Kurosawa Satsuki

短編

一章:月と鼈

辛い時、悲しい時、私は決まった夢を見る。

宇宙を旅する夢だ。

広大な宇宙の周りには、

大小様々な星たちが浮かんでいる。

恐ろしい熊も、煩い鴉(カラス)もいない、

そこは、私が望んだ私だけの世界。

静寂ではあるが、

暖かく、心地よい空間。

赤色に輝く星の集合体(星団)の中に、

小さく光る青色の星を発見。

あれは、水星だろうか?

近づいてよく見てみると、

水星ではないと直ぐに気づいた。

あれはきっと、海王星だ。

青色の光の中で、地球から一番よく見える星。

海王星とは言っても、

青く発光しているそれは、

海ではなくメタンで出来たガスだ。

メタンは、赤を吸収する性質を持つ。

この前読んだ天体図鑑に、そう記されていた。

私の旅は、まだまだ続く。

次に見つけたのは、赤色の光を放つ星、

ペテルギウスだ。

ペテルギウスと言えば、

オリオン座の一つとして知られている。

ペテルギウスの下側にはリゲル、

そして、ペテルギウスを近くにあるシリウスやプロキオンと結べば、冬の大三角ができる。

ああ、素敵だ。

世界中にある、どんな宝石よりも美しい。

ずっとこのまま旅をしていたい。

こうして、色彩豊かな星たちを見ていたい。

でも、どんなに願っても叶わないよね。

そして、私にも等しく朝が来る。

………………………………………

「セレーネ!起きろー!!!」

「ひぃー!」

寮母の怒号で目が覚める。

ベッドから飛び起きて、

傍にあった置き時計を見ると、

午前八時四十五分。

あと十五分で一時限目が開始する。

「もぉー!起こすならもっと早く起こしてよ!」

「七時に起こしに来たわよ!!

起きなかったのはあんただけ!」

このままではマズい。

シャワーを浴びたり、髪を整える暇はない。

「行ってきまーす!」

自業自得ではあるが、寮母に文句を言いながら、

急いで着替え、バッグを担いで自室を出た。

勿論、魔法使いの証である杖と帽子を忘れずに。

時刻は九時丁度。

三階の一番端にある下級 “黒魔女クラス”に入り、

教室着席と同時にチャイムが鳴った。

聖カタロニア魔法学院。

ここは、私たち少女が一人前の魔女になる為の修行場だ。

私が在籍している黒魔女とは別に、

白魔女クラスがあり、

そこでは、黒魔女クラスとは少し変わったカリキュラムが組まれていたり、

黒魔女は黒い制服だが、白魔女は白い制服を身につけているという違いがある。

そして、この学院の中には決められた階級がある。

上から順に、上級生は、セラフィム(熾天使)、

ケルビム(智天使) 、トロウンズ(座天使)

中級生は、ドミニオンズ(主天使) 、

ヴァーチャーズ(力天使)、パワーズ(能天使)

下級生は、プリンシパリティ(権天使)

アークエンジェル(大天使) 、

エンジェルズ(天使)。

といったように、

資格試験に合格したら一つずつ称号が与えられ、

三つの称号を手に入れたら次の階級に行けるというシステムだ。

下級生の私は、現在アークエンジェルの称号を所持している。

因みに、黒魔女と白魔女で合同訓練をしたりもするが、決して仲が悪い訳ではないし、

階級が上だからといって偉そうにする人は極めて少なく、実際、私も上級クラスの白魔女の友達がいて、授業が休みの日は普通に学院の外で一緒にショッピングを楽しんでいる。

「セレーネ、先生来たよ」

「あ、ごめん」

隣の席のルーナと世間話をしていると、

十分遅れて担任のアリアンロッド教授が教室に入ってきた。

「いつもの事だが、遅れてすまない」

そう言いながら、アリアンロッド教授は私たちに頭を下げる。

職員会議で遅くなるのは仕方が無いし、

謝るほどの事じゃないけど、

生真面目な性格の教授だからこその行動なのだろう。

「今日は、昨日の続きをやろうと思う。

簡易生成には昨日教えそびれたコツがあって…」

教授は今、通常魔法の簡易生成魔法について話している。

簡易生成魔法というのは、

道端に落ちているような石ころを宝石に変えるシンプルで一番簡単な魔法の事。

宝石は硬貨にはならないが、

建築やちょっとした物作りの材料になる。

「先日、授業の一環でクリスタルの彫刻を制作して貰ったが、今日はその応用として、

他の宝石と結合させて色彩豊かな作品を制作して欲しい。そこで今回は、どのようにして結合させるのかを説明しようと思う」

教授の声を聞いていると、

いつものように眠くなってきた。

アリアンロッド教授には、無意識に声だけで人を眠らせる能力があるのだろうか?

「セレーネ、寝るにはまだ早いぞ。

昨夜は徹夜したのか?」

「い、いいえ!そういう訳じゃ…」

窓の外を眺めながらウトウトしていたら、

教授に注意されてしまった。

二時限目は、実験室で簡易生成魔法の実践授業がある。

それまでは何とか持ちこたえたい。

と、思う。

そうこうしているうちに、

時刻は十一時十分を過ぎた。

眠気と戦った一時限を終えた私たちは、

四階にある第三実験室へ向かった。

第三実験室は、生成魔法専用の場所だ。

私たちの目の前には、半透明な六角形のクリスタルと唯の石ころが三つ置かれている。

既に実験の準備は整っている。

グループ制作なので、

私は、一番仲の良いルーナとディアナを誘った。

皆、四人一組で班を作っているが、

もう一人の友人のナンナが風邪で早退した為、

今回は、三人でやることにした。

二分遅れて、アリアンロッド教授が実験室に到着した。

「すまん、遅れた。

早速だが、一時限目で説明した通りに、

生成魔法の実験を始めてくれ」

「ディアナ、ルーナ、

私たちはどういう感じにする?」

「うーん、そうだな〜」

「どうせなら、少し変わった形にしたいね」

「平面じゃなくて、立体的に作りたいな」

「いいね、面白そう!」

私は早速、簡易生成魔法“アポロ”を使い、

石ころを宝石に変える。

私たちが生み出した宝石は、

ガーネット、ペリドット、パールの三つ。

この三つとクリスタルをどう上手く結合させるかは、私たちの創造力に掛かっている。

上手く組み合わせられなければ、

見た目が不格好になってしまうからだ。

「アポロ!」

私たち三人は、宝石を一つずつ手にし、

クリスタルを囲む。

そして、十分の三の魔力を込めて宝石をクリスタルに結合させる。

ルーナの掛け声と同時に、宝石が形を変えながら、徐々にクリスタルを変色させていく。

宝石との結合で、手のひらサイズから、

一気に教科書サイズになったクリスタル。

これを削ったり、他の材料と組み合わせたりしながら、一つの作品を作り上げる。

「できたー!」

「おー!すげぇ!」

「見せて見せてー」

他のグループから歓声が上がる。

私たちも、ちょうど今完成したところだ。

他のグループの作品を覗き見ると、

丸くて可愛らしいロボットの形や、

ピアノ等の楽器の形を模した作品が多かった。

私たちはというと、三日月と箒で空を飛ぶ魔女の置き物を作った。

後で教授に見せたところ、

「大変よくできている。

職員室に飾ってもいいか?」

と、とても褒めてくれた。

勿論、他のグループも私たちに負けず劣らず、

個性的で美しい作品ばかりだった。

……………………………………

今日は八月の第二土曜日。

私の前には、精霊召喚魔法“ミネルヴァ”で呼び寄せられた二人の精霊。

「セレーネ、

お前の言いたいことは何となく分かる」

今日は、毎年恒例の大掃除月間の為、

ゼウスとヘラに掃除を手伝って貰おうと思い、

二人を召喚した。

他の寮生たちは、精霊に頼らずに各々一人で部屋を掃除しているが、私の部屋は足の踏み場もない程に書物や美術品コレクションが散らかっていて、一人じゃどうにもならない。

だからといって、この広々とした空間を埋め尽くすコレクションたちをこれ以上野放しにしておくと、また寮母に酷く叱られてしまう。

故に、二人の力が必要なのだ。

因みに寮母は、私の寝室の掃除はしない。

プライバシーというより、自分の部屋は自分で管理しろというスタンスなのだ。

けど、たまに口出ししてくることがある。

「ったく、しょうがないわね」

「二人とも、かたじけない」

「それで、俺らは何をすればいいんだ?」

凄まじい魔力を秘めている彼らだが、

幼い子供の姿をした彼らに、

図鑑等の重いものを持たせる訳にはいかないので、ヘラにはゴミの分別を、

ゼウスには掃き掃除と拭き掃除を任せた。

その間に私は、部屋にある大量のコレクションを隣の空き部屋へ移動させる。

私はまず初めに、捨てるものと捨てないものを分ける作業をした。

思い出の品々を捨てるのは忍びないが、

ここは、心を鬼にして作業を進める。

魔法でどうにかなるだろうと思うかもしれないが、浮遊魔法“ジュピター”の扱いが下手な私は、

全て自力で持ち運ぶしかない。

「せーの!」

まずは、この中で一番重いニケのレプリカ像から運び出す。

レプリカとはいえ、大理石で作られている為、

紐で括りつけて引きずりながら運んだ。

次に手をつけたのは、

様々なジャンルの小説や、

大小様々な額縁に収められた絵画たち。

安価で購入した作品でも、作者の想いや、

色んな思い出が詰まっていて中々捨てられずにいたが、全部を平等に愛す事はできないのだから、

今日は作品たちとお別れしよう。

「こっちの作業は終わったぞ」

「ありがとう」

「困ったら、またいつでも呼んでね。

私はセレーネの味方だから」

「うん。頼りにしてる」

精霊たちにお礼をしようと思い、

欲しいものを聞いたが、

自分たちは十分満たされているのだから、

そんなものは要らないと断られてしまった。

精霊たちが去った後、

私の部屋は、まるでさっきまでの出来事が私の妄想だったかのように静まり返った。

…………………

一旦掃除を切り上げて、

休憩する為に外へ出ようと廊下を歩いていた。

すると、どこからかピアノの音色が聞こえてきた。

音のする部屋の扉をそっと開ける。

そこには、涙を流しながらピアノを弾くルーナの姿があった。

「どうしたの?」

と、私はルーナに問いかけた。

ルーナは首を横に振るだけで何も答えなかった。

私はルーナにそっと寄り添い、

後ろから彼女を抱きしめた。


二章:月に叢雲花に風

ここは、今は亡き親友が眠る場所。

私は、そっと彼女の墓石に触れる。

私たちは何度だって間違える。

その間違いが、人の命を奪う事だってある。

「セレーネ、どうしたの?」

「なんでもない。そろそろ行こっか」

背後からルーナに声をかけられて我に返る。

空は綺麗な橙色に染まっている。

右腕に付けた腕時計の短針は、

五という数字を指していた。

“君は優しいのだな。

人の為に涙を流せるというのは素敵な事だ。”

墓石を去る間際、

彼女が私にそう言ったような気がした。

……………………

中級生に昇格した私は、

ドミニオンズ(主天使)の称号を得た。

昇格といっても、クラスやカリキュラムが変わるだけで、特別感はあまりない。

不合格だからといって、恥だと思う必要もない。

自分のできる範囲で、自分に合った力を得るのが、この学院のモットーであり、

要するに、資格試験は義務では無いのだ。

それよりも、今日は私にとって大事な日。

白魔女との合同試練がある。

私は、いつものように身支度を済ませ、

合同試練の会場になっている特別棟の地下へ向かった。

会場に着くと、合同試練の相手のイエラの姿があった。

イエラの傍には、精霊の一人“ポセイドン”がいて、

酒瓶片手に千鳥足になるくらい酔っ払っている。

「ポセイドン、大丈夫?」

「なーに、ワシは大丈夫さぁ。

この海の覇者 ポセイドン様が、

この程度の酒に呑まれるわけなかろぅ〜」

「アルコール度数は?」

「四十八パーセント!」

「今何杯目?」

「分からん!」

「駄目じゃん!お酒控えなよ」

「え?なんて?」

酔っ払いすぎて、私の言葉さえ聞こえなくなってしまっているようだ。

これが人間だったら、確実に仏になっている。

「二人とも、何話してるの?」

「ポセイドンが心配で…」

「いつもの事だし、きっと大丈夫よ」

本当に、あの状態で大丈夫なのか?

兎に角、パートナーであるイエラは、

ポセイドンを参加させる気でいるようだ。

もちろん、私にはゼウスとヘラがついてる。

だが、ゼウスとポセイドンは仲が悪く、

会う度に兄弟喧嘩が始まるので、内心ヒヤヒヤしていたが、今日はそれも無くて安心した。

試練の内容は、

白魔女生徒と黒魔女生徒で二人ペアを組み、

精霊たちの力も借りつつ、

特殊魔法の攻撃魔法“マーズ”と

特殊魔法Ⅱの防御魔法“ダイアナ”を使いながら、

用意された各ステージをクリアしていくというもの。

攻撃魔法“マーズ”は、個人によって出せるタイプが違い、私の場合は雷と水の複合魔法を操れる。

正直、クリアできる自信しかない。

「これより、黒魔女と白魔女の合同訓練を開始する。参加者は、指定された位置につけ」

監督役のクロノス学長が、

シアン色のメガホンで号令をかける。

制限時間は三十分。

それまでにパートナーと協力し合いながら、

罠をくぐり抜ける必要がある。

ゴールする際に、パートナーがいなかったら失格となる。

「それでは、はじめ!」

最初のステージは、脱出ゲームだ。

複雑な構造をした空間からヒントを集め、

次のステージへ続く扉の鍵を見つけるというもの。

イエラが推理をし、

彼女の指示通りに物体を移動させる。

イエラの豊富な知識と、

力技が得意な私で挑んだ結果、

意外と簡単に突破できた。

二つ目は、トラップ系のステージ。

長い通路に仕掛けられた罠を、

上手いこと交わしながらゴールまで突き進む。

非常に薄暗い場所なので、視覚よりも聴覚や嗅覚を頼りに罠を見つけ、時々攻撃魔法や防御魔法を使いながら、素早い動きで対処していく。

二つ目のステージも難なくクリア。

次は、いよいよ最後のステージ。

禁忌魔法の一つ、聖獣召喚魔法“メルクリウス”で召喚された聖獣を倒せばクリアというもの。

聖獣召喚魔法は本来、

上級の“ケルビム(智天使)”から習得できる魔法だ。

それを、中級生の私たちだけでどうにかしろという事らしい。

聖獣といっても、所詮は聖獣の姿を模して作られた機械。

本物には適わずとも、皆の力があれば倒せるはずだ。

「行くよ、セレーネ!」

「あいよ!」

私は、自分の杖をイエラに渡した。

杖が無くても、私には変幻自在の能力を持つゼウスとヘラがいる。

もちろん二人は、自身の姿を武器に形を変えることも出来る。

それに、両手に杖を持ったイエラは強いのだ。

「ぐあああぁ!」

聖獣の咆哮で、私たちは吹き飛ばされる。

私はその風を受けつつ、次の策を思案する。

ゼウスとヘラに指示を仰ぐと、

二人は鋭利な剣に変形する。

「マーズ!」

「ダイアナ!」

イエラとポセイドンが水の力を加えた攻撃魔法を聖獣に浴びせ、

私は、びしょ濡れ状態で怯んだ聖獣に雷の力を纏わせた刃を急所目掛けて突き立てる。

聖獣は感電したが、それでも致命的なダメージを負わせる事はできなかった。

私たちが次に考えたのは、

敢えて急所を狙わず、聖獣に引っ付いている硬い装甲を繰り返し傷つけて壊すという作戦。

この方法は見事に成功し、聖獣に隙が生まれた。

聖獣の急所は、背中に埋め込まれているキャットアイの宝石。

今度は、私とイエラで同時に攻撃をする。

イエラが激しく暴れる聖獣の足止めをしている間、私は聖獣の背後へ回って急所に狙いを定める。

「そこだ!」

聖獣の急所を切りつけた瞬間、

聖獣は激しい音を立てながら爆散した。

聖獣の急所、キャットアイの中に埋め込まれていた扉の鍵を拾い上げ、扉の前にあった石版の穴に鍵を差し込むと、固く閉ざされていた扉が音を立てながら開き始めた。

「イエラたちが帰ってきた〜」

「セレーネ、お疲れ様」

「今回は余裕だったね〜」

外へ出ると、別ルートで進んでいた他のペアも、

最後のステージを終えたようで、

休憩スペースに集まって休んでいた。

「どうやら、私たちが最後見たいね」

イエラが私に微笑んだ。

私たちが出てきた直後、

クロノス学長が試練の終了を告げた。

それから、クロノス学長の簡単な挨拶を聞き、

受付カウンターで合格証明書を受け取って本日は解散となった。

……………………………

学院の図書館で、幻の本“グリモワールの書”があるという噂を下級生の子から聞いた。

誰一人読んだ事がないと言われる幻の本。

図書館の管理人さんですら、それがある場所を知らないという。

私は、ルーナ、ディアナ、ナンナの三人を誘い、

放課後に学院の図書館へ向かった。

図書館中を探し回ったり、

管理人さんに倉庫の中を確認してもらったが、

それでも見つからず、諦めかけていたいた時、

ディアナが一階の児童書コーナーで隠し扉を見つけた。

「ここから地下に続いてるみたいだよ!」

「行くしかないっしょ!」

隠し扉の奥へ進むと、細い階段があった。

私たちは、雰囲気を楽しみたいという理由で灯りを使わず、かといって一人はやっぱり怖いので、

その階段を手を繋ぎながら降りた。

階段を降りると、

予想を遥かに超えた光景が広がっていた。

真っ暗な空間を照らす鉱石が、壁のいたるところに埋まっていてとても綺麗だった。

光る鉱石の中には、大きい本が沢山埋め込んであった。

私たちは、一番奥にあるガラスケースに目を向けた。

ガラスケースの中を確認すると、

真っ赤な表紙の本が綺麗な状態で保管されていた。

私はガラスケースを割れないようにそっと外し、

その本を手に取った。

表紙には、金色の文字で“グリモワールの書”と刻まれていた。

「開いてみよっか」

私は緊張しながらも、一枚ずつゆっくりと頁を捲る。

しかし、どの頁を捲っても空白しかなく、

それどころか、著者名すら何処にも書かれていなかった。

私は心底ガッカリした。

骨折り損のくたびれもうけとは正にこの事だ。

それにしても、なぜ何も書かれていない本が、

この図書館に置かれているのだろうか?

幻の書というのはどういう事?

教授か他生徒のイタズラ?

もしかしてこれは、レプリカなのだろうか?

だとすれば、本物には一体何が書かれているのだろう?

私は、この本の真意がますます気になったが、

閉館時間を過ぎてしまっている為、

素直に諦めることにした。


三章:月夜に釜を抜かれる

幼い頃、“災禍の悪夢”というタイトルの絵本を近所の図書館で読んだことがある。

物語の中に、皮肉めいた教訓はないが、

それでも私はこの絵本が好きで、

図書館へ行く度によく読んでいた。

絵本に書かれている内容は以下の通りだ。

[むかしむかし、そのまた昔、

自然に愛されている村があった。

豊かな自然に囲まれ、村人同士も仲が良く、

五体満足でなかろうが、

人より欠点や苦手なものが多かろうが、

身寄りのない放浪者であろうが、

分け隔てなく接する優しい住人が沢山いて、

それは、この村を作った者たちの中に、

理不尽な理由で故郷を追われた者や、

命からがら故郷から逃げてきた者がいたからでもあるが、

外から来た者にとっては、

まさに楽園のような場所だった。

ある時、この村にみすぼらしい身なりの魔女がやってきた。

村人たちは、魔女の事情を聞き、

快く魔女を村に招き入れた。

魔女は、村人から衣食住を提供して貰う代わりに、自分が得意とする魔法の数々を、

村人たちに披露した。

彼女の魔法を目にした村人たちは、

恐れることも、

利用しようと画策することも無く、

「素敵な魔法ね、尊敬するわ」

「君が望む形でその力を使うといいよ」

と、魔女に暖かい言葉を送った。

魔女は、初めて人の愛に触れた。

無愛想な顔だった以前の自分とは裏腹に、

村の中では次第に笑顔が増えていった。

そんな、ある日のこと。

人々が最も恐れていた悲劇が村を襲った。

空は黒い霧に覆われ、作物は全て枯れ果てた。

湖の水も魚の死骸で真っ赤に染まり、

餓死する者も現れ、

たった一日で村中が壊れていった。

村中が混乱していると、

天空から黒い”ナニカ”が降りてきた。

目をカッと見開きながら空を見上げる村人たち。

”ソレ”の大きな目玉が、彼らを睨んだ。

「“ナイトメア”の再来だ!」

村人たちは口々にそう言った。

しかし、災禍を目の当たりにしても、

一目散に逃げるか、物陰に隠れながら祈る事しか村人たちにはできなかった。

“ナイトメア”と呼ばれている黒い生き物は、

大きく細い触手のようなもので、

村人の家や、森林を潰していった。

「もう村はお終いだ」

「一体何が神を怒らせたんだ」

村人の誰もが絶望し、そう思った矢先、

魔女が名乗りを上げた。

「私が、”アレ”を止めてみせます。

ですが、私一人では不可能です。

皆さん、どうか私に力を貸してください」

魔女は、今こそ村に恩返しをする時だと思い、

毅然とした態度で”ナイトメア”の前に歩み出た。

魔女は、残っている村人たちに、

村にあるありったけの金銀や鉄を持って来るように指示をした。

村人たちは、力を合わせて魔女の言う通り、

自宅に戻って必要な材料を掻き集めた。

魔女は、村人たちが集めた材料と自身の魔法を組み合わせながら、ナイトメアに立ち向かった。

村人たちもただ黙って見ていることはせず、

足りない分の物資を追加で掻き集めたり、

猟銃などの武器を持ち、ナイトメアに対抗した。

その結果、災禍のナイトメアを打ち倒し、

再び村に安寧が訪れた。

しかし、全ての魔力を使い果たした魔女は、

その場に倒れてしまった。

村人たちは、魔女を療養所に運び込み、

魔女の回復を祈ったが、

それから数日後に魔女は帰らぬ人となった。

村人たちは、魔女の亡骸を丁重に埋葬したあと、

魔女の為に、弔いの歌を歌った。]

周りは、感動ポルノだと嘲笑うが、

それでも私は、素敵な話だと思った。

この世界は、悲しい話が多すぎるんだ。

たまには、純粋な気持ちで読める物語だって良いじゃんか。

なんて、独り言を呟きながら、

私は今日も生きるのだ。

………………………………

まだ残暑が続く九月のある日。

私は、長期休みを利用して実家に帰省していた。

実家の玄関で出迎えてくれたのは両親ではなく、

近所で暮らしている叔母だった。

両親が隣町まで出稼ぎに行っている間、

ずっとこの家を守ってくれていたそうだ。

私は叔母に、「ありがとう」と言った。

叔母は、「どういたしまして」と返しながら、

夕食をテーブルの上に並べていった。

今夜は、野菜たっぷりのクリームシチューだ。

「いただきます!」

私は、クリームシチューを頬張った。

ついでにオカワリもした。

叔母が作ってくれた料理は、

どれも私の口に合った味付けで美味しかった。

夕食を食べ終えた後、

食器を流し台に置いてから寝室に戻った。

「暇だな〜」

さて、今日は何を読もうか。

私は、軽い気持ちで本棚に手を伸ばす。

私の好きなジャンルの本ばかりが並んでいるから、どれから読もうか迷ってしまう。

私は、左から三番目の位置にあったファンタジー小説に目をつける。

その小説を取った瞬間、

本棚の裏から“ゴトン!”という大きめの音がした。

本棚を動かして、その裏を確認すると、

学院の図書館で見たグリモワール書の偽物と同じデザインの本を見つけた。

私は、恐る恐るそれを手にする。

真っ赤な表紙は、図書館にあった物とは違い、

本革でできている。

だが、私はこれを購入した覚えがない。

家族のうちの誰かが失くしたのか?

それとも、三年前に旅立った祖母の遺品か?

私はその中を見るのが怖くなった。

明確な理由がある訳じゃなく、

私の本能がそれを拒んだ。

中身を見てしまったら、

私は全てを失うかもしれないと思った。

それでも私は、本の中身が気になった。

私は、本を開いてしまった。

「えっ…?」

私は後悔した。

私は理解してしまった。

私は、この本に書かれていることを知っていた。

突然、私の視界は闇に包まれた。

あぁ、もう少しだったのにな。

…………………………………………………………………………………………

※警告:

ここから先、人によっては、

精神に異常をきたす恐れがあります。


最終章:月夜に提灯

辛い時、悲しい時、私は決まった夢を見る。

もう二度と見れないその夢は、

私の偏屈な思考さえも癒してくれた。

深夜にふと目が覚めた。

鈴虫が呑気に歌を歌っていた。

先日、男たちに隣国の噂を聞いた。

ある日を境に、人の数は急激に減ったそうだ。

男たちは口々に隣国を罵った。

もう取り返しがつかないし、この悲劇は、

未来永劫子々孫々に語り継がれるだろうと私は思った。

誰のせいなのかは定かでは無いが、

きっと、人々の憎しみがそうさせた。

これで何度目だろうか?

ソイツは、忘れた頃にやってくる。

学ばないんじゃない。

学べなかった者が、また学ぶ為に起こすんだ。

今までもそうだった。

受け売りの知識も武器になった。

彼らは無知を利用した。

そうした方が都合がよかった。

彼らの企みは見事に成功した。

その結果、罪のない多くの子供が不幸になった。

そして、大人になった彼らは武器を取った。

再び世界は闇に呑まれた。

彼らは答え合わせをしなかった。

問うことさえも諦めていた。

血なまぐさい人類史に終止符を打ったのは、

紛れもなく彼ら自身だ。

過ちを繰り返した結果がこれだ。

みんな違ってみんないい訳じゃない。

それを証明したのは彼らだ。

この世で最も恐ろしいのは正義であると、

私だけが気づいていた。

私が願ったのは、

誰も彼もが平等で健康な世界だった。

“合意員”全てが豊かな世界だった。

差別も争い事も滅多に起きない世界だった。

倫理道徳を何よりも重んじ、

弱者を優しさで包み込む世界だった。

自己犠牲を強要し、

利他主義が理想とされ、

ありとあらゆる面で徹底的に配慮されている世界だった。

便利でつまらない物が増え、

見たくないものを見なくてよくなり、

聞きたくない事を聞くことも無く、

やりたくない事をやらず、

苦労を知らずとも生涯を終える世界だった。

個人情報を公衆に開示して信用を得たり、

幸せである事が当たり前でなくてはならない世界だった。

己を律し、己を抑制しなければならず、

薄情者は追い出され、煩い者は嫌われ、

異端者は笑われる世界だった。

誰もが無償の優しさを与えられ、

それ以上の見返りを要求される世界だった。

犯罪者は徹底的に裁かれる世界だった。

得体の知れない存在や、

あらゆる痛みを恐れる世界だった。

調和を尊重し、個性を殺し、

協調性を重視するあまり自由を忘れ、

一人一人に寛容を求める癖に不寛容な世界だった。

排他主義的な社会を許容し、

恐れていた事が形を変えて存在する世界だった。

赤の他人に我が身を預け、

必要以上に完璧を求め、

他人によって生き方を決められる世界だった。

人々から少しずつ選択肢を奪っていき、

誰もが一人じゃ生きられない世界だった。

心身に害のある行為や物質を許さず、

極端な考え方が当たり前になった世界だった。

誰も彼もが同じような格好をし、

同じような風景を眼にし、

同じような言語で会話をし、

同じような考え方を持ち、

同じように死んでいく世界だった。

それでも反抗する者がいる世界だった。

それでも少数派に憎まれる世界だった。

それでも暴力がなくならない世界だった。

それでも不幸がなくならない世界だった。

それでも満たされない人が多すぎる世界だった。

少しの努力であっという間に崩壊し、

矛盾だらけなのに成り立っていて、

結局、選ばれし者のために存在する世界だった。

何よりも、無知であることが一番の幸福だった。

そして、人類は既に終わりを迎えた事を気づかせなかった。

私は私自身を誰よりも否定した。

私は私の存在を世界に示そうとした。

私を嗤う世界が愛おしくて仕方がなかった。

私は私である前に、

もっと有益な何かになろうとした。

私は私が何者であったのか忘れてしまったが、

私が何者で何のために存在しているかなんて、

今の私にとってはどうでもいい事だった。

私にはかつて、愛する者がいた。

それが何者なのか、なぜ私はその者に拘るのか、

千年という代償を支払っても分からなかった。

私は幸せだった。

世界で一番幸せだった。

私はこれ以上必要ないくらい満たされていた。

私は私に感謝した。

そして、私を知る全てに感謝した。

私はふと、純白の扉に目をやった。

きっとあの扉の向こうに答えがあるのだろう。

私は百二十回目の決断をした。

それは私にしかできない事だった。

これが終われば、私は私でいられなくなるが、

私の心はそれを望んでいた。

私は笑った。

泣きながら笑った。

ようやく務めを果たせる。

これ以上、悔恨の情に苛まれる事も無いだろう。

私は月華に想いをはせながら、

また、ゆっくりと目を閉じた。


END

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不死身のワルツと月夜の魔女 Kurosawa Satsuki @Kurosawa45030

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