第9話 生きてるだけで丸儲け
これで、満仲様の邸が襲われたのは二度目なのだが、それ以上にショックだったことは、邸から上がった炎がどんどん広がり、周辺の多くの家々までが巻き添えを食って燃えたことだ。
そして、その中に小萩の住んでいた邸もあったのである。
もう、随分と昔のことなので、
だが、幸いにもしっかりした乳母が一緒にいたので、小萩は、他の子供達と共に外に連れ出されたのである。
そこまでは覚えている。……だが、その後のことが断片的にしか思い出せないのだ。
どうにか無事に、通りにまで出て来たのは良かったが、すぐそばにまで火が迫っているせいで、夜だというのに辺りが薄明るく見えて不思議だった。
そして、そんな中を沢山の人達が逃げ惑う姿が見えたのである。
火事の炎が近づいているのに、わざわざ牛車に乗って逃げようとする人もいれば、
『どこから持ち出したのか? 』
……と思うほど、沢山の物を荷車で運び出そうとしている輩まで、とにかく、目の前に慌てふためく人々の姿が映った。
すると、その中に
その男は、逃げ惑う人々に声を掛けながら、より安全な方向に行くように差配していた。
暫くの間、小萩は惚けたように、その凜々しい姿に見入っていたが、ふと気づけば、周りには誰一人として見知った者がいない。いつの間にか、乳母や他の子らとはぐれてしまったようだ。
そこで突然、正気に戻った途端、あまりの怖さに小萩は大声で泣き出してしまった。
「これ! ……そなた、泣いておるのか? 」
男は、幼な子の存在に気付くと、寄って来て頭を撫でてくれたが、恐ろしさに飲み込まれている小萩に声は届かない。
「やれやれ、はぐれたのか? ……心配するな、この世で起こることなど、大概、何とかなるものじゃ! 」
そう言うと、ニコリと笑い、小萩と手を繋ないでくれた。
その掌の大きさや温もりを、小萩は今も忘れられないのだ。
……何か、とてつもなく大きな物に触れた瞬間だった気がする。
そして、その後、暫くの間、小萩は頼光邸に保護されることになった。
「我が家に来たら、来たで、粗野でむさ苦しい
自嘲気味に桔梗が言った。
「
などと、笑いながら話してはいるが、どこか気まずそうである。
「だから、どうしても
「うふふ、……そうね、初めの頃は、私も確かに恐ろしかったかもしれないわ。例えば、強面のおじさん達が集まって、何かコソコソ話しているから、
『悪いことでもする相談をしているのでは? 』
と思ったこともあったわ! 」
「それは、子供なりに警戒していたのでしょうね」
「……けど、よく見たら、集まって"干し柿"を
「それは我が家では、冬のあるある風景ですね」
二人は、衣の袖で口元を隠すこともなく、楽しそうに声をたてて笑った。
ここは都と違って、誰の目も憚る必要がないからだ。
『本当に、多田に来ると"自由"を感じる! 』
桔梗はそう思ったのである。
「ところで、叔母上様は、もう都には戻られないのですか? 」
桔梗は、随分と
「……御爺様の喪もそろそろ明けますし、このまま多田にいらっしゃるのも」
この問いに対しては、先程まで楽しげに笑っていた小萩の表情が曇る。
「叔母上様は、まだお若いのに、このような
「
それは間違いない。特に、昨今の都の荒れ様が酷いのは事実だ。
「しかし、……叔母上様のように優れた方なら、止事無い方々の家でも、お仕えできますでしょうし、……運が良ければ、宮仕えもできるのではないでしょうか? 」
「……」
思わず、小萩は沈黙する。
「……などと、御父上様が申しておりましたぞ! 」
あまりに小萩の反応が悪いので、桔梗は父・頼光の名前を持ち出してしまった。
この一言は、小萩の心を動かすに違いない。そう踏んでいたからだ。
実は、頼光の名前を出されると、小萩は弱いのである。
なぜなら、小萩を火事場から連れ出してくれた男は、まさに頼光だったからだ。
天延の火事の頃には、頼光は、まだ大した官職には就けていなかったのではなかろうか。
すくなくとも、記録には残ってないからだ。
ただ、父親である満仲様が、国司の仕事を何度か経験しているので、おそらく他の兄弟達と共に、その仕事を手伝っていたのではなかろうか。
それでも、朝廷の中で、何らかの政争があって荒事が起こった場合には、源満仲一門は必ず召集される立場だった。
例えば、京の都で
『"平将門の息子"が上洛してきて、戦を仕掛けようとしている! 』
という噂が流れた時などは、父と一緒に一斉捜査に
また、花山天皇が出家する時には、護衛を兼ねて天皇が逃げないように移送する役割を果すなど、いろいろなところでコッソリと活躍していたのではなかろうか。
そんな理由からか、頼光は自然と荒くれ達の扱いにも慣れ、彼自身も立派な武人に育っていたのである。
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