第10話 兄様は紳士な武人!
天延元年のその夜、源頼光は偶然にも外出していた。そのおかげで、賊との戦いに直接巻き込まれることなく済んだ。だが、帰る道すがら、異常な事態が起こっていることに気付いたのである。
沢山の人々が、邸がある方向から押し寄せて来たからだ。
よく見ると、邸の周辺が昼のように
それでも、少しでもいいから邸の方へ近づこうとしたが、残念ながら、人の多さと家々が燃える熱の為に、すぐに進めないようになってしまった。
『どうやら、満仲様の邸が再び賊に襲われ、火をつけられたようだ! 』
という誰かの話し声が聞こえる。
その話に、頼光は思わずカッとなった。
だが、周囲は炎に包まれており、全く進めそうにもない。
これでは、火を放った連中も、もう逃げていないだろう。……そう思った。
すると冷静になった途端、頼光の目には、炎の中を逃げ惑いパニックになっている人々の姿がハッキリと見えてきたのである。
頼光は、大きく呼吸をすると、必死に怒りを鎮めた。
そして、付き従ってきた者らと共に、急いで避難誘導を始めたのである。
とにかく、目に見える範囲の人々だけでも、無事に救わねばならないと思ったからだ。
『まさか、ここまでヤラれるとは! 』
頼光は唇を噛み締めた。
『これはおそらく、……
それは四年前、
年令的には年上の為平親王のほうが順当と思われるが、その頃、親王は既に源高明の娘婿になっていたので、それを嫌った藤原北家の勢力によって、高明は失脚させられることになったのである。
そして、その原因を作ったのが満仲様や藤原
『
と、密告したのだ。
やがて、その言葉はまるで真実かのように一人歩きし始め、次々とその関係者達が捕らえられることとなった。
その中には、満仲様とはライバル関係にあった有名な武人"藤原
そして、この件は、最終的に源高明の太宰府への左遷で落着するのだが、本当のところ実際に謀反の企てがあったのか、真相は謎のままなのだ。
だが、あまりに藤原氏の卑怯なやり口が透けて見えるようで、後味の悪い事件と言えよう。
そのせいだろうか、この三年後には高明は罪を許され京に戻った。
そして、この放火事件は、高明が帰京した次の年に起こったものなのだ。
そこで頼光が、『安和の年に失脚させられた輩の復讐では? 』
と捉えても仕方がないのである。
上昇志向が高く、一族の繁栄の為には手段を選ばない父に対して、頼光は常々、不満を抱いていたが、まさかそのせいで、こんなにストレートに
だとしても、こんなことが許されるわけがない。
満仲邸の周辺には、他にも何軒か中級貴族の邸がある。
彼らにとっては、とんだとばっちりだ。
『我が一族の巻き添えにあって死人が増えるなど、不名誉の極みではないか! 』
頼光は、あまりの腹立たしさに身体中の血が逆流するのを感じた。
そこで、頼光は懸命に働いたのである。
そして、そんな時に迷子になった小萩は拾われた。
小萩は、親どころか面倒を見てくれる者達からもはぐれ、一人で泣いているところを保護されたのだ。
そして幸いにも、頼光は満仲邸とは別に棲家を構えていたので、暫くの間、小萩は無事にそこに留め置かれることになったのである。
だかしかし、待てど暮らせど、小萩の引取り手は現れなかった。
なぜなら、満仲邸を襲うにあたって、賊達はまるで東国の兵のように邸の周りを取り囲むと、一斉に火を放ったからだ。
当然、近くの家は殆んどが燃えてしまって跡形もない。
「……おそらく、誰も助からなかったのでは? 」
そういう噂が、まことしやかに語られた。
もちろん、そんな中でも賊に弓を放って応戦した強者もいる。
そして、その人物こそが、小萩の父であるという話であった。
「……随分と酷い
これには、さすがの満仲様も心が痛んだのである。
「今日から、そなたは我が家の
焼き出されてから、一ヶ月程過ぎた日のことである。小萩は満仲様にこう言われた。
「……そうじゃ、これからそなたは
小萩の横に座っていた頼光も、すかさず口を挟んだ。
どうやら身内を失い、引取り手も現れない小萩は、いよいよ貰い子になるようである。
とはいえ、この頃の小萩は、まだ七歳になったばかりの子供だったので、自分の立場の変化を理解できなかった。
「兄様ですか? 」 と、少し首をかしげる。
小萩は、頼光の顔をじっと見ながら問いかけた。
「何じゃ、不満か? 」
何やら可愛らしげな幼な子の反応に、頼光は楽しそうに突っ込む。
「えっと、……お爺様が、お父上様になられるのですか? 」
「ははは、……この年で、また子供が増えるとは思わんかったわ! 」
満仲様が面白そうに笑う。
「まぁ、兄とはいえど、そなたと頼光では親子ほど年が離れておるからな!
……それとも、そなたは頼光の娘になりたかったのか? 」
「でも、……兄様では、
何気なく、ポロリと零した小萩の言葉に、二人が大笑いする。
「そなた随分と小萩に好かれたものじゃな、
……やれやれ、それでは是が非でも我が
そう言うと、ちょっと苦笑いしながら、満仲様は小萩の瞳を見つめ直したのだった。
その時のことは、幼いながらも小萩の脳裏にしっかりと焼き付いている。
今となっては、よくもあんな恥ずかしいことを言えたものだ。
「でも、……兄様では、
時折懐かしがって、あの頃のことが話題になると、必ずからかわれる。
そして、その度に顔から火が噴き出しそうになるのだが、
……おそらく、一番恐ろしかった時に手を引いてくれた優しさが、頼光に対する思慕とも恋情ともつかない思いになっていたのではなかろうか?
そんなふうに、今では納得しているのだ。
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